6:金持ち父さん、貧乏父さん(6)

 

『お父さん、また何か拾って来たの?』

 

 そう、俺に話しかけてきたのは、俺の次に可愛い俺の息子、インだった。

拾ってきたとは失礼な!これは全部ヨルから貰ったものだ!

 

『イン?何度言えばわかるんだ!これは俺の愛好者から貰ったものだ!拾ってきたわけじゃない!』

『お父さんの、心の中の友達でしょ?もう、お父さんも寂しいなら、オブやフロムのお父さん達の仲間に入れて貰えばいいのに』

『俺は別に寂しくなどない!インが居るからな!』

『へへ』

『さあ!俺の友達!ここにあるお父さんの宝物を紹介してやろう!』

 

 俺は部屋の隅にある、俺の宝物置き場を見ながらインに言い聞かせるように言った。

 そこには、ヨルに貰った様々なものが立派に飾られている。こうして部屋の狭い一角に、好きなモノが飾ってあるのは、とても素敵で素晴らしい!

 

『これは、レイゾンで作った酒の酒瓶!酒はちょっと凄い味だ!お父さんは苦手だったな!けど、瓶は綺麗だろ!』

『うん!つるっとして綺麗!』

『さすがイン!男同士だと話が分かるな!お母さんとニアは、これにお花を入れようなんて言ってくるんだ!どうかと思うだろ!?』

『お花を入れてもいいと思う!』

『ダメだ!これは、これだけで素敵なんだから!』

 

 俺は青紫色のツルリとした瓶の曲線部分を人差し指で撫でると、思わずうっとりしてしまった。

 

『で、こっちが!羽ペンだ!』

『すごいなー!森で拾ってきたの!?何の鳥の羽!?』

『これは、フクロウって奴の羽だ!』

『フクロウ!?ファーの羽だ!すごい!すごい!見せて!』

『そっとだ!そっとだぞ!』

『うん!……わぁ!これが、フクロウの羽!』

『それにインクを付けると、文字が書けるらしい。俺は書けないけどな』

『オレは書けるよ!』

『すごいな!イン!文字が書けるなんて!でも、ダメ!それはお父さんのだからな!』

 

 俺はすかさずインの手からフクロウの羽の羽ペンを取り上げると、羽先を頬擦りした。サラサラしていて、とても気持ちが良い。それに色も茶色と白色が途中で別れていて、とても素晴らしい。

 俺はこのサラサラのお裾分けにと、インの頬にもフクロウの羽をこすり付けてやった。

 

「っふふふ!くすぐったい!」

「気持ちいだろ!」

「ねぇ、お父さん。そっちの箱は?」

「さすが、イン!俺の息子だ!とてもお目が高いな!」

 

 俺はインが指さして来た、焼き印で模様の入った古めかしい、けれど重工な木箱を、戸棚の隙間から取り出した。

 これは俺の宝物の中でも“とっておき”だ。

なので、インにも満を持して最後に見せようと隠していた!

 

『ほら、イン。見てみろ。この箱だけでも、もう素敵だろう?』

『……………』

 

 箱に打たれた焼き印には、鳥と月のような模様が入っている。

 

 この絵は何だろうかとヨルに尋ねたら『我が家の家紋だ』と言っていた。家紋があるなんて、さすが貴族のヨルだ。

 なので、俺も最近、我が家の家紋をずっとどうしようかと考えている。

 

 そう、俺がヨルに貰った木箱の家紋を指で撫でていると、インがポカンとした目でその絵を見つめていた。

 

 あぁ!イン!一体どうしたと言うんだ!

