この俺、橘 庄司は非常にウンザリしていた。
「今月の営業成績の伸び率と、収納率について報告します。橘君。よろしく」
「はい、では手元の資料。2枚目の緑色のグラフが書いてある資料をご覧ください」
事務所所長、副所長を交え、無駄に仰々しく行われる、形ばかりの定例会議。
これで何かが決まる訳でも、新しい何かが生み出される訳でもない、無意味な時間。
「このグラフは保険料収納率と新規顧客の獲得率、それに、各得率の伸び幅の事務所別比較を表したモノです。対前年比に関しては3枚目にあります表を」
俺は一体何を言っているんだ。何で、こんな面白くない話をペラペラと口にしているんだ。
そしてこの後、課内全員で参加を余儀なくされるこの無意味会議の議事録を、俺は作らされるのだろう。
作って、死んだような顔で参加する皆と、絶対読んでないだろ!という本部にメールとデータ貼り付けで報告をしなければならない。
え、いるいる?この無駄な作業要る?
会議の後に、一人だけ残業してそれを作る意味ある?何が悲しくて週初めの月曜日にそんな謎めいた残業をしないといけないんだ。
あぁ!腹立つ腹立つ腹立つ。
今日はただの月曜日ではない!
最近、全く会えていなかった宮古と会う約束をしている、大事な大事な月曜日なのだ。
「前年度比率の伸び率は市内の他事務所と比較すると、余り高くない数値ではありますが」
山戸 宮古。
出会った時は18歳の高校生であった宮古も、今や19歳。学生だった頃とは異なり、俺の仕事に無条件で宮古が合わせられる事は、もうない。
なにせ、宮古も今や社会人なのだ。自分で学費を稼ぐと、普通に偉すぎる事をのたまい、もともと夢だと言っていた“大工さん”をやっている。
「しかし、これは。まず新規顧客の獲得に必須でもある、競合他社からの」
一度、俺が営業の合間に宮古の現場をこっそり覗きに行った事があった。
すると、そこには「ああああ」と思わず声を上げて、倒れ伏しそうな程、サマになった宮古が居た。
居る居る居る。こういう土建業的な兄ちゃん居る居る居る。
そして、サマになりつつ、ともかく、格好良いのだ。驚くほどに格好良い。宮古は、元々、運動神経も爆裂良い事から、ともかく体格としての逞しさは高校の頃からあった。
けれど、毎日外で肉体労働をこなす、今の宮古は、学生時代の比ではない。
男の肉体美の完成系のような進化を遂げてしまった宮古に、俺は同じ男として思わず嫉妬してしまった程だ。
あぁ、格好良い。格好良い。あの格好良すぎる男は、どうしてこんな、一回り以上も年上の、しかも同性の恋人のポジションに収まってくれているのだろう。そんなつもりはないのだが、完全にこれは俺が宮古を誑かしてしまってる感じじゃないか!
暑いのだろう、かきあげられた、あの真っ赤な髪の毛と、流れる汗よ。凛々しい目と眉よ。
———–庄司、久々に来週会えそうだ。
「以上です。何か所長、副所長からありませんか?……ハイないようですので、これで10月の定例報告会議を終わります」
「(え、橘君、間。間。早くない?所長たちぽかんとしてるよ)」
俺の隣で、日比谷部長がコソコソと俺に耳打ちをしてくる。はい、俺は何も聞こえない。
だいたい、いつものんびり進行するから、無駄に意味のない所長の熱血精神論を聞く羽目になるのだ。
今日は俺がこの場を制するマスターだ。
「それでは、今日の会議はここまで!みなさん、お疲れ様でした!また明日から11月!下期も良いスタートを切れるように頑張りましょう!」
俺は一応カタチばかりの熱血精神論もどきの台詞を早口で、課内の皆に向かって声をかける。すると、帰りたい気持ちをきっちりと同期させた、皆の心が完全に一つになった。
「「「「おー!お疲れ様でしたーー!!」」」」
ハイ、みんなありがとう。お陰でサクッと帰れそうだ。
あぁ、もう。やっと終わった。
はあっ!これだから、大人は嫌だ!
“一応”やらねばならない、形ばかりの会議が多すぎる!中身のない、やったとしても何の結果も変わらない会議に何の意味がある?
やったという形式だけが重要な会議に、果たして存在意義はあるのか。
俺は事前に完璧に作り置きしたおいた、議事録のデータを本部のフォルダに乱暴に張り付けると、マウスを風のように切って、PCの電源を落とした。
本日10月31日、月曜日。
ハロウィン当日である。
橘 庄司31歳(もうすぐ32歳)は、別にハロウィンを楽しむ為に、急いで帰りたい訳ではない。
———-庄司。俺の家に来い。
今日は俺と恋人が、初めてきちんと偽らずにお互いと出会って1年目の、大事な日なのだ。