232:王様の帰還

 

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 イーサと共にクリプラントに戻ってから、そりゃあもう大忙しだった。

 

 というか、戻った瞬間、イーサはマティック達から大目玉を食らっていた。まぁ、完全に予想通りだ。

 

 

「イーサ王!!」

「おう、マティック。帰った……ぐふっ」

「貴方という人は!いつもいつもっ!何故貴方がリーガラントに出向いたんですか!?捕らえられて幽閉でもされたらどうするつもりだったんです!?死にたいんですか!?」

 

 そう言って帰還直後のイーサの胸倉をつかんで叫ぶマティックは、いつもの裏のありそうな、あの意味深な笑顔は欠片も浮かべていなかった。いや、もう完全にキレている。

 あぁ、マティックもこんな風に理性を抑えきれずにキレる事があるのか。

 

「な、何をそんなに怒っているんだ、マティック!お、俺はちゃんと仕事をしてきたんだぞ!」

「黙らっしゃい!いつもいつも貴方はふざけた事ばかりして!」

 

 そんな感情に任せたマティックの叫びに、俺はふと、デジャヴが過るのを感じた。この状況どこかで見た気がする。そんな事を思っていると、俺の隣に居たエイダの、聞き馴染んだ大爆笑がその場に響き渡った。

 

「カナニィ。お前の息子、“あの時”のお前と同じような事してんじゃねーか!あははっ!傑作だわ!」

「……」

 

 エイダの笑い声に、息子のブチ切れた姿を傍で眺めていたカナニ様は、どこか居心地の悪そうな表情で目を逸らす。

 あの時?あの時とは一体いつの事だ?

 もう、喉まで出かかってるのに出てこない。しかし、次の瞬間。エイダが俺のつっかえていた記憶を一気にひっぱり上げた。

 

「はぁっ、クリプラント防衛戦の時を思い出すなぁ。ほんと、ヴィタリックが勝手に戦場に出て行って帰って来た時のお前のまんまじゃねぇか!」

「……あ」

 

 クリプラント防衛戦。

 そうか、そうだ。今のマティックは、“あの時”のカナニ様の姿そのものだ。

 

 

——–ヴィタリック!!お前というヤツは!いつもいつもっ!何故お前が戦場に出向いた!死んだらどうするっ!?

 

 

 あの時のカナニ様も、勝手に城を飛び出し帰還したヴィタリック王に対し、王の胸倉を掴んで激昂したのだ。

 そうだ、よく覚えてる。飯塚さんと中里さん。中の人の関係性まで知った上で聞いたあの台詞は、なんだかもう熱くて。男同士の友情に、俺はコントローラー片手にどれだけシビれたか分からない。

 

「わざわざ言わずともよい」

「血は争えないねぇ」

「それを言うなら……イーサ様の方がそうだろう」

「まぁな。急にリーガラントに現れた時は、俺も一瞬ヴィタリックが来たのかと思ったよ」

 

 どこか感慨深げに語られるエイダの言葉に、俺はあの時のエイダはそんな事を考えていたのかと改めて知る事になった。

 まぁ、確かにそうかもしれない。行くなと言われた場所に、周囲の意見など一切聞かずに一目散に走る。そして王自らが敵の最前線に立つのだ。

 

 

——–カナニ!本当にお前の言うとーりだった!お前を信じた、俺が正しかったな!

——–もう待ってるのは飽きた!俺はサトシと一緒がいい!だから、来た!

 

 

 確かにヴィタリック王とイーサは、よく似ている。さすがは親子。カナニ様のイーサを見る目も、どこか懐かしさに溢れていた。

 すると、そんな周囲の喧騒に、それまでマティックに胸倉を掴まれていたイーサが、その怒声から逃れるように此方に向かって叫び声を上げた。

 

「おいそこ!不敬罪で首を刎ねるぞ!誰があんな老いぼれジジィと似ているというんだ!俺をあんなのと一緒にするな!」

「いやいやぁ、親子がよく似るのは当たり前の事ですよ。イーサ王?」

「うるさいうるさいうるさい!似てない似てない!いやだいやだ!」

「ヴィタリックはここまで酷くなかった……」

 

 まるで子供のように癇癪玉を弾けさせたイーサに、先程まで懐かしそうにその姿を見ていたカナニ様が溜息を吐くように言った。まぁ、そうだろうな。俺もヴィタリック王がこんな風だったなんて思いたくはない。

 というか、この年でここまで周囲の目を気にせず癇癪を起せるヤツも珍しい。

 

「イーサ王!いい加減になさい!ほら!早く何があったか説明して貰いますよ!どうせ貴方の事だ!リーガラントでとんでもない事を勝手に決めてきたんでしょう!?」

「おう、そうだった、そうだった。マティック、急いでイーサの戴冠式の準備をしろ」

「は?戴冠式……何を急に」

 

 それまで癇癪を起していたイーサがピタリと癇癪を止める。そして俺は、その後に続くであろうイーサの言葉を想像し、先にマティックに対して心の中で手を合わせておく事にした。きっとこの後、最も忙しく、そして大変な目に合うのはマティックだ。

 そして、マティック自身も、その未来を察したのだろう。いつものポーカーフェイスを、この時ばかりは一切その顔に適応できていなかった。

 

「なにを、してきたんですか?イーサ王」

 

 マティックの……いや、岩田さんの息を呑む演技が冴えわたる。さすがベテランだ。

 

「国を開くぞ、マティック」

「は?」

「イーサの代でリーガラント及び、周辺諸国との国交を開始する。一週間後にリーガラントから元帥も来訪する為、最高位の国賓のもてなしをするように準備をしろ。それに伴い、空位の王位を急ぎイーサに引き継ぐ必要がある。三日後、イーサの戴冠式を行う。さぁ、働け!イーサは疲れたのでサトシと寝る!」

 

 その瞬間、クリプラント王宮に岩田さんによる、渾身の悲鳴が響き渡った。