番外編1:こっちの皆と!(金弥×聡志)

 

【前書き】

本編直後。

 

此方側の世界(声優の皆)と打ち上げに来たサトシと金弥。

いつの間にか自分の隣から居なくなり、皆に囲まれる人気者に金弥にモヤっとするサトシは、金弥から止められていた酒を飲もうとするが……。

 

軽いお喋り感覚で読んで頂けると良いかもしれません。

それでは、どうぞ◎

 


 

 

 

【セブンスナイト4】の収録を終え、一週間が経った金曜日の夜。

 今日は俺がずっと楽しみにしていた日。

 

 

——じゃ、二人共!来週の打ち上げで!楽しみにしてるからー!

 

 

 この日はこの作品に携わった声優達による「打ち上げ」の日だ。

 

 

番外編1:こっちの皆と!

 

 

 酒とご馳走の匂いがたちこめる大座敷。アルコールの回り切った大人達が、まるで子供のように歓談に興じている。

 そんな中。現在、俺こと仲本聡志は……

 

「元バイト先の居酒屋で、ウーロン茶を片手に打ち上げの様子をシラフで眺めていた」

 

 

        〇

 

 

「あれー?俺のビールは?」

「もしかしてコレじゃない?」

「ねー、コッチ。すっごい唐揚げ余ってるよー!誰か食べないー?」

「俺、貰うー!」

 

 と、声を生業とする者達の楽しそうな声をBGMに、俺はテーブルの上に置かれたグラスに腕を伸ばした時だ。大座敷中に弾けた笑い声に、ふと視線を向けた。

 

「あの時はどうなるかと思ったぜー!なぁ、キン?」

「ですねー。急に電車が止まるし」

「おい、金弥、お前何やってんだ。もっと飲め!」

「ちょっと、篠崎さん!見てください!俺のまだ、めちゃくちゃ入ってるじゃないですかー」

 

 打ち上げ会場の中で、一際盛り上がる一角。

 そこには、音響監督や大勢の他のメインキャスト陣に囲まれる金弥の姿があった。このセブンスナイトは、メインの攻略対象が俺と金弥の他に五人居る。その五人全員がリーガラント陣営である筈なのに、いつの間にか金弥は俺よりも彼らと仲良くなっていた。

 まったく、イーサはクリプラント陣営のトップの癖に。いつの間にあんなに仲良くなったのやら。

 

「ま、キンはどこ行ってもあぁなるんだけどさ……」

 

 こんなの今更だ。これにイチイチ、気持ちをモヤっとさせていては金弥の隣なんて三日ともたないだろう。

 そう、気を取り直して手にしたグラスに口を付けていると、金弥を囲む声の中にピンク色の声が加わるのをガッツリと耳にしてしまった。

 

「キンくーん!一緒に写真撮ろうよー!」

「山吹クンって本当に彼女とか居ないの?絶対、モテるでしょー!」

「はいはーい!私、立候補したいでーす!」

 

「ぐっ!」

 

 気にするな。これも、いつもの事じゃないか。悔しいがな!?

 俺はどんなにグラスの角度を傾けても口に流れ込んでこないグラスに目をやると、そこには既に何も入っていないジョッキが見えた。

 

「……クソ。キンの奴。ヘラヘラしやがって」

 

 ドン、と音を立ててジョッキをテーブルに置く。

 飲み会が始まった時は俺の隣に居たのだが、いつの間にかあぁなっていた。まぁ、連れて行かれたというのが正しい。金弥は、どこへ行っても人気者だ。モテるのなんて今更だろうが。そう、俺が何度目とも分からぬ深い溜息を吐いた時だ。

 

「仲本君、何か注文するかい?」

 

 隣から、知性と甘さ、そして豪胆さを含んだ憧れの声が聞こえてきた。この声は――。

 

「あっ、カナニ様。すみません。俺がやりますので!」

「ふふっ、君は相変わらず役名で呼ぶんだな」

「あっ、あっ!すっ、すみません!中里さん!」

 

 俺はその場にピシリと正座すると、優しい笑みを湛えて此方を見つめる中里譲さんに頭を下げた。

 

 あぁ、まったく。またやってしまった。

 収録が終わって一週間も経つのに。俺の中では一向に“あちらの世界”の感覚が無くならない。……まぁ、無くならなくていいと、俺は心のどこかでハッキリと思っているのだが。

