205:毎年恒例の

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 夏休み後半。お盆前日。

 その日は、俺にとって毎年恒例の行事が待っている。

 

『サトシ。またおばあちゃん家に行くの?なんで?』

『なんでって、そりゃあお盆だし』

『そんなの理由になってない』

『……キン、お土産買ってくるからさ。何がいい?オオクワガタ取って来てやろうか!』

『お土産なんかいらないから明日も一緒に遊んで』

 

 俺の返事に、金弥は全然納得など出来ないと言った様子で俺の事をジトっとした目で見つめている。これぞまさしく、毎年恒例。金弥からの『サトシ、おばあちゃん家なんか行かないで!』である。

 

『キーン?一週間で帰ってくるから』

『そんな事してたら、夏休みが終わっちゃうよ!それに、サトシ。オオクワガタはオレと見つける約束だったじゃん!』

『……そうだけど』

『サトシのウソつき!行かないで!』

 

 行かないでと言われましても。

 俺は口をへの字に歪ませて地団駄を踏み始めた金弥に、酷く困り果ててしまった。毎年酷いが今年はより一層ひどい。

 さて、どうしたモノか。

 

『あ!そうだ、キン!今年もユメデンワしよ!だったらいいだろ?』

『そんな事言って!去年はあんまり会いに来てくれなかったじゃん!』

 

 ユメデンワ。

 会いたい人に夢で会える魔法。

 それは、【自由冒険者ビット】に出て来るアニメの中だけの言葉だ。

 

ーーーーユメデンワで会いに行くから!待ってろよ!キン!

 

 八歳の頃、最初に金弥を落ち着かせる為に作った口から出まかせを、俺は十二歳になっても未だに言い続けている。

 

『去年は、その……イロイロあって。だから』

 

 イロイロって何だよ。イロイロって。

 十二歳の俺ですら、「ユメデンワ」なんて最早無理がある事は分かりきっていた。

 ユメデンワ?何だよソレ、意味分かんねぇ。そもそも、十二歳にもなってユメデンワなんて言って信じるヤツ居るのか?

 

『まさか、サトシ……オレじゃない子の夢に行ってたの?』

 

 居た。

 そう、俺の目の前で突然怒りをその目に孕みだした金弥は、未だに俺の言う“ユメデンワ”を心底信じ切っていた。だからこそ、俺はこうして“ユメデンワ”がある前提で話をしなければならないのだ。

 

『違う!オレ、別の誰かの夢になんて行ってねーし!』

『じゃあ、何でオレのとこに来てくれなかったの!?サトシ』

 

 もう、半分泣きそうな顔で言い募ってくる金弥に、俺は思わず叫んでいた。

 

『お、俺だって金弥の夢に去年はちゃんと行ったんだぜ!それなのに、金弥が居なかったんだろ!』

『え?』

 

 とっさに口を吐いて出た嘘。

 もう嘘の上に嘘が塗り重ねられて、俺もワケが分からなくなっていた。ただ、当の金弥はそんな俺の事など知る由もなく目を見開いて此方を見ていた。

 

『……オレ、居なかった?』

『お、おう。去年は……会いに行ったのに、キンが居なかったんだ。オレはせっかく遊びに行ったのに!』

『……うそ』

『ウソじゃねーよ!もしかして、キンこそ俺の知らないヤツと夢で遊んでたんじゃねーの?』

 

 怯んだ金弥に対し、俺はここぞとばかりに一斉に嘘の勢いをねじ込んだ。形勢逆転だ。そんな俺に対し、金弥は酷く焦った様子で首を振った。その目は相当焦っている。

 

『ちっ、違う!オレがサトシ以外と遊ぶワケないじゃん!』

『ふん、どーだか!キンはヒデ達と夢でも遊んでたんだろ?別にオレなんか居なくていーんじゃねぇか!』

 

 形勢逆転したのをいい事に、俺は両手を組みフイと顔を金弥から逸らした。ほんとはここまでする必要なんて無かったけど、金弥が余りにも動揺するモンだから、面白くなってしまったのだ。

 

『サトシ!違う!オレ、サトシ以外のヤツとなんて遊ばない!』

『じゃあ、何で夢に居なかったんだよ』

『それは……』

 

 それまで凄い勢いだったのに酷く狼狽して項垂れる金弥に、俺は少しばかりやり過ぎてしまったと、ここいらで引く事にした。

 結局、俺は明日からおばあちゃんの家に行くのだ。それなのに、こんなに金弥をイジめたら可哀想じゃないか。そう、俺が金弥に声をかけようとした時だった。

 

『多分、オレが……サトシの事ばっかり考えてたから。オレがサトシの所に行っちゃったんだ』

『え?』

『だから、すれ違ったのかも』

 

 グイと俯いていた顔を上げ、それこそ真剣な目でそんな事を言ってくる金弥。

 それに対し、十二歳の俺は一体何をどう答えたモノかと思案した。しかし、その間にも金弥は、一歩。また一歩と俺ににじり寄ってくる。日は大分傾いてきたとは言え、八月の夕方はまだまだ暑い。

 

『お、い……キン、あついから』

 

 離れろよ。と、言った俺の背中は、家のコンクリート塀にぶつかっていた。どうやら、いつの間にか後ずさりをしていたらしい。

 汗が、俺の額から首筋にかけてタラリと流れる。目の前の金弥から、ツンと汗の匂いがした気がした。

 

『サトシ、今年はオレがサトシの夢に行くから』

『あ、えと』

『だから、今年はすれ違わないように。サトシは夢で待ってて』

 

 そう言って、茹だるように熱い夏の夕暮れ時。

 俺と金弥は互いにピタリと体をくっ付け合った。金弥の真っ黒い大きな目が、俺を捕らえて放さない。

 やっぱりウソはダメだ。だって、どう頑張っても嘘を吐いている人間は、弱くなる。

 

 それに、俺の好きな主人公はウソなんか吐かないんだ。

 

『今年は夢で、二人だけで遊ぼうね。サトシ』

『う、ん』

 

 俺は掠れた声で頷いた。

 そういえば、金弥が“ユメデンワ”を信じていたのは、結局いつまでだったっけ?