240:目覚め

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「っ」

 

 目が覚めた。

 窓から差し込む陽の光に反射した金髪に、思わず目がくらむ。俺の背中にはイーサの腕がユルリと回されている。熱い。イーサはいつだって子供体温だ。

 

「……」

 

 この陽の昇り方からすると、そろそろマティックが起こしに来る頃だろう。この幼い寝顔を見ていられるのも、あと僅かだ。そう、思ったのに。

 

「……サトシは、そんなにイーサの顔が好きか?」

 

 瞼によって隠されていた金色の瞳が俺を映した。その目は、髪の毛同様キラキラと黄金色に輝いている。

 俺が静かに頷くと、イーサは機嫌良くオレの背中に回した腕に力を込めた。おかげで、少し肌寒さを感じていた体にイーサの子供体温がジワリと馴染む。

 

「……ふふ。そうか、それは良かった」

 

 笑い声と共に、触れる体が微かに揺れる。すると、背中に触れていたイーサの腕に込められていた力が抜ける。

 

「サトシ、イーサはまだ眠い。もう少し、ねよう……」

 

 俺は、イーサの寝ぼけた声にそれは無理だろうなと苦笑した。きっともうすぐマティックが――。

 

 コンコン

 

 ほらな。

 

「イーサ王、起きてください」

「……ぐぅ」

 

 頭の上でイーサの無駄な抵抗が聞こえる。先程まで力の抜けていたイーサの腕が、ぎゅっと俺の体を抱き込む。苦しい。けど温かい。きっと、あもはいつもこんな風に抱き締められているのだろう。まったく、なんて幸せな奴だ。

 

「サトシ、一緒に寝たふりをしてくれ」

 

 イーサの無駄な抵抗に、俺は肩をゆすって笑う。あとほんの一瞬で無くなってしまうであろう温もりに、俺は目を閉じてイーサの体に擦り寄った。

 

 今日は、イーサの戴冠式。

 イーサがクリプラントの王になる日だ。

 

 

         〇

 

 

 直後、一切ノックに反応みせないイーサに、マティックは扉を蹴破って部屋の中に入ってきた。いや、マジで物理だった。マティックのキャラがここに来て、俺の中で一気に物理攻撃キャラに書き換えられた。

 

 そして、そのまま布団から引きずり出した素っ裸のイーサに布を一枚被せると「サトシ!この方は連れて行きますからね!今日は本当に時間が無いんです!」と叫ぶマティックに、俺は笑いながら頷いた。そんな俺に、毛布おばけになったイーサが勢いよく叫ぶ。

 

「サトシ!戴冠式のスピーチの時は、必ずイーサの傍に居ろ!絶対だ!これは勅命だからな!」

 

 出たよ。イーサお得意の「勅命」。

 最早ソレは子供の「一生のお願い」ばりにポンポン出されるせいで、まったく希少性が感じられない。ただ、まぁ……出来るだけ叶えてやりたいと思ってしまう俺は、もう完全にイーサに毒されているのかもしれない。

 

「絶対だぞ!!サトシ!」

 

 扉から最後にひょこと顔を出して叫ぶイーサに、俺は力強く頷くと、ヒラヒラとイーサに向かって手を振った。いつも部屋の外に居た俺が、まさかこの部屋の中からイーサの事を見送る事になるなんて。なんだか変な気分だ。

 

 バタンと閉じられる扉。

 しばらく扉の外からは騒がしいイーサとマティックの声が聞こえていたが、それは次第に遠のき最後には何も聞こえなくなった。先程まで騒がしかった事もあって、残った静寂が酷く寂しく感じられる。少し、肌寒い。

 

 さぁ、俺も服を着て準備をしなければ。俺はベッドからのそりと動き出すと、先程からずっと気になっていた違和感の大元へと手を伸ばした。

 

「……っ」

 

 俺の触れた場所。それは“喉”である。

 ゆっくりと呼吸を吐き出しながら声帯を震わせてみる。しかし、それは音となって空気を揺らす事はなかった。

 

 また、声が出なくなった。

 

 これが、ナンス鉱山の鉱毒が原因ではない事は、俺もハッキリと理解できた。なにせ、昨日の夜、俺はイーサからたっぷり王族のマナを貰ったばかりなのだから。

 

「……」

 

 念のため何度も呼吸を繰り返してみる。やはり、その吐息は一切「音」を纏っていない。無音だ。

 

 どこかでやって来ると分かっていた筈の未来に、酷い脱力感と焦りが襲ってくる。俺から「声」を奪ったら、もう本当にイーサにしてやれる事が無くなってしまう。あと少し、戴冠式のスピーチが終わるまでは待っていて欲しかったのに。

 

 立派にスピーチを終えたイーサに、かけてやりたい言葉があったのに。

 

「……っ、っ」

 

 ただ、もうどんなに腹から声を出そうとしても、抜け出てくるのは掠れた呼吸音だけ。

 俺はジワリと浮き上がってきそうになる涙から、意識を逸らすように顔を振ると、視界の端に真っ赤なショッキングピンクが目に入った。

 

「……」

あも。

 

 百年間、ずっと一人ぼっちだったイーサの傍に居た物言わぬ友達。あもは一言も喋らない。だが、イーサの傍に居る事で、ずっとその孤独を癒してきた。声が出ないからと言って何もしてやれないというのは、自棄になり過ぎだ。しっかりしろ。

 

「……」

 

 イーサに抱きしめられ過ぎてシナシナになるあもに、俺は勢いよく抱き着くといつもイーサがするようにグリグリと顔を擦り付けた。あもからはイーサの……太陽の匂いがした。

 

「……」

 

 行こう。

 そう、仲本聡志は心の中で呟くと、あものケバ立った顔をゆっくりと撫で、ベッドの上に寝かせてやった。

 

 今日、俺はイーサのスピーチを聞かなきゃならない。