——–ジェロームの台詞も、ちょっとやってみてくれないかな?
そんな事を言って貰えたのは、初めてだった。
『えっと、キミは、仲本聡志さんか……仲本さん?今日はジェロームの台本は持って来てますか?』
『え?』
現場に突然響いたマイク越しの声に、俺は肩を跳ねさせた。まさか、そんな事を言われるなんて思ってもみなかったのだ。
『持ってる?』
慌て過ぎて返事が出来ない俺に、重ねて問われる。あ、ヤバ。返事しなきゃ。
『あ、はい!持ってます!』
『じゃあ取って来て。ジェロームの台詞を言って』
『っ!』
まさか、イーサ役のオーディションを受けに来て別の……しかもジェローム役を求められるとは思ってもみなかた。俺は、急いで鞄からジェロームの台詞の書かれた紙を取りに走ると、興奮で震える手を抑えつつ一枚の紙をひっ掴んだ。
『と、取ってきました!』
ジェローム・ボルカー。
それは今回の【セブンスナイト4】において、表の主役ともいえる攻略キャラだった。エルフの国クリプラントの王がイーサであるのに対し、人間の国リーガラントのトップがジェロームだ。早くに父を亡くし、トップの位を継いだ二人の若い指導者。
一国の指導者らしく、二人共キャラクターとしては「俺様」っぽい台詞が多かったのを、今でも覚えている。
『一つ目から順番に。ランプが付いたら始めてください』
『っは、はい!』
俺は手元の台本を必死に目で追った。
どうしよう。ジェロームなんて一回も練習してこなかった。ジェロームってどんなキャラだ?一体どんな悩みや苦悩を抱えている?何が好きで、何が苦手?
ダメだ、一つも分からない。こんな事があるなら、他のキャラも一通り練習しとくんだった。
『……はぁっ』
なんて。
頭でっかちな俺は、ランプが点灯するまでのその一瞬の間で不安と焦りと後悔を一気に巡らせた。逆に器用なモノだと思う。
きっと、金弥なら『え?なんとなくこうかなって!』なんて言いながら、堂々とマイクに向かうのだろう。アイツはそういう奴だ。
『……はぁ、はぁっ』
でも、俺は違う。金弥とは違うんだ。どう頑張って主人公みたいに振る舞っても、根本は何も変わらない。そうだ。諦めろ。俺は“こういうヤツ”なのだ。
ランプが点灯した。
『……神の加護が我々とともにあらんことを』
あ、と思った。コレはイーサの台本にもあった台詞だ。
『全軍、進軍せよ』
イーサとジェロームは対だ。
全く違う環境で育った癖に、お互い一番近い場所に立っている。国同士だけではなく、彼ら自身も常に向かい合っていて――。
そこまで考えて、俺はふと思った。
——聡志?お向かいさんに、聡志と同い年の男の子が越して来たみたいよ?
そういえば、四歳の頃から俺と金弥もずっと向かい合ってきた。まぁ、単純に家がお向かいさんだったってだけだけなんだけどさ。
近所に同い年の子供が居なかった。ただそれだけで、俺は金弥と仲良くなりたくて、母さんの呼び止める声なんて一切聞かずに走ったのだ。
——–ねぇ、なまえ。なんていうの?
そこから、俺と金弥も始まった。
別に性格が似てたワケでも、最初から気が合ったワケでもない。育った環境も全然違う。それでも、俺と金弥はずっと一緒だった。
『俺達人間はエルフのように長命ではない。だからこそ、常に変化を柔軟に受け入れてきた!受け入れざるを得なかった!』
『俺は父のようにはなれない。俺がなれるのは、ジェローム・ボルカーというただ一人だけだ』
『強くなければならなかった。迷う事など許されなかった。立ち止まる事も、逃げ出す事も、俺は一度として許されてこなかった!』
『俺は、ずっと欲しかった。俺と同じ苦悩を抱える者と、それを分かってくれる者と……心を通わせたかった。お前が、そうなってくれるのか?』
台本の上から順番に、俺はジェロームを演じていった。
初めて演るけれど、初めてな気はしない。イーサの対だ。そう思った瞬間に、俺の中にピタリとジェロームが馴染んだのだ。だってそうだ。この一カ月間、俺はずっとイーサと一緒だった。イーサの事だけを考えて過ごしてきて。
——–サトシー!あにめしてー!
『……』
幼い金弥の声が聞こえた気がした。