 

 でも、それにしたって恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「~~っぁぅ」

 

 俺が自然と顔に熱が集まるのに耐えかねていると、頭上から降りてくる笑い声に、相手を包み込むような優しさが加わった。

 

「いいさ。今日までは役名で呼ばれるのもやぶさかではない」

「でも……」

「言っただろう?私は好きだったんだよ。君に“カナニ様”と呼ばれるのはね。今日まで私もカナニで居ようじゃないか。あの役は、私も好きだった」

「……カナニ様」

「さぁ、グラスが空いているが、“ジェローム君”は何を飲むのかな?」

 

 そう言って、笑顔で手渡された飲み放題のメニュー表に、俺は俯きながら両手でソレを受け取った。顔の熱が無くならない。やっぱり中里さんは……カナニ様は格好良い。

 

「えっと、どうしようかな」

「俺は、生で」

「へ?」

「ナ・マで。飲み放題は時間制限だ……時間がありませんよ。早くなさい」

「っあ、はい!マティック……ぅ」

 

 突然向かいから放たれた、そりゃあもう今にも裏切らんばかりの黒幕声に、俺は思わず口を滑らせてしまった。あぁ、これは完全に足を引っかけられた感じだ。

 

「ほらほら、早くなさい。人間の寿命は短いんです。ぼんやりしていると死んでしまいますよ」

「もう、わかりましたよ。岩……マティック」

 

 愉快そうに空のジョッキを差し出してくるのは岩田旭さん。もとい、マティックに対し、俺は苦笑しながら頷いた。俺とカナニ様の話を聴いていたからこその、敢えてのマティックとしての口調。そんな大先輩たちの大らかで、ウィットに富んだ対応に、俺はもう「今日までは」と思わず口を突いて出てしまう彼らの演じていた役名に甘んじる事にした。

 

 今日までは、俺も――。

 

「サトシー?飲んでるー?」

「あ、エーイチ」

「あは、サトシってホント俺達の事ナチュラルに役名で呼ぶよね~。いいけど」

 

 エーイチ役:梶原 友哉。

 残り僅かなジョッキを片手に近寄ってきた同期の新人仲間の姿に、メニュー表を手渡した。

 

「エーイチ、今日の眼鏡いいじゃん。凄く似合ってるよ」

「でしょー?今日の為に、昨日買って来たんだぁ。こないだ一本ダメにしちゃったし。ちょっと奮発し過ぎたけど、一目惚れしちゃったんだよねぇー」

 

 買ったばかりというお洒落な伊達眼鏡の、どこか見覚えのある姿カタチに、俺は思わず笑った。あぁ、本当に良く似合ってる。ちょっと高そうな所とか、特に。

 俺がそんな事を思って目を細めていると、突然その肩に髪色の派手な男がガバリと飛び込んできた。

 

 エイダ役:小見坂 正人。

 

「昨日、俺と一緒に買いに行ったんだよなぁ?エーイチ」

「あぁぁっ、もうウザ!酔っ払いがくっ付いてくんな」

「なんでだよー。収録日が全被りした仲じゃんか。なぁ、エーイチ?」

「たまたまじゃん。助けてよ、サトシー」

 

 この二人は本当に出会った当初から新人の中でも一際仲が良かった。まぁ、一見するとエイダがエーイチにウザ絡みをしているように見えるのだが、実際はエーイチも本気で嫌がっているワケではない。収録日が全被りしていた事よりも、お互いにそもそも馬が合ったのだろう。

 二人共仲良くなるのはさもありなんと言う程、見た目があか抜けている。つまり、二人共趣味が合ったのだ。

 

「はいはい、エイダ。酒の追加注文するから。お前も何か欲しけりゃ言えよ」

「おっ、さすがサトシ。元店員。気が利くねぇ。じゃあ、俺は……」

 

 エーイチとエイダが一枚のメニュー表を仲良く覗き込む脇で、一人だけオロオロと周囲を見渡す、几帳面にシャツをズボンにインした男が目に入った。彼の向ける視線の先に目をやれば、そこにはメインキャスト集団の真ん中で太陽みたいに笑う金弥の姿がある。

 

「……あぁ」

 

