28:思春期男子の癇癪

 

 

『お前、どうやって王子に取り入った?』

 

 

 まただ。

 あの日のテザー先輩の言葉が、頭から離れない。ずっと、俺の耳の奥にこびりついている。俺の周囲の空気だけが、あの言葉の震えをずっと記憶しているみたいだ。

 

 モヤモヤする。

 

「はぁっ」

 

 俺は目の前にある、美味しそうな夕食を前に、深く溜息をついた。

 そう、今は夕食の時間で、ここはいつもの食堂だ。最近は部屋守も夜勤が続いていたせいか、この場所で夕食を摂るのも久しぶりだ。

 

「……いただきます」

 

 そう、俺が食事を前に手を合わせた瞬間。

 周囲からの視線が、一気に此方へと集まってきた。最近、食レポの効果なのか何なのか、食事中に馬鹿にされる事は、ほぼ無くなった。

 

「今日は、白身魚のフライ?か……」

 

 今日だってそうだ。俺が食堂についた瞬間、エルフ達の視線が一斉に俺へと向けられた。

 

 なんだ。みんな、そんなに俺の事が好きなのか。心待ちかよ。

 そうだろうな!?あんなに馬鹿にしてた癖に、今やどいつもこいつも、パンはスープに浸して食ってるもんな!?

 

「今日のスープは……コンソメスープ、みたいなヤツか。なら、パンはそのまま食うか。あぁ、フライをサンドしてもいいのか」

 

 目の前の食事に対し、瞬時に二通りの食べ方を想像し、思案する。

 その間も、周囲からの期待するような視線は止む事はなかった。とはいっても、前述した通り、さすがの俺も、今はテンションが相当に低い。

 

「まぁ、一旦そのままで……仲本聡志は、腹の奥にあるモヤモヤを抱えたまま、ナイフとフォークを手にした」

 

 それは勿論、テザー先輩のせいだし、もっと言えばイーサのせいでもあった。だから、今日はいつものように食事を楽しむ余裕など……

 

「うんまっ!!」

 

 あった。

 普通に食事を楽しむ余裕、モリモリあった。お陰で今日も今日とて食べるのが楽しい。

 

「やっぱ白身魚はフライだよなぁ」

 

 その瞬間。俺に集まっていた視線に一気に熱が籠った。

最近になって、俺は気付いた事がある。

 

「この衣のサクサク感と、身のフワフワ感の対比がたまんねぇなぁ!」

 

 こうして兵役に就き、日夜厳しい訓練に明け暮れる男達にとって、“食”というのは、最大にして、最高にして、最も身近な、“娯楽”なのだ、と。

 

「うめぇ……!」

 

 だから、こうして美味そうに食べる俺を見て夢中になれる。

 単純な話、美味そうに飯を食っているヤツと飯を食うのは、楽しいのだ。しかも、自分の前にも同じ食事が用意されているとすれば尚の事。

 

「そう。仲本聡志が提供しているのは、“食レポ”ではなかった。日常生活の一部を、声の演技を使って娯楽化してやる事。そう、ここの兵士たちに足りないのは“娯楽”だったのだ!」

 

 娯楽がないから、わざわざ自分よりも劣った存在を捕まえて、憂さ晴らしをしなければならなくなる。全ては閉鎖的で、鬱屈とした世界の産む“物足りなさ”から生まれる普通の感情だ。

 

「しかも、コレコレ。もう、ソース自体がメインなんだわ。甘味も強いけど、後から酸味もクるし。コイツのお陰で衣をより軽快に感じるんだよなぁっ」

 

 こんなに「美味い、美味い」と、機嫌良く飯を食っている俺も、先日の一件のせいで、今も引き続き一文無しである。

 しかし、こうして兵役に就いているお陰で、食事と寝床に困る事はない。お腹いっぱい食べられて、安心して寝る場所がある。

 

 しかも食事は美味いときたモンだ。

 

 それさえあれば、俺にとって“金”はさほど重要ではないのだと気付かされた。ただ、一つ問題があるとすれば……、

 

「明後日に予定されている【大規模なんとか】で、必要なモノとやらが、一切買えない、という事だ」

 

 そもそも、【必要なモノ】というのが、一体何なのかさえ分からない。これに関しては、金が無い以前の問題だ。

完全に詰んでいる。諦めた。もう、どうにでもなれ、だ。

 

「はぁっ、うんめ」

 

 そう、俺がヤケクソな気持ちと共に、再びフライに齧り付いた時だった。

 

「うるさいっ!」

 

 突然、怒声と共に、ガツンと凄まじい貫通音が、俺の手元に響き渡った。

 

「あ?」

 

 チラと視線を向けてみれば、俺の盆のすぐ脇に、最近どっかで見たような鋭利な氷の柱が突き刺さっている。そこ、さっきまで俺の手があった場所なんだが。

 

「はぁっ、めんどくせぇ……そう、仲本聡志は心底思った」

 

 マジで、すぐに暴力に訴えるヤツって最低だと思う。ほんと、人間……いや、エルフ見たわぁっ!

 

「……食事くらい、黙って摂れんのか」

 

 不機嫌丸出しの、その、憎しみと苛立ちを含んだドロリとした声。

 チラと見上げてみれば、やはりというか、何というか。

 

「……テザー先輩」

 

 テザー先輩が、まるで親の仇でも見るような目で俺を見ていた。

 

「俺、声出してないと死ぬんで。無理です」

「お前が死んでも、此方は一向にかまわん。寿命でも何でもいい。早く死んでしまえ」

 

 言ってくれる。

 いや、俺は、もちろん先輩の親なんか知らない。

 しかし、こんなイタいけのない後輩に、氷柱を突き立ててくるような奴の親とあらば、むしろ、俺は舞台の最前列でテザー先輩の“親の顔を拝んでみたい”モンだ。