199:ネックレスを渡した理由

———-

——-

—-

 

「で、そうこうしてるウチに、そこのステーブルの坊ちゃんが迎えに来てくれたんで、思ったより早く帰還出来たってワケだ。な?サ・ト・シ?」

 

 いや、なんでこのタイミングで俺に話を振るんだよ。いつの間にか席から立ち上がって俺の背後に立っていたエイダが、慣れ慣れしく肩を叩いてきた。そのせいで、それまでエイダに向けられていた視線が、一斉に俺へと戻ってくる。

 

 いやいやいやいや、ここでボールを投げて寄越されても困るんだが!

 

「あ、いや。俺は別に何も……」

「何もって、その通りだろ?お前が、リーガラント軍を全軍撤退させたんだよ。格好良かったぜぇ、サトシ。あれはまるで国家元帥みたいだった」

 

 「なぁ、エーイチもそう思うだろ?」とエイダが俺の隣に腰かけるエーイチに語りかけるが、エーイチはスンとした表情のままチラリとも視線を向ける事はなかった。そんなエーイチの冷めた表情に、俺は思わず今の状況を忘れ尋ねた。

 

「エーイチ。俺の演技、どっか変だった?」

「へ?」

「いや、俺もあの時は結構上手く出来たと思ってたんだけどさ。今思い出すともう少し声をワントーン低めに喋った方が威厳が出せたかなーとか思ったんだ。客観的に聞いてて、その辺がどう思った?」

「……サトシ」

 

 俺の問いかけに対し、エーイチは困ったように「大丈夫。十分格好良かったよ」と苦笑して応えてくれた。いや、そういう親が子供に言うような意見じゃなくて、もっと建設的な……。と、そこまで俺の思考が飛んで行きかけた時、エーイチの視線がチラと反対側の席へと向けられた。

 

「あ。ご、ごめんなさい」

 

 視線の先には、もちろんクリプラント国家の要職を担う権力者達。そうだった、今の俺はこの人達から詰問されてる状況だった。

 

「サトシ、本当に上手だったから」

「あ、うん」

 

 コッソリと囁くように言ってくれるエーイチに、俺は急激に顔に熱が集まるのを止められなかった。まったく、俺は何をやってるんだ。

 

「サトシ、お前ってホントおもしれーな。ウンウン、上手だった上手だった」

「……やめろよ」

「良かったな。エーイチから褒めて貰えて。羨ましいぜ!なぁ?」

 

 そうやって、カラカラと笑いながら叩かれる背中が地味に痛い。なにやら、エイダの叩き方に容赦がないような気がする。これは気のせいか?いや、絶対に気のせいじゃない!わざとだ!

 

「さぁて、そんなワケで。カナニ」

「なんだ」

「サトシは、ここに来て重要な駒になったぞ?何故かは分からないがコイツはリーガラントの国家元帥。ジェローム・ボルカーと全く同じ“声”を持っているんだからな」

 

 耳通りの良い、少し高いエイダの声が部屋中に響き渡った。この声、聞いた事はないがなんとなく、舞台俳優か何かの声のような声質の特徴を感じる。演技の仕方が……なんか生っぽんだよな。

 

「……同じ声だと?ただ似ているだけではないのか」

「言うと思った。このサトシの声は、ジェロームと似てるんじゃない。全く“同じ”なんだ。なにせ、リーガラントの個人認証は全て声で行われる。似てるだけじゃ、システムに弾かれるんだよ」

「……」

「だからこそ、サトシは一国の軍隊をこの声一つで動かせたんだ。まさに、鶴の一声ってヤツだな」

 

 そんなエイダの言葉を経て、カナニ様の視線がゆっくり俺へと向けられた。

その視線はハッキリと「何故だ」「どういう事だ」「お前は何者だ」という、ヒリついた疑念が含まれている。ただ、その内心が言葉として俺に放たれる事はない。隣に座るマティックもそうだ。

 

「……鶴の一声か」

「さて、どうしたものでしょうね」

 

この二人は一国の宰相だ。自分達の発言力の強さを理解しているが故に、俺へかける言葉も測りかねている。そう、なんと言っても俺はエイダが言うようにクリプラントにとって重要な“駒”になってしまったのだから。

 

「っはぁ」

 

 俺は吸い込んだ息が上手く体の中へと入っていかないような、そんな妙な感覚に陥った。なんだか、ヒリヒリする。息苦しい。

 俺がジェロームの声と全く同じだって?一体それはどういう事だ。俺はイーサのオーディションを受けに行った筈だ。ジェロームじゃない。

 

——–ジェローム役の台本、持って来てる?