 どうやら、トイレに行っている間に、自分の座っていた席が、メインの陽キャ集団に取られてしまったらしい。それで、どこへ行く当てもなく彷徨っていたる、と。

 

「テザー先輩!」

「っへ?あっ、あ、あの……仲本さん」

 

テザー役:中村 勇気。

 

 まったく。とっさに漏れる驚きの声にすら色気を帯びてるって何だ。本当にこの人は見た目とのギャップが凄い。こういう所がまさに“テザー先輩”っぽい。俺はオドオドとするテザー先輩の姿に手招きをすると、自分の隣……元々金弥の居た場所を指さした。

 

「ここ、座りなよ。ごめんな、金弥が」

「あ、いえ……」

 

 少し顔を赤らめつつ、すり足で此方へやってくるテザー先輩に俺は苦笑した。今の彼は、どちらかと言えばタンタンちゃん……は、やめておこう。これは表には無い設定だ。

 

「今、ちょうど飲み物を注文しようと思ってた所だったんだ。テザー先輩も……」

「あの、俺……仲本さんの、先輩じゃ……おなじ、新人で……」

「ごめん、ごめん。今日までは“先輩”って呼ばせて。おねがい?」

「っぁ、っぁ」

 

 隣で顔を真っ赤にして俯くテザー先輩に俺は出来るだけ優しく聞こえるように……ベイリーっぽく言った。すると、先輩は更に深く俯くと、微かに見える耳をより真っ赤に染め上げる。ただ、静かに頷いてくれた姿を見るに、別に「先輩」と呼ばれるのは、然程イヤというワケではないらしい。

 それにしても、顔が赤い。

 

「大丈夫?もしかして、飲み過ぎた?次の注文は水にしとこうか」

「……あ。えと」

「おい、サトシ!お前何言ってんだ、ソイツは、そんなナリしてスゲェ酒豪だぞー」

「ひ弱な見た目に騙されんなー」

「え?」

 

 聞き慣れた勇ましい声に顔を上げると、そこには異様にガタイの良い体育会系の若い男と壮年の男性が、向かい側のテーブルから此方に向かって振り返る姿があった。二人共、その手に掲げる大ジョッキは、見事空っぽである。

 

ドージ役:山社 浩二

シバ役 :杉山 智樹

 

「っち、ちが!」

「何が違ぇんだよ?昨日も俺らと飲み歩いたじゃねぇか!」

「だな。むしろ、まだ酒が足りてねぇ可能性がある」

「テザー先輩、昨日もシバとドージさんと飲んでたのか?」

「あ、いや……そんなには」

 

 おいおい、飲んでたんじゃねぇか。

 最早、高熱でもあるんじゃないかという程に顔が赤くなってしまっているテザー先輩に、シバとドージさんの豪胆な笑い声が響き渡る。

 

「コイツはなぁ、もっと飲ませるとスゲェ面白くなるぞ!キャラ変すっから!見てぇだろ、サトシ!」

「生、大3追加でー!」

「はいはい」

 

 ゲームの中では酒場で客を迎える側だった二人が、ここでは完全に酒豪“お客様”だ。空の大ジョッキを天井に掲げて「ガハハ」とアニメでしか聞いた事のないような笑い声を響かせるドージさんに、カナニ様は「いい加減にしとけ。お前、こないだの検診で肝機能が~」などと、現実的な静止をかけるのだから堪らない。

 憧れの声から、まさか「ガンマGPT」なんて単語は、正直聞きたくなかった。俺は、カナニ様の声を耳から排除するように、再びテザー先輩へと向き直った。

 

「大丈夫?ほんとに無理なら、水頼むよ」

 

 未だに俯いたままのテザー先輩に顔を寄せると、先輩は一気に後ろに下がって行った。ヤバイ、金弥と同じ距離感でいってしまった。シラフの癖に、パーソナルスペースがバグるなんて、空気だけで酔ってしまっているのかもしれない。

 

「ごめん。ちょっと距離感バグってた」

「い、い、い、いえ!だ、だ、だっ、大好きです!」

「え?何が?」

 

 後ずさったテザー先輩に「結局、水なのか生大なのか」を確認しようと腰を上げかけた時だ。俺の耳は絶対に聞き逃せない二つの声を拾い上げた。

 

「私達もこっちに混ざっていいですか?」

「あ、私も注文いい?」

「もっ、もちろんです!」

 

