198:サトシの聞いて聞いて!

 

 

『サトシ!』

 

そして、そこにはやはりエーイチの想像した通り、不安そうな表情を浮かべる友達の姿。サトシが居た。同時に、先程まで腹の底に渦巻いていた不安が一気に消えてなくなる。

 

『サトシ!やっぱりサトシだ!』

 

ほらね。やっぱりサトシだった。そう、エーイチはチラと隣に立つエイダに視線を向ける。

 

『マジで……?嘘だろ?だってここはジェロームしか入れない筈じゃ』

『エ、エーイチ!無事で良かった!良かったけど、ちょっとこの部屋見てくれよ!俺、なんか壊しちゃったみたいなんだ!』

『壊した?』

『そう!』

 

戸惑うエイダなど余所に、サトシは自分よりも小さなエーイチの腕を引っ張り部屋の中へと誘う。すると、それまで戸惑っていたエイダが、今度はサトシの腕を掴んだ。

 

『おい、人間!ここにはお前だけか!?ジェロームは!?』

『は?アンタ誰?』

『サトシ、こんなヤツは気にしなくていいよ。あとで僕が殴っておくから』

『エーイチのこの態度……。もしかしてエイダ?』

『なんで、エーイチの態度でピンと来てんだよ』

『なんでデカくなってんの?魔法?』

『まぁ、そんなトコ』

 

エイダはサトシからの問いに対してテキトーに答えると、エーイチに続き部屋へと入った。そして、キョロキョロと周囲を見渡してみる。やはり中にはサトシ以外居ない。更にもう一つ気になる事がった。それは、中にある全ての機器が全て起動状態にある事だ。

 

『これは……』

 

エイダが呟くと同時に、それまで開いていた指令室の扉が音もなく閉じた。これで、内側から開けない限り外から人が入って来る事はないだろう。

 

『おい、人間。コレお前がやったのか?』

『いや、別に俺は何も触ってないし。壊そうだなんて思ってなくて。ただ……』

『ただ?』

『マイクに向かって……喋っただけで』

 

そう、モゴモゴとイタズラをした子供が言い訳でもするかのように口にしてくるその姿に、エイダは目を見開いた。

 

『マイクに向かって、喋った……?』

『それだけ!ほんと。マイクにもちょっと触っただけで……!高さを整えただけだ!』

『ふーん?』

 

エイダは少しだけ高い位置にあるマイクに向かって手を添えた。そして『あ、あー』と声を発してみる。ただ、どれだけマイクに向かって声を出そうとも、機械は何の反応も見せなかった。

 

『……確かに、機械は正しく動作している』

 

静に呟くエイダの脇で、サトシは不安気な視線を機械へと向け続ける。最早、その顔には勝手に高そうな機械を触り壊してしまった“子供”そのものだ。

 

『壊れた?俺、ヤバイ事したかな?弁償?弁償かな?エーイチ』

『サトシ、大丈夫だから落ち着いて』

『お、俺さ。エーイチにメガネ買い直してやるとか言ったけど、ほんとはまだ給料貰ってないから……その、文無しなんだ』

『うんうん、大丈夫。大丈夫だからね。サトシ。誰もメガネの弁償なんて求めてないから』

『マイクっていくらすると思う!?』

『サートーシ?大丈夫だから!少しは落ち着きなさいってば』

 

そんなサトシの様子に、エイダは静かに耳を澄ませた。

 

「確かに……似てる」

 

ジェロームの声に。

声調がジェロームとは違うせいで、最初こそピンとこなかったが、よく聞いてみれば芯の部分は殆ど変わらない。特に、この不安そうな声などはエイダのよく聞くジェロームの声にソックリだ。

 

『おい、人間。いや、サトシっつったか?』

『な、なんだよ』

 

それまでマイクや機械を静かに観察していたエイダが話しかけてきた事で、サトシの不安はより一層大きくなった。その様子が、エイダには面白くて仕方が無かった。この感覚、確かに“ジェローム”を揶揄っている時によく感じる愉快さだ。

 

