2:[ジャージ お洒落]【検索】

 

 

 現在、俺は人生初の脱毛サロンに来ている。

 しかも、つい最近出来たばかりの「メンズ専用」「男性スタッフのみ」の脱毛サロンだ。

 

「お、おしゃれだ」

 

 ふ、震える。休みの日はアニメを見るかゲームをして一歩も家から出ないのが普通なのに、なんで俺はこんなにお洒落な場所に来てるんだろう。

 

 しかも、全身ジャージで。

 完全に、このお洒落な空間から浮きまくっている。受付の人もちょっとビックリしてたし。

 俺は、清潔感と高級感の漂う待合室で自分の着ている服を見下ろしながら、若干の後悔に苛まれていた。

 

『よ、予約した宮森です』

『…………はい、宮森様ですね。お待ちください』

 

 あの、受付の男性の一瞬言葉に詰まった時の顔を、俺はきっと一生忘れないだろう。

 

「でも、俺……私服。コレしかないし」

 

 そう。普段は仕事と家の往復しかしないせいで、私服と言えばジャージしか持っていないのだ。休みの日なのでわざわざスーツを着るのもどうかと思ったので、自分の部屋にある一番お洒落なジャージを選んではみたのだ。

 

 どの辺がお洒落なのかと言うと、アレだ。

[お洒落 ジャージ]の検索結果の中から選んだジャージだからである。着てるモデルさんも格好良かったし。だから、このジャージはお洒落なのである。俺は……けっこう気に入っている。

 

「宮森さん、どうぞ」

「っは、はい!」

 

 名前が呼ばれた。それだけで心臓が大きく高鳴った。普段、殆ど人間と会話をする事がないせいで、名前を呼ばれただけで声が裏返ってしまう。恥ずかしい。

 いや、頑張れ。こうやって勇気を出した結果は全てブログのネタになる。もう、ブログでも行くって宣言したし、経過もレポするって書いちゃったし。

 

 読者からコメントも貰ったじゃないか!

 

 

≪名前:イケメンしゃちくん≫

コタローさん、いつも応援してます!自分も行くかどうか迷っているので、レポ楽しみにしてまーす!

 

≪名前:ボンボン≫

コタローさんのレポ楽しみです。応援してます。

 

 やるしかない!レポを待ってくれている読者の為に。そして、いつか来るべき気持ち良い瞬間の為に!

 

 俺は内心拳を握りしめると、明るい男性の声に誘われるようにソロソロと一番奥の個室へと向かったのであった。

 

        〇

 

 どうして“若くてチャラい子”ってだけで、こんなに怖いんだろう。

 答えは簡単。絶対に俺とは話が合わないからだ。

 

「えーっと、宮森さんですね。担当させて頂きます、高梨アオイです。よろしくお願いします」

「あっ、あ、あ、ハイ。ど、どうぞよろしくお願いします」

 

 若い。スゴく若い。しかも、見た目が凄くチャラい。しかも凄いイケメンだし。

 俺はニコリと微笑む若い男性のスタッフを前に、内心激しくビビリ散らかしていた。いや、別に彼が冷たい目をしてるとか、愛想が悪いとかではないのだ。

 

 ただ、若くてチャラいというだけで、俺は怖いのだ!

 

「えっと、宮森さんは。コースじゃなくて、単発プランなんですね」

「あっ、はい」

 

 行きたくなくなってもすぐに離脱出来るようにです!とは、さすがに言えない。でも、俺みたいなオタクのコミュ障にとっては、気軽に戦線離脱出来る退路を用意しておく事は重要なのだ。だからこそ、家から少し遠いが「単発支払いコース」も選べるサロンを予約した。

 

「そうですよね。お仕事でいつ引っ越しになったり、通えない事情が出てくるか分からないですし。大事ですよね」

「っは、はい!」

 

 良かった。通常なら、サロン側からするとコースで契約する方が望ましいだろうに。なんか、凄い良い感じに解釈してくれて助かった。

 俺は逸らしていた視線を、チラと施術スタッフさんへ向けた。スクラブの胸の部分に「高梨 アオイ」と名札が付いている。

 

 イケメンは名前もお洒落だ。俺の「タロー」とは大違い。なんだよカタカナで「タロー」って。犬かよ。

 

「えーっと、まずは髭の脱毛がご希望なんですね」

「あ、はい」

「面倒ですよね。朝のあの時間。あ、ちなみに俺もやってるんですよ」

「そ、そうなんですね」

「お陰で凄く朝が楽になりましたー」

 

 高梨さんが、サラサラとカルテに何かを書き込みながら軽く話しかけてくる。俺は、目が合わない事を良いことに、それまでチラチラと向けていた視線をハッキリと高梨さんへ向けた。うん、イケメン。

