4:愛想笑い

 

そんな風に、俺がやたらと最近まで交流の薄かった層の男子と会話をするようになって1週間程が過ぎ

夏服から冬服への移行期間が終わり、皆冬服に袖を通す様になった10月。

静かに事態は急変した。

 

「一君、あの……私今日お弁当作ってきたの。良かったら……一緒に食べない?」

 

そう、ある一人の女がヤツに昼食の誘いをかけた。

その瞬間、クラス内は一気に騒然となった。

それは、互いに互いを牽制し合っていた女子達の暗黙の共同戦線が崩されたからではない。

と言うか、何度も言うが、それは俺が勝手に思っていただけなので、そんな共同戦線があるのかもわからない。

と、話しを逸らしている場合ではない。

そう、ある一人の女が可愛いお弁当箱二つをヤツに差し出した瞬間、女子も男子もクラスの全員が次に見たのは俺だった。

 

どうしてかって。

そりゃあ、その暗黙の共同戦線を真っ先に破って駆けだしたのが、俺とついこないだまで付き合っていた栞だったからだ。

まぁ、俺は栞と別れてるわけだから、別に驚きはしないけれど、その別れた事実を知らないクラスメイト達はどう思ったのだろうか。

 

「……わざわざ作ってきてくれたんだ。えと、上白垣さん?ありがとう」

「いいの、私が勝手に作って来たんだから。あとね、私の事は栞って名前で呼んで?私も一君って呼んでるし」

 

当ててみよう。

俺が、栞に捨てられて、栞がヤツに乗り換えた。

そんな風に見えただろう。

よし、重要な事だから2回言おう。

俺が、栞に、捨てられた。

そこが一番重要。

 

「じゃあ、俺の事も一って呼び捨てでよろしく」

「嬉しい。じゃあ、私も一って呼ぶね!」

 

そして、この瞬間を「栞はやっぱり弁当攻めで来たか」と2年前を思い出して懐かしく思っていた俺とは裏腹に、クラスの雰囲気はガッツリと氷点下にまで下がっていた。

皆、俺の事を心底居たたまれないような顔でチラチラ見てくる。

見てはいけない、けれど好奇心から見てみたい。

こないだまでクラスの、いや学校一のモテ男の座に居た俺が、その地位も彼女も奪われてしまったのだ。

野次馬的第三者からしてみれば、酷く面白い状況だろう。

 

可哀想、でも、なんか面白そう。

 

そんなクラスメイト達の視線を、俺は一心に浴びながら、俺はぼんやりと栞とヤツを見つめていた。

多分、あの弁当の中身はきっとまたお母さんに代理で作ってもらったモノだろう。

栞、本当は料理なんてすこぶる苦手なヤツだから。

あぁ、あれって2年前の事なのか。

本当に、高校3年間なんてあっという間だったなぁ。

光陰矢のごとしとはまさにこの事か。

 

「栞。ありがとう」

 

そう言ってヤツが笑った瞬間、俺は「あ」と小さく口の中だけで声を上げた。

それと同時に、俺の肩を最近はよく感じるようになった衝撃が走る。

 

「善。一緒にメシ食おうぜ!」

「おう。善、あんなの、気にすんなよな?」

「女なんか星の数ほど居るんだからよ!」

「お前なら、大抵の女が寄ってくるだろ!羨ましいぜコノヤロー!」

 

そう、口ぐちに俺に向かってフォローの言葉を口にするクラスメイト達に俺は、とりあえず「ありがと」と笑って返事をしておいた。

これは、今さらどう話しても誤解は解けそうにない。

彼女に捨てられた可哀想な俺へ、バンバン明るい話題を振ってくれるおせっかいで優しいクラスメイト達。

そんな彼らの話しを聞き流しながら、俺はチラリと教室を出て行く二人の背中に視線を向けた。

 

アイツ、まだ、愛想笑いなんだな。

 

ヤツが栞に向けた「ありがとう」の笑顔に、俺は密かにそんな事を思った。

そして、この日から、俺とヤツの関係は静かに、しかし周りも含め劇的に変化することになったのだった。