193:忘れられないオーディション

 

 

「おい、待て」

「なんだよ」

「その部屋はいい」

 

耳を疑った。

この部屋を開けようとした兵を、もう片方が止めている。何故かは分からないが、ぼんやりと消えかかっていた希望が再びハッキリと姿を現し始めた。

 

「なんでだよ、この辺で見失っただろうが」

「いや、いい。よく見ろ」

「……あ!あぁ。ここか。そうだな」

 なんだなんだ。どういう事だ?

 一切状況は分からないが、どうやらアイツらは此処に入って来ないようだ。そうこうしている間に扉の向こうから聞こえていた声が、徐々に遠のいていく。そしてしばらくすると、一切聞こえなくなった。

 

「……助かった」

 

敢えて声に出して言う事で実感を煽る。どうやら見つからずに済んだのだ。

 

「良かった。マジで、良かった」

 

 俺は襲ってくる安堵感に、両目を片腕で乱暴に擦った。情けない話だが、マジで怖かったのだ。笑いたきゃ笑えばいい。バカにすればいい。そんな誰に言うでもない悪態が内心漏れ出る。

 

「……にしても。ここ、何なんだろ」

 

少しだけ落ち着いてきたので、俺はソロソロと部屋の中を歩き回った。見渡すと、部屋の中はかなりスッキリとしており、ともかく広い。ただ、しばらく使われていないのか、部屋の中はどこか埃っぽかった。

 

「なんか、すげぇ機械がいっぱいあるな。何の部屋だ?」

 

誰も入って来ないという安心感から、俺があちこちと部屋の中を探検していると、一つだけ見慣れたモノが目に入ってきた。

 

「えっ!待って待って!これマイクじゃん!」

 

大きなモニターの前の基盤に埋め込まれたマイク。それを見た瞬間、俺は子供のように駆け寄って行った。まさか、ここでマイクにお目にかかれるとは思ってもみなかった!

 

「うわぁ!なんか懐かしいなー!クリプラントじゃ機械とか一切なかったからな!」

 

俺はマイクの前に置かれたふかふかの大きな椅子に腰かけると、気持ちのままにマイクに触れた。

 

「なんか、オーディションを思い出すなぁ」

 

見慣れたその固いフォルムに触れながら、俺は湧き上がってくる懐かしさを抑える事が出来なかった。そして、ふと気付く。

 

「おっと、オーディションなら座ってちゃダメだろ。アフレコは立ってやるもんだからなー」

 

俺はふかふかの椅子から立ち上がると、固定されていたマイク台の首を一定の高さまで上げてやった。そうそう、これでいい!なんだか気分が盛り上がってきた!

 

「えーっと。なんかこの椅子邪魔だな!ちょっとこれも移動!」

 

そうやって、俺は備え付けられていた家具や、周囲の機械を好き勝手動かし始めた。先程までの恐怖など、今や欠片も残っちゃいない。俺は作っていた。何をかって?そりゃあ。

 

「はい、アフレコスタジオ完成―!」

 

アフレコスタジオだ。

俺は目の前に出来上がった、まるで本物のようなスタジオの風景に胸が高鳴るのを止められなかった。なにせ、目の前には、何も映ってはいないものの大きな画面がある。俺的には、ここはアニメの映像が流れるモニターって設定だ。

 

「うんうん!そして、あっちの椅子に音響監督さんが座ってて、あとは、色々スタッフの人もいる!あぁ!あの右上のスピーカーで、監督からの指示が出るんだよ!いいねいいねぇ!」

 

完全に一人で盛り上がり始めた俺は、意気揚々とマイクの前へと立った。目を瞑る。そうした方が、想像をそのまま目の前に浮かび上がらせやすい。

 

(所属と名前、そして受ける役名を言って)

 

脳内でスタッフの一人がスピーカー越しに指示を出してくる。そうそう。マイクの前に立つと、もう台本を持つ手が震えるんだよなぁ。でも、今は大丈夫だ。なにせ、ここに居るのは俺一人なんだから。

 

「一ケ谷プロダクションから来ました、仲本聡志です!」

 

オーディションを受ける際に、毎度毎度口にして来た自己紹介。徐々に俺の目の前がオーディション会場へと移り変わっていった。

 

「イーサ役を受けさせて頂きます!よろしくお願いします!」

 