 

『おとうさん、オレ、その絵、見た事あるよ』

『そうなのか?』

 

 俺がインの言葉に首を傾げていると、インがキョロキョロと周りを見渡し、家の中に俺とイン以外の誰かが居ないか確認し始めた。

 

『お父さんは、男同士だから分かってくれるよね?返して来なさいなんて、言わないよね?』

『何をだ?』

『オレも秘密の宝物があるから、見せてあげる』

 

 どうやらインも俺に見せたい宝物があるらしく、自身のズボンのポケットから大事そうに何かを取り出した。

 

『見て。かいちゅうどけいだよ』

『…………』

 

 インの取り出したソレ。

 ソレはインが風邪で死にかけた時に、俺が見つけたあの“時計”だった。そういえば、あの時は必死ですっかりこのことを忘れていた。

 

『オブか?』

『うん……オレの宝物。一番大事なの』

 

 そう言って大事そうに両手に抱えるインに、これまた凄まじく高価なものをインに与えてきたものだと、あの子狼の姿を思い出して苦笑するしかなかった。

 

 今更返して来いと言った所で、きっとあのオブは受け取らないだろう。

 それに、そんな事を言えば、俺とインの男の友情にヒビが入ってしまうので、そこは堪えるしかない。

 

 俺だってこうして、決して、俺が逆立ちしても買えないようなモノをヨルから貰っているのだから、言えたタマではない。

 

『綺麗で、とても素敵だな!』

『お父さんなら分かってくれるって思ってた!さすが男同士だ!』

 

 そう言ってニッコリと笑うインに、俺は思わず頭を撫でてやった。こんなに喜んでくれるのだから、オブもインに何でもあげたくなってしまうのだろう。あの子狼は心底インの愛好者なのだ。

 

『でね、見て。お父さん。これを開いたところに、その箱の絵と同じモノが描いてあるんだよ?』

『……本当だな!』

 

 そこに描いてあるのは、確かに俺の木箱に焼き印の押してある「鳥と月」の絵であった。あぁ、この時計。これは本当にオブからインに与えてよかったものなのだろうか。

 

 念のため、今晩、ヨルに聞いてみるしかないだろう。

 親子の男同士の友情ももちろん大事だが、やっぱりこれは高価過ぎるきらいがある。

 

『きれいだよねぇ。オブがくれた。これはオレだけの宝物なんだ。オレだけのモノなんて、初めてだ』

『…………』

 

 そう、心から満たされたように呟くインに、俺は小さく溜息を吐いた。

 

 ヨルに聞いてはみるが、どうか取り上げないで欲しい事も、一緒に伝えてみよう。

 ヨルの事だ。きっと、取り上げたりはしないだろう。

 

 なんてことだろう。俺達親子は、あの親子に、とんでもなく色んなモノを貰ってしまっている。何かお返しが出来ればいいのだが、如何せん、うちは金がないので、お返しできる物など、何も思いつかない。

 

———–お前は他人から“与えられる事”に、もう少し慣れた方が良い。

 

 俺の耳の奥に、ヨルの夜風のような声が響いてきた。

 あぁ、他人から何の見返りもなく、何かを与えて貰えるというのは不安になる反面、こうも嬉しいものなのだな。

 

 俺はヨルに貰った素敵な木箱を頬に寄せて、インのように心のままに微笑んだ。

 

 

 

——————————-

 

 

 

『ヨルヨルヨルヨル!』

『そんなに呼ばなくとも聞こえている』

 

 俺は大岩の上に腰かけるヨルの隣に、ひとっとびで向かうと、ひとまずいつもの“練習”を行った。これは、ヨルが自分の魅力に気付いて、自信を持つための“練習”だ。

 

『ヨル、練習だ!』

『練習、か』

 

 はじめは俺が抱きしめる度にビクリと体を固くしていたヨルだったが、今ではそんな事は一切なくなった。体の力を自然と抜いて、俺の抱擁を難なく受け止めるに至っている。

 

『練習の成果があらわれてきたな!素晴らしいぞ!ヨル!』

『だから、一体何の練習だというんだ』

『ヨルが、誰の言葉にも負けなくなる為の練習だ!』

『ほう』

 

 俺の説明に、ヨルは何が面白かったのかは分からないが、その口元に深い笑みを浮かべた。

 そうだ!あと今日はもっと大事な事を話さなければならなかったのだった!

