207:一度のノックは、

 

 

 同じくらいイーサも好きになってしまった。

 

「……っはぁ、っは」

 

 俺は卑怯だ。そんな自分の卑怯さに、呼吸が少しずつ荒くなる。

 こんなの、金弥の時と同じだ。金弥が寝ている俺にキスをする。仕方ないから、黙ってキスを受け入れてやる。俺の意思じゃない。

 俺はイーサとキスをする。だって、キスしないと俺は声が出せないから。仕方ない。だって俺の意思じゃないから。

 

「っはぁ、っはぁ」

 

 いつだって、俺はそうやって逃げて「仕方ないなぁ」って折れてやってるフリをしていた。頭でっかちで、理屈にこじつけて、本心を隠した。卑怯者だ。

 

 こんなの、俺の好きな“主人公”じゃない。二人共好きなんて卑怯だ。イーサの言う通り、「浮気性で、とても酷い男」だ。人の心を弄んでいる。二人共俺の事が好きだって分かってるから。

 

「っは、っは、っは」

 

 自覚すると同時に襲ってきた津波のような罪悪感に、俺は意識が揺れるのを感じた。苦しい。息が出来ない。なんで。俺がこんな風になる?俺は苦しがって良い立場じゃないのに。

 

 そう、苦しさの中でジワリと視界が涙で滲んだ時だった。

 

「っは、ん」

「ん、」

 

 イーサの柔らかい唇が俺の口を塞いだ。

 お陰で、それまで吐き出す事に必死になっていた呼吸が落ち着いていく。まるで、イーサから息を貰っているみたいだ。

 

 そうやって、しばらく口を塞ぐだけのキスを続けた。そして、俺の呼吸が完全に落ち着いたのを見届けて、ゆっくりとイーサは離れていった。それを、俺は物足りないと思って目で追ってしまう。

 

 最低だ。

 

「……サトシ。お前は本当に無駄な事ばっかり考えるんだな?」

「いーさ」

「泣かなくていい。イーサが嫌な言い方をしたからな。悪かったな」

「いーさ、ごめん。お、おれは……卑怯な。ヤツだな。おれは、いつも……そうだ」

 

 イーサとイーサ王の混じった男が、俺の事を抱き締めてくれた。その優しさが、今の俺には有難くもあり辛くもある。

 

「おれは、おれが、きらいだ」

「そうなのか?」

「だいきらいだ!ぎらいだ!ちっども、おれの、おもってるような、おれにならないっ!もう、ごんなおれいやだ!」

「……ふふふ」

 

 泣き喚く俺に対しイーサは口元に浮かべた笑みを更に深めた。どんな感情だよ。泣いてる俺の顔が、そんなに面白いのか。

 

「かわいいな、サトシ」

「がわいぐないっ!」

「かわいい。こんな風に他人をかわいいと思ったのは、生まれて初めてだ」

 

 涙で濡れる俺の頬にイーサが容赦なく頬ずりをしてくる。その顔は興奮したように赤く、イーサの尖った耳も、ほんのりと色付いていた。

 

「許す、許すぞ。サトシ。イーサ王は、サトシを許す」

「……は?」

「こんなに可愛いサトシが言う事だ。何もかも許せる。サトシは凄いな。王様に全部を許させるなんて」

 

 イーサが何を言っているのか、イマイチ理解できない。ただ、イーサの俺を見る目はもう、なんと言ってよいのか。本当に俺の事を「かわいい」と思っているのがハッキリと分かる目をしていた。正直言って、少し恥ずかしい。

 金弥にだって、こんな風に見られた事はない。だって、金弥の時はいつも寝たふりをしていたから。

 

「サトシが他の男もイーサと同じくらい好きでも許せる!それくらい、イーサはサトシが好きだ!それに、サトシは言ってくれた!」

「……」

 

 イーサの金色の目が、幸せそうに揺れた。

 

「サトシがイーサを好きな理由を知ってるのはイーサとサトシだけだ!それは金弥にも分からない事だろう?だから、イーサはいい!それで十分だ!」

「っ!」

 

 イーサがギュッと俺に抱き着いてきた。そんなイーサを、俺は心底可愛いと思っていた。ちょっと、どうしたらいいのか分からないくらいの凄まじい感情だ。こんな気持ち、初めてかもしれない。

 いや、金弥にも思ったか?もう、分からない。ただ、今の俺に言えるのは、ただ一つだ。

 

 可愛い可愛い可愛い。イーサが可愛くて堪らない!