 

「変な期待をするな。そう、仲本聡志は思わず夢見てしまいそうになる自分の気持ちを落ち着かせた」

 

 その通りだ。落ち着け。自分を俯瞰しろ。

 

「そうだ。俺が受かるワケがない」

 

それに、俺はまだ実際にジェロームの声を聞いたワケでもない。本当に同じかどうかなんて分からないじゃないか。

 

「だって、ジェローム役は人気声優の岡松さんも受けるって話だったし。あり得ない。しかも、横から割り込みで台詞を言っただけの俺が……」

「サトシ?どうしたの?大丈夫」

「おい、具合でも悪いのか」

「っ!いや、何でもない」

 

 乱した思考の中、俺が黙って俯いていたせいだろう。テザー先輩とエーイチが両脇から声をかけてくれた。

 

「ほんと?」

「少し休ませて貰ったらどうだ?」

「……いや、大丈夫。うん、大丈夫」

 

ヤバイ、ちょっと。今の俺は冷静じゃない。今は余計な事を言わない方がいいだろう。沈黙は金だ。

 

「なぁ、一ついいか?」

「何だ、エイダ」

「いや。カナニ、お前じゃねぇ」

 

 そう、だんまりを決め込んだ俺が、長机の木目に目を落とした時だ。背後に立って居たエイダの手が、再び俺の肩に置かれた。そのせいで、俯かせていた視線がとっさに前に向いてしまった。

 

「俺はさっきから黙りこくって一切喋らないそこの“イーサ王”に話しかけたんだよ」

「……ほう、俺に」

 

 “イーサ王”という、最近では一切馴染みのなくなってしまった呼び名に俺の心臓が跳ねた。俺の中でイーサはもう“王”でも“王子”ではない。“イーサ”という個人になってしまったのだ。

 

「なーんで、一国の王子だった貴方様が人間なんかにネックレスを渡したのか……ずっと気になってたんだ」

「……で?」

「イーサ王。貴方は知ってたんじゃないのか?サトシがジェロームと同じ声をしてるって。だからネックレスを渡したんだろ?」

 

 エイダの予想外の問いかけに、俺はイーサへと視線を向けた。そこには、背もたれにゆったりと体を預け、腕を組むイーサの姿。なんだか、本当に王様みたいだ。

 

 いや、実際に王様なんだろうけどさ。ただ、俺と二人で居る時とは全然違う。

イーサは、見た目に反して子供っぽいんだ。こんな立派な王様みたいな顔はしない。あもをその腕に抱いて、俺に甘えるだけ甘えて。我儘放題だ。

 

「……イーサ」

 

 ここに居るイーサは、本当に俺の知ってるイーサと同じヤツか?

 

「なぁ、どうなんだよ。イーサ王。知ってたんじゃないのか?お前はヴィタリックの息子だ。そういう、抜け目ない所があっても不思議じゃない。じゃなきゃ、お前がサトシにネックレスを渡すなんて、考えられないからな。何のメリットもない」

「……」

「最初は、ヴィタリックの息子だからそう言うワケの分からない事をやっても不思議じゃないと思ってたけど。サトシがジェロームと同じ声だって分かってから納得いったぜ」

 

 そうなのか?イーサ。

 お前は俺の声が“ジェローム”だって知ってたから、このネックレスをくれたのか?優しくして、特別扱いをしてくれていたのか?わざと甘えていたのか?

 

『このサトシは、ここに来て重要な駒になったぞ?』

 

 お前は俺を“駒”にする為に、部屋の扉を開けてくれたのか?そう思った瞬間、耳の奥に心細そうな“アイツ”の声が響いてきた。

 

『さとしが、とおくに、行かなくても、すむ、方法』

——サトシが、夏休み。おばあちゃん家に、行かなくても、すむ、方法。

 

 

 重なる声に、俺は思わず笑った。