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パチリ。
『っ!』
目が覚めた。
同時に視界に映り込んできたのは、見慣れない古い木造の天井だった。いつも見ている自分の部屋の天井と違って、木目がハッキリ浮かび上がる天井板。色は大分くすんでいる。古い。
『あれ?』
そんな見慣れぬ天井に、『ここはどこだっけ?』と布団の中で首を傾げそうになる。しかし、思ったと同時に聞こえてきた言葉に、俺はハッとした。
『サトシくーん、朝ごはんが出来たけん。もう、起きんねー』
扉を挟んだ向こう側から聞こえてくるしわがれた声。その声に、俺は寝ぼけていた頭が一気に現実へと引き戻されるのを感じた。
『……はーい』
そうだった。俺は今、ばあちゃんの家に居るんだった。
夏休みも終盤に差し掛かったお盆のこの時期は、母方の祖父母の家で過ごす。それは毎年恒例の夏休みの行事だ。起き上がって隣を見てみると、隣の布団には既に誰も居ない。どうやら、姉ちゃんは先に起きて行ってしまったようだ。
『……』
俺は、体の上にかかっていた軽いタオルケットをどかすと、のそりと体を起こした。何故だろう。夏休みで、ばあちゃんの家に来ているのに何故だかワクワクしない。
そうやって、どこかぼんやりする俺の頬に酷く生ぬるい風が当たった。カーテンがユラユラと風に踊っている。開け放たれた窓の向こうからは、セミのウルサイ鳴き声がこれでもかという程鳴り響いていた。
今日も暑くなりそうだ。
『……キンの、嘘つき。全然、夢にも会いに来ねぇじゃん』
ふと漏れ出た言葉に、俺はハッとした。同時に『俺は何を言ってるんだ?』と自分に呆れ返ってしまう。そう。そうなのだ。目覚めた瞬間、妙に気分が上がらなかった原因。それは――。
——–サトシ、今年はオレがサトシの夢に行くから。
——–だから、今年はすれ違わないように。サトシは夢で待ってて。
——–今年は夢で、二人だけで遊ぼうね。サトシ。
金弥が居ないからだ。
ユメデンワなんてあるワケないのに。あれはアニメの中だけの作り話だ。そう、俺は自分で思っていた筈だったのに。なのに、夢に金弥が出てこなかった事に、妙に腹が立ってしまった。
『……キン、今頃何してるかな』
自分の家には無いふすまの扉。それを俺はスパンと横にスライドさせて部屋を出る。襖の向こうはすぐに階段になっていた。
『ヒデ達と遊んでるかな。オオクワガタも、オレとじゃなくてヒデ達と取りに行ってるかも』
昔の建築物特有の急な傾斜の階段を、俺はいつもよりゆっくり下りた。別に、怖いワケじゃない。いつもならもっと飛び跳ねるように降りる。ただ、ちょっと今はそんな気分になれないだけだ。
でも、こんなにゆっくり降りてるにも関わらず、階段を下りる度にギシギシとした振動が天井まで揺らす。ばあちゃんの家は古いから、いつもこうなってしまうのだ。でも、それももう慣れてる。
『もしかしたら、ヒデ達とプールに行ってるかも。俺と行こうって言ったの忘れて。キンはすぐに約束忘れるから』
セミの鳴き声が聞こえる。でも、それだけだ。家の中は、まだ静か。
ばあちゃんの家は広いから、いつもご飯を食べているテレビの部屋まではちょっと遠い。仏壇の置いてある広い御座敷の隣を通りかかる。シンとしたそこは、まるで“この世”じゃないみたいだった。
アニメのビットに出てきた。夢と現実の狭間の不思議な空間。
『セカイノハザマ、みたいだ』
お盆はたくさんの親戚達がここに集まる。でも、今はまだ誰も居ない。俺と姉ちゃんの二人だけ。俺達だけは、お母さんに言われて少し早くにばあちゃんの家に来たから、まだ他の親戚達より早く到着している。多分、今夜あたりから徐々に集まり始めるんじゃないだろうか。
『静かだなぁ』
朝ごはんに呼ばれたのに、俺はどうしても食べる気になれなくて、そのまま広い座敷の淵に足を踏み入れた。古い畳が足の裏を押し返してくる。階段より部屋全体に振動が広がった。いつもはそんな事思わないのに、なんだか酷く心細い気がした。
『……』
座敷に沿って長い縁側が続いている。この縁側でスイカを食べたり、昼寝したりするのが、俺は好きだった。
そう、好きだった筈なのに。
『……帰りたくなってきた』
トボトボと廊下を歩きながら漏れた言葉は、きっとばあちゃんが聞いたら悲しんでしまうだろう。だって、まだばあちゃんの家に来て二日しか経っていない。あと、五日間は此処で過ごす事になる。でもそれが本当の気持ちだ。
『ごはん、食べないと』
そろそろ行かないと、ばあちゃんが起きない俺を起こしに二階の部屋へと呼びに来るかもしれない。
『キンと、遊びたいなぁ』
思わず漏れた言葉に、俺は目を瞬かせた。なんだソレ。金弥と最後に話した時は、俺は全然離れるのなんて寂しくないですよって顔で別れたのに。俺の方が金弥と会えなくて寂しがってるんじゃないか。
キンが俺じゃない誰かと遊ぶのが嫌でモヤモヤしてる。夢にも会いに来てくれなかった。なんて、歩く度にギシギシと鳴く廊下の音を聞きながら、俺がクルリと来た方向へと振り返った時だ。
『サートシーー!』
声が、聞こえた。
それは酷く聞き馴染みがある筈なのに、泣きたいくらい懐かしい声だった。