「洋君、つかまえたー」
そう、俺の耳元……多分ケータイにも聞こえるように言った先輩の顔は、背筋がゾクリとする程楽しそうな表情を浮かべていた。
俺の右腕を……ガッシリと掴んで。俺は手紙を奪還すべく、先輩へ突っ込んで行き、そしてアッサリと捕まってしまったのだ。
まぁ、初めから俺が先輩から手紙を奪うなんて事ができないのは重々承知していた。
こうやって、最終的には捕まってしまうんだろうなぁと言う事も。
ただ、俺は、電話のこの人が此処に来るまでの間、僅かでもいいから時間稼ぎができればいいと思ったのだ。
俺なんかがどうにかしなくても、この人なら、到着が間に合いさえすれば、自分で何とかする事ができる。
俺は、ただそう思った。まぁ、結局こんなにアッサリと捕まってしまったが。
わかっていたけど、何故だか俺は、会った事もない、つい先程話したばかりのこの人の力になりたいと心から思ったのだ。
自分が先輩に捕まってもいいと、思える程に。
あぁ、何でだろう。
何で俺は、こんなにもこの人の願いを叶えてやりたいと思ってしまうのだろう。
なんとなく……なんとなく、理由はわかる。
多分、この人が取り戻したいモノが“手紙”だったからだ。
きっと、俺はこの人に自分を重ねてしまったのだ。
もし、この取られた手紙が自分のモノだっだら、どんな気持ちだろうか。
“あの人”へ向けて書いた手紙が他人の手に渡ってしまったら。
そう考えるとたまらない気持ちになるのだ。
手紙というのは、書き手の気持ちだ。
送った相手への気持ちが、たくさん詰まったものだ。
それを、他人が無理やりこじ開けて見るのは絶対に……絶対にしてはならない事だ。
だからこそ電話の人も必死だった。
きっと、この人の手紙にも、伝えたい相手が存在する。それを、他人が見ては……いけないのだ。
「先輩、他人の手紙を勝手に開けて読むなんて……もし、冗談だとしても質が悪いです!止めて下さい!」
「はぁ?洋君わけわかんない。俺、ふざけてないしー」
「じゃあ、その手紙はきちんと持ち主に返してあげて下さい!」
「………あー、もう。いちいち洋君めんどくさーい。俺はねぇ、あのヘタレに代わって、この手紙を相手に届けようと思って此処に来たわけ。別にふざけてるわけじゃないのー」
言いながら、若干面倒くさそうに俺を見下ろす先輩の手には、小さな紙が確かに握られていた。
あぁ、だから先輩はわざわざ塾に俺を連れて来たのか。
あの手紙をこの塾の講師の誰かに渡す為に……
あれ?
手紙を……塾講師に届ける為に?
あ…、れ?
手紙……?
俺はそこまで考えて、今まで瀬高先輩が口にしてきた言葉が一つ一つ……記憶に蘇ってきた。
『最近塾でさぁ、クビになちゃった女の先生とか居ない?』
最近クビになった女の先生?それは……本当に女の先生?
『俺ちょーっと、その子を探しててー』
それは、その手紙を渡す為に?
『……洋君って、塾クビになってたの?』
はい、俺はついこないだバイト先をクビになりました。
『………いや、まさか……男だし…』
そう、俺は男です。でもそれは大した問題ではないのかもしれません、先輩。
『洋君ったら俺の中で今、マジ重要参考人だから』
重要参考人?それは……その、手紙の?
あの、その手紙は……もしかして
“アナタ”の手紙ですか。
微かな望み、
小さな期待、
違うかもしれない。
でも、違わないのかもしれない。
あれは……アナタからの手紙なのかもしれない。
そう、考え始めたらもうとまらなかった。期待と確信と喜びの感情だけが、俺の心を全て埋め尽くす。あなたは、まだ俺に手紙を書いてくれていた
そう思っていいですか。
あれは
「先輩返して下さい!それは、
俺の手紙です!」
俺への手紙だ。