 

「うちはレーザー脱毛なので、人によっては凄く痛い方もいらっしゃいます。あんまり痛い時は、麻酔クリームも使えるので今日の様子で次回使用するか考えましょうか」

「あっ、はい!」

 

 真っ白なスクラブに身を包み、一見すると病院のスタッフのようにも見える。でもやっぱり違う。彼には病院のスタッフさんには無い華やかさがある。

 だって髪の毛が栗みたいで美味しそうな色だし、全体的にフワフワなパーマがかかってるし、何より格好良いからだ。しかも、目元にはニコニコと擬音が聞こえてきそうな程優しい笑みを浮かべている。

 

「……ぅう」

 

 ただ、優しそうだけど、それでも俺には怖かった。だって若い子とは絶対に話が合わない。それに付けてイケメンともなれば、もっと話が合わないに違いない。そう言えば、高梨さんっていくつなんだろう。職場のあの後輩のイケメンの子と同じ位だろうか。

 

「ん?……あ、ソレ」

「っは、はい!」

 

 カルテを見て色々と注意事項を説明してくれていた高梨さんが、突然、俺の鞄を指さした。その指先を見て俺はハッとする。

 

「っひ!」

 

 コレは、今季一番の推しアニメ「好きピ!」の主人公であり、大人気アイドルの“葵ちゃん”だ。そして、絶賛俺の最推しである。この子が居てくれるお陰で、今は毎日が楽しい。今日も葵ちゃんに勇気を貰って此処まで来たのだ。

 

「あっ、ああっ!えっと、ソレは、その!ち、ち、ち、違くて!あの、お、おいっこに……貰って!」

「……」

 

 こんな風に葵ちゃんを恥ずかしいモノみたいに隠そうとする自分に、俺はなんだか嫌気が差してしまった。今日も葵ちゃんに勇気を貰ってきたのに。俺は、何て薄情な奴なんだろう。

 

「つ、付けないと申し訳なくて、だから、付けてるだけっていうか!」

「……」

 

 それでも、俺の言い訳は止まらない。そんな俺に対し、高梨さんは目を大きく瞬かせて此方を見ている。

 ヤバイ。絶対に俺の事キモいって思ってる。しかも、お洒落なジャージとは言え、やっぱり全身ジャージだし。

 終わった。一回限りのお付き合いとなってしまったが、一度だけでも脱毛サロンに入った事のあるオタクになれたのだ。もうコレで十分だ。

 

 そう、俺が心の中で脱毛サロンにサヨナラを告げた時だ。

 

「俺も好きなんですよ。好きピ」

「へ?」

「コミックスも全巻持ってるんですよ?」

 

 電子ですけど、と言いながら嬉しそうにキーホルダーを見つめる高梨さんの笑顔に、俺は自分の中の常識にピシリとヒビが入るのが分かった。

 あれ?若くてイケメンとは話が合わないんじゃなかったか?

 

「す、す、好きなんですか!?」

「はい、面白いですよね。一見萌え系のアイドルモノかと思ったら、少年漫画みたいな熱いバトルもあるし、たまにミステリー風味な要素もあって、いつも展開にドキドキさせられて。でも、何より……」

 

 俺は最推しである葵ちゃんのキーホルダーを手の中に握りしめながら、高梨さんの言葉に全神経を集中させた。

 

「葵ちゃん、すっごい可愛いですよね?」

「っっっ!」

 

 合ってしまった、話。

 すごい、すごい、凄い。若くても、イケメンでも高梨さんとは話が合った。俺は体の奥からホカホカと体温が上がるのを感じながら、ジッと高梨さんを見つめた。すると、再び視界に入り込んできた彼の名札を見てハッとする。

 

「葵ちゃんと、同じ名前だ……!」

「そうなんですよ。でも、葵ちゃんって言うと自分の名前にちゃん付けしてるみたいで、ちょっと恥ずかしいんですけどね」

 

 そう、どこか恥ずかしそうに笑う高梨さん……いや、アオイさんに、俺は完全の同志の匂いを感じていた。

 凄い、アオイさんが葵ちゃんを好きなんて!っていうか、好きピを好きな人に偶然出会えるなんて、凄い!凄い!

 俺は嬉しくて、思わず葵ちゃんのキーホルダーを鞄から取り外した。

 

「あ、あの。どうぞ」

「っへ?いや、いいですよ。だって宮森さんもお好きなんですよね?」

「お、お、俺は同じの沢山持ってるので。あっ、でも、あの!転売ヤーとかじゃなくて!ほ、欲しいのが出なくて、あの、たくさん持ってるだけなので!だから」

 

 どうぞ!