ソラナ役: 華沢 佐那

 ポルカ役:速水 香織

 

 俺はエーイチとエイダからメニュー表を引っ張り取ると、やって来た美女の二人に対して両手で飲み放題のメニューを差し出した。

 

「ポルカはどうする?」

「ふふ、なに。ソレまだやってるの?じゃあ、ソラナは何にするの?」

 

 二人してメニューを覗き込みながら楽しそうに笑う姿に俺は思わず口元を抑えた。この二人の注文だけは一番最初に持ってくるように店員に言い添えねば。

 

 いや、むしろ俺が行って準備したい!

 つい最近までバイトしてたからやり方は分かる!生も俺が一番綺麗な泡とビールの黄金比で注げるのだから!

 

「なっ、何にされますか!?」

「うーん、じゃあね。獺祭二割三分を冷酒で」

「私は黒霧のロックで」

 

 凄い、全然想像と違った。

 

「お二人共……慣れてますね」

「「そう?」」

 

 美人二人は似たような声を重ねて互いに日本酒と焼酎のお気に入りを迷う事なく口にした。絶対に、この二人も普段から飲み慣れている。これは、ソラナ姫の冷酒は、届いたら直々にお注ぎせねばなるまい。

 

「ねぇー!サトシは飲まないの?」

「だな。お前、ウーロン茶しか飲んでねぇけど……車?」

 

 俺が、そろそろ注文しに行くかと立ち上がった時だ。暑苦しいくらいにピタリとくっつくエーイチとエイダが俺の空のコップを見て不満そうに言った。突っ込まれると思った。ソフトドリンク用と酒用ではグラスが違うのですぐにバレてしまう。

 

「あ、いや……車じゃないんだけど」

「よ、弱いんですか?」

 

 つい先程まで俺から距離を取っていたテザー先輩までもが、真剣な顔で尋ねてくる。なんだ、一体。

 

「車じゃないなら、サトシ君も一緒に飲もうよー?」

「無理じゃなければ、だけどね」

「っ!」

 

 あぁっ!ポルカとソラナ姫がそりゃあもう可愛い声で俺に酒を勧めてくる。それに重ねるようにシバとドージさん、カナニ様にマティックまでもが「飲めないのか?」とグイグイ来るのだから堪らない。

 

「の、飲めないワケじゃ……俺、ずっと居酒屋でバイトしてたし」

「仲本さんが、酔ってるとこ……見たい」

「えぇ、何だよ。ソレ」

 

 鬼気迫る勢いでテザー先輩が徐々に距離を詰めてくる。それに追い打ちをかけるように前方からは、ポルカが飲み放題のメニューを差し出してきた。チラと目をやれば、そこには多種多様な酒が記載されている。う、美味しそうだ。

 そうだよな。今日は一番良いコースを注文させてもらってる。それを、俺は今まで「ウーロン茶」しか飲んでいないなんて。

 

——サトシ、絶対にお酒は飲んだらダメだからね。

 

 金弥の言葉が脳裏を過る。しかし――。

 

「キン君、ほんと面白いー!」

「でしょ?」

「ソレ、めちゃくちゃ笑うんだけどー!」

「いや、でもまだその後にさぁ」

 

 ムカツク。

 なんで、俺だけ我慢しなきゃなんぇんだよ。金弥は皆(しかも可愛い女子)に囲まれてご機嫌で大量に酒を飲んでるのに。

 

「……じゃあ、俺も飲もうかな?」

 

……それなら、俺だって少しくらい飲んでも良い筈だ。

 

「そうこなくっちゃ!」

「何飲むんだ?」

「生だろ!」

「大な!」

「日本酒もオススメよ?」

「私は芋が好き!」

「仲本さん……カルアミルクは?」

 

 メニューを見下ろす俺に対し皆がそれぞれのお勧めを口にしてくる。あぁ、どうしよう。今まで金が無くて飲んだ経験は殆どないが、今日は全部奢りだ。好きなモノを好きなように飲んでも財布は一切痛まない。

 

「えっと、じゃあ。俺は、俺は……飲みやすそうだからカル……」

「何言ってんの?サトシ」

「っへ」

 

 俺が酒を選ぼうとしたと同時に、手にしていたメニュー表が上空からスルリと奪われていた。しかも、この声は――。

 

イーサ役:山吹 金弥。

 

「キンっ……!お前、いつの間に。さっきまでアッチに居たじゃん!」

「俺がサトシを見逃すとでも思った?ずっと見てたよ」

 

 マジか。凄い盛り上がってて、めちゃくちゃ会話の中心に居た癖に。え、見てたの?コッチを。ずっと?