マイクをゆっくりと撫でてみる。本当のオーディション会場じゃ、もちろんマイクに触ったりしない。カラオケじゃないんだから。

でも、今はちょっとくらいいいだろう。ここは俺の一人舞台なんだからさ。

 

頭の中で監督やスタッフ達が俺の方を見ている。そうそう、これが緊張するんだ。でも、あれがあるからまたオーディションって感じがする。

 

「ふーーーっ!」

 

俺はオーディションの台本を受け取ってから、ずっとイーサの台詞ばかりを口にしていた。毎日。毎分、毎秒。あの一カ月間。俺はずっと“イーサ”と一緒だった。

 

あの時ばかりは、金弥が家に来るのも断った。

だって同じ役を受けるんだぞ?さすがの俺も、一緒に仲良く台詞の読み合わせなんて出来る気がしなかったのだ。

 

『オーディションが終わるまで、家には来るな?なんで!?嘘だろ!サトシ!』

『当たり前だろうが!俺達は同じ役を賭けたライバルなんだから!』

『……オーディションは一カ月も先なのに?』

『ああ、そうだ!』

『……俺、イーサ役降りようかな』

『はぁ!?お前何言ってんだ!そんな事言うようなヤツとは絶交だからな!』

『ええぇっ!分かった!分かりました!受けるからっ!』

——–絶交なんて言わないで!サトシ!

 

なんて。あんな事を言っていた癖に、結局は金弥がイーサを持って行ってしまった。まぁ、最初こそ『金弥が俺のイーサを盗った!』なんて子供みたいに腹を立てていたのだが、今はそんな気持ちは欠片もない。

なにせ、もうずっと金弥の声でイーサを聞いていたのだ。俺の中では完全にケリがついている。イーサは、金弥でなくちゃいけない。

 

「イーサ役は落ちたけどさ、俺も嬉しい事があったんだぜ?キン。お前にも言ってなかったけどさ!」

 

(キミ。えっと仲本聡志君か、ちょっといい?)

 

「ふふ。めちゃくちゃ、格好良い台詞だぜ?お前は絶対に言わないヤツ!今日は特別にお前には聞かせてやるよ、キン!」

 

マイクの前に背筋をまっすぐと伸ばして立つと、俺は深く息を吸い込んだ。ただ、俺はこの瞬間が好きだった。厳しい値踏みするような視線を向けられて、その場に居る全員から注目される。

 

『……砦にて最前線に立つ勇敢なるリーガラントの兵士達よ』

 

そりゃあもう、緊張もする。けれどそれよりも、ともかくワクワクする!皆が俺の声を聴いているんだって思うと、興奮するんだ!

 

『コホン、我が名はジェローム・ボルカー』

 

いや、何か声が裏返った気がする。第一発目って声質がブレるんだよな。よし、もう一回やり直すか。

気のせいだろうか。なんかマイクが光った気がしたが――。

 

(台詞を止めない!)

 

 あ、ハイ。そうだそうだ。詰まっても、噛んでも本番中は口を止めたらダメなんだ。これで何度怒られたかわからない。

 

『我が名はジェローム・ボルカー。リーガラント国元帥である』

 

そして、呼吸と共に余りにも堂々と吐き出された台詞に俺は思わず吹き出しそうになった。

なぁ、俺。俺が受けに来たのはイーサ役じゃなかったか?

 

(キミ、ジェロームの台本、持ってきてる?)

 

もちろん!『もしかしたら要るかもしれない』とか言いつつ、可能性のあるモノは全部持ち運ぶようにしてるので!お陰で荷物はいつもパンパンですよ!

そんな誰から尋ねられたワケでもない自問に、御機嫌な俺は得意気に応える。もちろん、脳内で。

 

『緊急にて伝令す。皆の者。良く聞け。この時刻を持って軍事演習を一旦停止!各自装備をまとめ、直ちに祖国へと戻れ!』

 

あぁっ!いつ思い出しても格好良いよな!この台詞!

だって大勢の人間兵に放たれるツルの一声なのだ。皆が、俺の声に注目し、そして従う。なにせ、今の俺は――!

 

 

『全軍撤退せよ!』

 

——–ジェロームの台詞も、ちょっとやってみてくれないかな?

 

 

ジェローム・ボルカー!

リーガラントの最高指導者なのだから!