 そう言って目を瞬かせるアオイさんに、俺は葵ちゃんのキーホルダーを差し出した。そんな俺に、アオイさんは最初こそ遠慮していたが、最後には「ありがとうございます」と受け取ってくれた。やっぱり、その顔にはにこにこと音の聞こえてきそうな笑顔が浮かべられている。

 

 どうやら、凄く喜んで貰えたようだ。良かった!

 

「宮森さん、そのジャージも凄くお洒落ですね。お似合いです」

「っ!」

「施術しやすい格好で来てくださって、ありがとうございます」

 

 お洒落。施術しやすい格好。

 ただ、ジャージしか持ってないからコレで来ただけだけど、なんだかさっきまで恥ずかしかった気持ちが一気に消えてなくなった。

 やっぱり、このジャージはお洒落なんだ!

 

「よ、よろしくお願いします!」

「はい、どうぞ。よろしくお願いします」

 

 まさか、葵ちゃんと同じ名前のスタッフさんに脱毛して貰えるなんて。きっと、これは脱毛を頑張りなさいという神様からのお告げに違いない。

 その日、俺は推しと同じ名前のメンズ脱毛スタッフさんに、初めて髭の脱毛をしてもらった。

 

 ……死ぬ程痛かった。本気で泣いた。

 

 

 

 

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4月9日

【脱毛レポ】初・髭脱毛に行って来ました!

 

こんにちは、コタローです。

前回、宣言していた通り今日は髭の脱毛に行ってきました。

正直、お店の中はお洒落だし、俺みたいなオタクは場違いかなって最初は緊張してたんですけど、全然そんな事なかったです^^にこにこ。

 

そう言えば、たまたまジャージ姿で脱毛に行ったんですけど、どうやら、皆さん、脱毛の時はジャージが良いみたいです。

脱毛に行く時の服装のポイントは「露出が少なく」「通気性が良く」「脱ぎ着のしやすい」「ゆったりとした服」との事ですよ。

 

それって確かにジャージですね!知らないうちに正解を選んでました。はっぴー^^

皆さんの参考になるように、その時のジャージを載せておきます。

 

(ジャージの画像)

 

しかも!スタッフさんは今季俺が一番推してる「好きピ」の事を好きみたいで!(好きピが好きって面白いな)

 

しかも、主人公の葵ちゃんと同じ名前でした。はっぴーはっぴー!

(以下、スタッフさんをアオイさんと書きます。にこ!)

 

ただ、髭の脱毛は死ぬ程痛かったです。

痛いって聞いてたけど、予想以上に痛くて。太いゴムを遠くからパーンてされる痛みの百倍痛かったです。脅してしまって、ごめんなさい。でも本当なんです。

 

ただ、終わってからあまりに痛くて泣いていたら、アオイさんが次からは麻酔クリームを使いましょうねって言ってくれました。(優しい!)

あと、痛くならない為には保湿も大事だって事で、お店で取り扱ってる保湿クリームも紹介してくれました。買う買う!

 

あとあと、次からは髭だけじゃなくて他の部分も一緒にしてもらう事になりました。でも、まだVIOは勇気が出ないので、もう少し後に。

 

次も頑張ります!ではまた~!

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コメント

 

≪名前:イケメンしゃちくん≫

コタローさん、お疲れ様です。ジャージが脱毛に適してるなんて知りませんでした!コタローさんが全身ツルツルになるのも時間の問題ですね!次のレポも凄く楽しみにしてます!

 

≪名前:ボンボン≫

やっぱり髭は痛いって聞きますもんね!コタローさんがツルツルになるまで、遠くから応援してます!

 

 

 

        〇

 

 

 これは、勇気を振り絞って髭脱毛を行った宮森タローの、すぐ近くのデスクで行われている後輩SE達の会話である。

 

 

「おい、飯島。お前爆笑し過ぎ……っぶ」

「だって『今日のコーデ』みたいなノリでジャージの写真がっっ!しかも、ガチのヤツ」

「声がデカイ。宮森さんに聞こえるぞ。すぐそこに居るんだからな!?」

「大丈夫だって。あの人、今アニメ見てっから。すきぴ?だっけ……お前知ってる?」

「知るワケないだろ」

「俺、ちょっと見てみた。なんか独特だったわぁ。お前も見てみろよ。宮森さんの記事に深みが増すぜ」

「……分かった」

「あー、てか。どんどん契約箇所増やされてるし。クリーム売られてるしっ。はーーっ、おもろ」

「宮森さん、大丈夫かな。破産しなきゃいいけど」

「とか言って、ボンボンさん。遠くから応援してますって書いてんじゃん。めっちゃ近ぇけど」

「お前に言われたくねぇよ。イケメンしゃちくん」

 

 

 

 今日も今日とて、社内に籠りっぱなしのSE達の話題の種は近くの席のオタクなのであった。