 

「サトシ!今日は絶対に飲まないって約束したよね!?」

 

 クソ、さっきまで皆に囲まれてた癖に。一体、いつの間に。

 俺が金弥から目を逸らしつつメニュー表を奪おうと立ち上がると、金弥は更に腕を上げて俺からメニュー表を遠ざけてきた。身長差とリーチの差がここに来て圧倒的な力関係を産んでしまっている。

 

「一杯くらいいいだろ!?」

「ダメだってば!忘れたの!?サトシ、こないだ酔っぱらって橋から落っこちたんだよ!俺がたまたま通りかからなかったら死んでたって自覚ある!?それを……!」

 

 またそソレかよ!

 しかし、完全に事実なのでグウの音も出ない。金弥にイーサ役を奪われたと知ったあの日、俺はヤケ酒の上酔っぱらって橋の上でイーサの台詞を高らかに叫んだ。

 

 そして、俺は――。

 

——–サトシー!あもを喋らせろー!

 

「……イーサ」

「サトシっ!」

 

 突然、イーサに呼ばれた気がした。でも、もちろんそれは目の前の金弥の声で。俺の呟いた言葉に、金弥は目をハッキリと不機嫌を露わにした。

 

「なに、もしかして……もう、飲んでる?」

「え?」

 

 金弥がスンスンと周囲の目など気にした様子もなく、俺の口元に鼻を寄せる。完全に皆の視線が俺達に釘付けになっているのが分かる。なにせ、この距離感は完全に普通じゃない!

 

「ちょっ、キン。やめっ……」

「おい、お前!さっきカルアミルクとか言ってたけど……まさか、飲みやすいからって、サトシにバカ飲みさせたんじゃないだろうな!?サトシを酔わせてどうする気だよ!」

「えっ、いや。そんな……まだ、何も……」

 

 俺の静止など完全に無視で、金弥は俺の隣に居たテザー先輩に食ってかかる。その状況に、俺の脳裏に重なる記憶が薄っすらと蘇ってきた。それはここではない、どこか遠くの記憶。薄くレースのカーテン越しに見るような、ぼんやりとした……でも確かに見える柔らかい記憶。

 

「はぁ!?まだって何だよ!?これから何かする気だったのか!?」

「い、いや……そんな、そんな……ことは、」

「ありえねぇ……お前、ホント嫌な目でサトシの事見てると思ったら」

「おいおい!イーサ!お前、テザー先輩をイジめんな!」

「はぁ!?さっきからイーサイーサって……!もう、これ完全に酔ってる……!こんなに皆に囲まれてヘラヘラしてさぁ!すぐサトシは周りに人集めて!」

「はぁっ!?それはお前だろうが!」

 

 金弥が余りにも理不尽な事を言ってくるモンだから、完全に頭にキていた。俺が皆に囲まれてヘラヘラしてるって!?俺はお前みたいな人気者じゃねぇんだよ!

 と叫ぼうとしたところで、更に金弥の追撃が来る。

 

「すぐ皆の世話焼いてさ!?一人ヤツが居たらすぐ助ける!そういう事してるから皆が寄ってくるんだろ!?俺の事は無視して!」

「はぁ?お前何言ってんだよ!ワケわかんねぇ!お前が勝手にどっか行くからだろうが!」

 

 金弥の口調に、癇癪を起した時のイーサと似たモノが混じり始めた。いや、混じるというより完全にイーサだ。しかもなんだ。徐々に顔は赤みが増し、その目にはジワリと水分が滲み始めている。

 もしかして、金弥の奴……!