 

 昼間のインの時計の事。

あとは、やはり最近俺はいろいろと貰い過ぎだという事を。けれど、そんな俺の思考は、ヨルが自身の影から取り出してきた、あるもので一気に吹き飛んでしまった。

 

『スルー。ほら』

『っ!!』

『これは!また!別の瓶!す、素敵すぎる!これは、なっ、なんて薄くて透明で、こんな、下の方だけ、こんな丸で!』

 

 ヨルが取り出して来たのは、またあの時の酒瓶とはまた違った酒瓶だった。中身はもう入っていないようで助かった。俺は酒というのはどうも苦手のようなのだ!

 頭がフラつくし、なんだかフワフワして楽しくなったかと思えば、次の日、俺を酷い有様にしたのだから。

 

 あんなに吐いたのは、後にも先にも子供の頃に熱を出した時以来だ!

 

『素晴らしい!こんなに透明なんて!川の水みたいじゃないか!』

『酒瓶をこんなに喜ぶ奴など、お前くらいなものだろうな』

『……これは、こんなにキラキラして。宝石ってやつなんじゃないか!』

『ちがう』

 

 否定するヨルを他所に、俺はそ酷く透明で丸の曲線が美しい、その酒瓶を空に掲げてみた。

 

『おお!これは!見てみろ!ヨル!こうすると、瓶の中に月を持ち帰ったようだ!すごい!これは凄い事に俺は気付いてしまった!やっぱり俺という男は凄い奴だ!目の付け所が違う!』

『目の付け所は確かに常人とは一切異なるな』

『なぁ!?ヨル!ほら!ほら!』

 

 俺はヨルにピタリとくっつくと酒瓶越しに捕まえた月を見せようと、ヨルの前に酒瓶をかざしてやった。

 

『見えるだろ!』

『……ああ』

 

 ああ、と静かに頷くヨルの横顔を見てみれば、それは月の灯りに照らされて、なんと言ってよいのか、素敵のもっと上、言葉を知らない俺には表現できない、つまりは、“素敵の上”だった。

 

『ヨルは本当に、インが走って行くのが分かる程……素敵の上だなぁ』

『すてきのうえ……?よく分からん』

『俺もよく分からん。言葉を知らんというのは、なかなかにもどかしい』

 

 俺は掲げていた酒瓶を膝の上に置くと、先程まで考えていた『貰い過ぎだ』という思考がぶり返ってくるのを感じた。

 感じたついでに、どうやら口にも出していたらしい。

 隣に居るヨルを見れば、何故か深い溜息を吐いていた。

 

『お前はまだ下手だな』

『……なにがだ。俺は何も下手じゃない。俺はだいたいの事が上手だ』

『まだまだ“練習”が要るな』

『だから、なんのだ!』

『他者からの自身への正当な評価を受け入れる姿勢を養う為の練習だ』

『ヨルの言っている意味がわからんな!もしかして、お前も“変わり者”なのか?』

『そうかもな』

 

 ヨルも“変わり者”なのか。そうかそうか。

 俺はそう思うと何だか嬉しくなって、膝の上にある酒瓶を撫でてみた。つるつるで手に触れる感触が気持ち良い。

 

『黙って貰っておけ。まだ、それは序の口だ。まだ先は長い』

『……う、歌う!歌おう!朝まで歌おう!それで、お返しになるか!?』

『……はぁ、まだまだだな』

 

 俺はヨルの意味の分からない言葉を無視して、それはもう素晴らしい歌を歌う為に、大きく息を吸い込んだ。

 さすがに朝までは無理だったが、その日はいつもより遅くまでヨルと一緒に居た。

 

 けれど、歌う事に夢中過ぎて、俺はすっかりと忘れてしまっていたのだ。

 何を。そりゃあ、

 

『インの時計の事言うの忘れた!』

 

 まぁ、いいか。

どうせ、明日の夜もヨルと一緒だ。