212:格好良い声

 

 

「おれ、ちゃんと……選ばれてたんだ」

 

 

 そう、感嘆の溜息と共に漏れ出た言葉が、俺の耳の奥にゆったりと馴染んでいく。俺はちゃんとジェローム役に選ばれていたのだ。

 

「えらばれる?」

 

 俺の言葉に、ジェロームは訳が分からないとばかりに首を傾げてくる。まさか、こんな幼い仕草をするキャラクターだとは思いもよらなかった。ただ、やはりその顔は恋愛シミュレーションゲームのキャラだ。どんな仕草をしたところで、格好良い事には変わりない。

 

「あぁ、でもアレだな……」

「え?」

「シンプル、だな」

「へ?」

 

 戸惑うジェロームなど完全に無視して、俺はひたすらに目の前の男を上から下までじっくり眺め続けた。もう、完全に自分の世界の中だ。興奮のあまり、セルフナレーションでも何でもない、ただ独り言が止まらなかった。

 

 こう言ってはなんだが、イーサと比べればジェロームに“華”はない。

 イーサは髪の毛から目の色の全てに至るまで“金色”を背負っている事もあり、パッと見の印象が豪華絢爛なのだ。

 

 それに対し、目の前のジェロームはひたすら地味だった。

 髪も深めの茶色、羽織るニットも品は良いのだろうが無地のグレーで、中に身に付けているシャツも真っ白だ。そして、下はニットがゆったりとしている分、ピタリとした黒地のパンツという、ともかくシンプルの一言に尽きる服装であった。

 

 ただ、俺は思う。

 

「かっこいい……」

「え?」

「はぁ、コレだよコレ。男はこうでなくっちゃ。あー、格好良い」

 

 頭を抱えるくらい、目の前の男が格好良く見えて仕方が無かった。いや、実際抱えた。格好良過ぎて頭を抱えるなんて、俺にとっては生まれて初めての経験だ。シンプルを着こなせると言う事は、それだけ地が魅力的という事だ。

 

 つまり、ジェロームが一番格好良いといっても過言ではない。

 

「あ、ありがとう」

「うんうん、良い声だ……」

「あ、ありがとう……ん?」

 

 まぁ、声は俺の声なんだけどね!

 殆ど呟くような俺の独り言に対し、いちいち耳を傾けて返事をしてくるジェローム。なんとまぁ、これは性格も良いときてる。もちろん、顔も良い。と、ここにきて俺は完全に親ばかのターンに入ってしまった。

 

「ジェローム、何をやってるんだ!」

「ハルヒコ?」

 

 すると突然、ジェロームと俺の間に“あの”二重底のような声質の男が割り込んできた。どうやら、“ハルヒコ”というのが、彼の名前らしい。

 

「ジェローム!」

「あぁ、彼と話していた」

「……っはぁ。何が話していた、だ。勘弁して欲しいよ」

 

 そう言って、疲れたように目頭を押さえる彼は、どことなく俺と似ていた。いや、遺伝的に似ているというより、種族としての類似性があると言った方がいいだろう。

 ハルヒコという名前からも分かる通り、どうやら彼は“東洋人”らしい。

 

「……そういえば」

 

 リーガラント国家元帥の相談役は、シリーズを通して黒髪の男前キャラだった。攻略対象のキャラになる事もあるし、そうでない事もある。確か一作目は攻略対象キャラだった筈だ。もしかして……いや、もしかしなくとも、今作の相談役は、この“ハルヒコ”なのではないだろうか。

 

「危険な相手かもしれないのに、子供みたいにすぐ近寄って行くなんて信じられない!」

「あ、いや。でも」

「でもじゃない!キミは自分の身がどれだけ大事か分かっていなさ過ぎる!本当なら、こんな場所に護衛も付けずに来る事も許されないんだぞ!」

「し、しかし」

「しかしじゃない!」

 

 勢いよく怒鳴られ、ジェロームがビクリと肩を揺らした。まぁ、確かにハルヒコの怒鳴り声はなかなかの圧がある。そうなるのも無理ないだろう。

 ただ、怒鳴っているにも関わらずジェロームへと向けられるハルヒコの視線はどこまでも優しかった。隠し切れぬ程の慈愛が、彼のジェロームを見つめる視線には溢れている。ハルヒコと言う男が本気でジェロームを心配しているのが窺えた。

 

「まったく。敵国の者相手に丸腰なんて……どうかしている」

 

 それにも関わらず、チラと俺へと向けられる目は、完全に不審者を見るソレだ。

 

「ハルヒコ、彼は人間だ」

「でも、クリプラントの……敵国側の人間だ」

「……クリプラントは、まだ敵国ではないだろう?」

「ジェロームッ」

 

 目を逸らしながら答えるジェロームに、ハルヒコは俺から意識を逸らす事なくジェロームの肩を掴んだ。

 

「キミは、まだそんな事を言っているのか?」

「……」

 

 ジェロームは何も答えない。ただ、答えない事こそが、その答えだった。何だ、てっきりジェロームは戦争を推し進めたいのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「なぁ、お前らさぁ。そろそろ座らね?コーヒーも来たみたいだしよ」

 

 俺が何も言えないまま二人のやり取りを見つめていると、いつの間にか席についてくつろいでいたエイダが、俺達に向かって声をかけてきた。その瞬間、俺は隣に感じた静かな気配に息を呑む。

 

「うるさくするなら追い出す」

「っあ、すみません」

「早く席に着け」

「は、はい」

 

 ぶっきらぼうな店主の声は、ともかく渋かった。年齢のせいで震える語尾にも関わらず、大木のような揺るぎなさも同時に感じる。不思議な声だ。

 後ろに一つで括られた白髪の髪がサラリと揺れる。どこか人間離れした店主の雰囲気に、俺はゴクリと唾液を飲み下した。

 

 カラン。

 

 入口からベルの音が聞こえる。視線を向けてみれば、数人の客が和気あいあいとした様子で入って来るのが見えた。どうやら、この店は貸切られているワケでも、異次元にあるワケでもないらしい。まぁ、当たり前か。

 

 カラカラとした明るい客の声のお陰で、少しだけ薄暗かった店内が明るくなった気がした。

 

「ハルヒコ、さぁ座ろう」

「……ああ」

 

 他の客が入って来た事に、ハルヒコも先程までの勢いが一気に削がれたようだ。ジェロームへの憤りも少しだけ静まった様子である。まぁ、ただ俺に向けてくる警戒心は一切解かれたりしないが。

 

「何かあったら、ハルヒコ。君が守ってくれるんだろう?」

「もちろんだ。その為に俺は今ここに居る」

 

 即答するハルヒコに、俺はと言えば非常に満たされた気持ちになった。良い。こういう男同士の厚い友情は、まるで中里さんと飯塚さんみたいじゃないか。片方が俺の声という所が、更に良い。

 

「あー。マジで良いな」

「おい、サトシ。気持ち悪い顔してないで、さっさとお前も座れよ」

「……分かってるよ」

 

 エイダの言葉に、俺は緩み切っているであろう自身の口元を手で覆うと、コーヒーを運ぶ店主を追うように席へと向かった。