 

「なんで!なんで、きん君が動いた時、一緒に来てくれなかったんだよ!きん以外の奴の世話ばっかり焼いて!こんなヤツに優しくして!なんで、きん君にお酒の事聞かないのに、こいつのお酒の事優しく聞くの!?」

「う、うわっ!キン、お前飲み過ぎだ!」

 

 金弥が号泣し始めた。しかも、一人称が「きん君」になっている。

 そんな、明らかにいつもと違う金弥の姿に周囲は騒然とし始めていた。あぁ、これは完全に酔っぱらっている。さっき、凄まじく飲まされていたから大丈夫かとは思っていたのだが。

 

「お前は、サトシが好きなんだ!きん君からサトシを盗る気なんだ!どっかいけ!」

「えっ、ちょっ……お、お、お、お、おれはっ」

 

 しかも、コイツコイツと指を指されているテザー先輩は、金弥に食ってかかられてその顔を更に赤く染め始めていたる。あぁ、クソ!どいつもこいつも楽しそうに酔っ払いやがって!ムカツクムカツクムカツク!でも、一番ムカツクのは――!

 

「キン!そんなに文句があんなら、お前が俺の隣に居ればいいだろうが!」

「っ!」

 

 金弥が俺じゃないヤツと楽しそうにしてる事なんだよ!

 

「俺は別に酒はそんなにウマいと思ってねぇんだよ!お前が居ないから、楽しくねぇし酒が飲みたくなっただけなんだ!」

 

 俺が勢いよく言ってのけると、それまで癇癪を起していた金弥が口をパクパクしながら俺の事を見つめていた。そして、それまで深く寄っていた眉間の皺が一気に消え失せる。どうやら、怒りはおさまったらしい。俺も、酔っ払い相手にこれ以上怒っても仕方がない。

 

「あ、あ……さとし。きん君が居ないから、さとし。つまんなかったの……ごめぇ」

「あいあい。おら、座れ。もうお前は酒を飲むな。水貰って来てやるから」

 

 俺は頭の中で一人一人の酒を確認しながら金弥の肩を叩くと、空いた空間をひょいひょいと抜け注文に向かった。勝手知ったる何とやら。店員を呼ぶより、俺が行った方は早い。

 あ、そういえば。

 

「テザー先輩、結局何がいいです」

 

 俺は腰を折ると、周囲には聞こえないようにテザー先輩に尋ねた。シバやドージさんの前では水は注文しにくかろうと思っての配慮だ。しかし。

 

「……生大で」

「え?」

「生大で」

「あ、そっか」

 

 急に不機嫌そうな顔で水ではなく生を求めてきたテザー先輩に、俺は戸惑いながらも頷いた。急に声の色気が増した気がするのは気のせいだろうか。

 先程、シバとドージさんが言ってた「コイツは飲むと変わる」という言葉が脳裏を過る。どう変わるのだろうか。

 そんな事を思っていると、急に俺の体に熱いくらいの子供体温が覆いかぶさってきた。

 

「きん君もいく」

「あ、そう?まぁ、一緒に運んでくれると助かるわ。その代わり零すなよ?」

「ん!」

 

 まるで子供の時のように口を無一文字に結んで力強く頷く金弥に、俺は頭を撫でてやると皆に「じゃ、注文行ってきます」と、部屋を出た。なにやら金弥がテザー先輩に話しかけているようだったが、もう気にしなかった。あの二人の仲があまり良くないのは、なんとなく納得がいくからだ。

 

「さとしー!まってー!」

「あいあい、転ぶなよー」

 

 後ろからドタドタと付いて来た金弥の肩を支えながら、俺はそのまま見慣れた厨房へと向かった。あぁ、やっぱり金弥が隣に居るとそれだけで楽しい。

 

 酒なんか無くても十分に。

 

 

 その後、金弥は俺からベッタリと離れず、その後からテザー先輩の酒の量が各段に増えたのは言うまでもない。

 

 

———-

——-

 

「おい、中村。お前さっき山吹に何て言われたんだよ」

「いえ。別に。……ちょっと脅されただけです」

 

 

——-お前はイケ好かねぇんだよ。サトシの前から失せろ。

 

「キャラ変わり過ぎかよ」

「……お前もな」

 

 

 

おわり

 


 

【後書き】

聡志帰還後の日常話でした。

 

聡志は面倒見が良いので、派手ではないもののやっぱり周囲に人が集まって来るタイプ。金弥は皆と盛り上がりながらも、ずっと意識と視線は聡志から欠片も離してなかったのでした!

はい、ド執着ド執着!

 

次は金弥とイーサでゴタゴタさせたい……!