——–な、なんだよ。また問題を持ってきたのか?勘弁してくれ、エイダ。

 

『お前、ここで俺が今から言う事を言ってみろよ。そしたら、お前らの欲しがってる情報をくれてやる』

『え?』

『ほら、別に壊れてねぇから。な?』

 

戸惑うサトシに対し、エイダはの顔に軽薄そうな笑みを浮かべたまま体をサトシの方へと向けた。そんなエイダに対し、エーイチは厳しい目を向ける。

 

『エイダ。お前サトシに何をさせる気?サトシを利用するようならタダじゃおかないよ』

『なぁに、言って貰いたい台詞があるだけだ。それが同時に確認にもなる。エーイチ、お前も気になってるんだろ?コイツの声の事』

『……そう、だけど』

『ほら、来いよ。サトシ。マイクの前に立って……あの時みたいに台詞を言え。格好良くな』

 

まるでマイクへの同線を導くようにサトシに手を差し出す。エイダの表情は明らかに何かを企んでいるにも関わらず、ただサトシはソロリとマイクの方へと足を動かしていた。ソレは決して『情報をくれてやる』と言われたからではない。

 

『何て言えばいいんだ?』

 

台詞を言えと、そう言われたからだ。

 

『俺、何て言えばいい?どんな風に?』

『いいねえ!やる気じゃん!お前、ちょっと……いや、かなり面白いぜ!悪くない!』

 

 エイダは愉快そうに笑いながら言うと、僅かに目の奥にキラキラと光を宿し始めたサトシに向かって耳打ちをした。

 

『そう言えばいいのか?声の感じは?言い方は?』

『それはさっきサトシが演っていた声と演技でいい。できるだけ堂々と、偉そうに。ジェロームっぽく』

『わかった』

 

サトシはエイダの言葉に深く頷くと、再びマイクの前へと駆け寄った。また、ジェロームの台詞が貰えた。そうとあれば、マイクに向かうのが声優の性ってモンじゃないのか。

 

しかも、今度は自分の声を他人に聞いて貰える。サトシはチラと此方をジッと見つめるエーイチとエイダに目をやった。

 

『……やっぱ、聞いてくれる人が居るとテンションが上がるな』

 

サトシは高鳴る胸を抑えながら、冷静にマイクに向かって大きく息を吸い込んだ。

 

≪ジェロームだ。撤退準備の最中ではあると思うが聞いて欲しい≫

 

サトシの声と共に、部屋の中の機械がマイクを通して反応を示す。それに対しエイダは目を細めた。『やはり』と内心沸き起こっていた疑念が確信に変わる。

 

≪これが最後通告である。今後いかなる命令が発出されようとも、それに従う事は許さない。例えそれが、この俺。ジェローム・ボルカ―自身の声明であったとしても≫

 

この声は、リーガラントの若き元帥。ジェローム・ボルカーの声だ。トップとしての資質は十分あり努力も怠らぬ癖に、いつもどこか自分に自信がない。他人と自分を比較し、部屋の奥で「俺なんか」と背中を丸める男を、エイダはいつも面白がって揶揄ってきた。

 

 

——–エイダ。ヴィタリックの息子とやらは一体どんなヤツなんだ?やはり優秀か?

——–ああ。イーサはお前と違って堂々としてるし、何をしでかすか分からない。アイツは面白いヤツだ。

——–そうか。やはり、トップとはそういう者が立つべきなのだろうな。

——–ま、俺はイーサに直接会った事はないから、どんなヤツかは全然知らんけどな。

——–お前に聞いた俺が間違いだったよ……。

 

 

≪今後従うべきは、“この”ジェロームの命令にのみだ。全軍、祖国の為急ぎリーガラントへと帰還せよ。以上!≫

 

 

そう、ハッキリとジェロームの声で言い切り、どうだと言わんばかりの得意気な表情で振り返ってくるサトシの姿にエイダは腹を決めた。

 

 

『よし、クリプラントに帰るか』

『へ?』

 

こうして、エイダはサトシと共にクリプラントへ帰還する事を決めたのであった。