 

「イーサ」

「ん?」

「おまえ、かわいいな」

「ふふ!そうだろう、そうだろう!イーサは可愛かろう!当たり前だろう!なにせイーサは王様だからな!」

「うん」

 

 深く頷く。金弥も変わらず俺の中に居るのに。俺の腹の中には、金弥とイーサが同時に立って居る。仕方ないだろう。だってどっちも可愛いんだ。どっちも好きなんだ。どっちも大事なんだ。

 

 どっちも、居てくれなきゃ困るんだ!どっちも俺のじゃないと嫌だ!

 それが、俺の紛れもないクズみたいな本心だ。

 

「それにな?お前ら人間はどうだか知らないが、そもそも愛する人は一人に絞らねばならない概念は、エルフの王には無いのだ!」

「……でも、それは王様だからだろ」

「ふむ。それは違うぞ、サトシ。お前は物事の本質を何も分かっていない」

「え?」

 

 俺の顔をイーサの両手が包み込む。先程からピッタリと体をくっ付け合っているせいで、体がムズムズする。

 

「こういうのは、惚れた方の負けなんだ!イーサは負けた!サトシに完敗だ!あははっ!」

 

 どうだ!と言わんばかりの勢いで口にされる言葉は、まぁ俺の思いつきもしないような考え方だった。そりゃあそうだ。現代日本でそんな事を言ったら、どこへ行っても袋叩きだろう。しかも、この俺だぞ?身の程を弁えろってもんだ。

 

 ピタリとくっ付く体が、次第に妙な熱を帯びてくる。もう、ムズムズを通り越して少し辛い。きっと、それはイーサも同じだ。だって、ほら。俺だって男だし。分かる。

 

「このネックレスを渡した時、イーサはサトシを自分のモノにしたと浮かれていたが。どうやら違ったな!」

「……ぅ、あ」

 

 イーサ、イーサ、いーさ。

 俺はお前になりたかった。ずっと、お前になりたくて、毎日毎日お前の事だけを考えて過ごした日々があった。けど、なれなかった。だって俺はこんなお前みたいに、太陽みたいに笑えない。でも、それでも。

 

「イーサが、サトシのモノだったようだな!」

「っ!」

 

 俺は太陽を掴んだ。

 

「サトシ。変な事を考えて泣く必要はないから、イーサを愛してくれ。それで、もう」

 

 十分だ。

 というイーサの言葉を、俺は最後まで聞かなかった。今まで理屈をこねて武装しながらしていた口付けを、俺は裸のままする事にした。丁度、体も熱かった。くすぐったかった。服も邪魔だと思っていた。多分、裸が一番気持ち良い。

 

「っは、ん」

「ん、ん」

 

 俺は、“俺の”太陽を可愛がってやりたくて仕方なかったのだ。上に跨るイーサの首に腕を回しながら、初めて俺は気持ちのままに振る舞った。

 

「さとし」

 

 口付けの合間に、僅かばかり離れたイーサが目を細めて見下ろして俺の名前を呼ぶ。あぁ、良い声だ。この声が、俺は昔から好きだった。

 

「イーサ、おいで!俺がたくさん可愛がってやるよ!」

「!!」

 

 その瞬間。イーサの顔に浮かんだ子供のような笑顔を、俺は一生忘れないだろう。

 夜更けと共に、俺はイーサと再び離れる。それまで俺はイーサを思い切り可愛がってやろうと、目の前の可愛い子を目一杯だきしめてやったのだった。

 

 

 

        〇

 

 

 

 そして、その夜。

 一向に目覚めないイーサの頭を一撫でしてやると、俺はスルリとベッドから抜け出た。

 

「……っふぅ」

 

 少しだけ重い腰と、妙にスッキリした気持ちを携え、俺はイーサの寝室の扉に手をかけた。ふと、振り返る。窓から漏れ入る月の光に照らされるイーサは、離れてもキラキラと輝いていた。

 

「イーサ、いってくるな」

 

 それだけ言うと、音を立てないように扉を開け、そっと部屋を後にした。部屋守で何度も立って居た扉に背を向け、誰も居ない通りを歩く。

 

 そしたら、聞こえた。

 

コン

 

「っ!」

 

 振り返る。振り返った先には誰も居ない。何も居ない。でも、確かに一度だけ、イーサの部屋からノックの音がした。

 

「はははっ!そうだった。そうだった」

 

コン。

 

 

 一度のノックは、もう言わなくても分かるだろう。

 

 

 

 

 

 


 

ちなみに!今回のお話のR18部分が別にあります。

207.5:サトシの性教育講座~テキストに頼るな~

 

イーサとサトシがしっかりセックスをしています。

ただ、エロ度はさほど高くはありません。

 

童貞(早漏)×童貞(遅漏)な二人のハジメテ劇場です。

セックスというより、遊んでる感覚なのかな?

此方の話を読まなくても、本編には一切影響はないのでご安心ください。