4:[推し 弁えた推し方]【検索】

 

 

 こうして、「脱毛」から「推し活」へと移行した俺は、一カ月半の度に行われる拷問もハッピーライブ状態になった。今の俺には、どんな痛みもチートな精神状態で乗り切れる。

 

 それに、どうやら体感的に一番痛いと言われている場所が髭だったせいか、他の場所は泣くほど痛いなんて事はなかった。それに、もし痛かったとしても、俺は「推し」のアオイさんに会いに行っているんだ。

 

 ちょっとやそっと痛くたって、どうって事はない!

 

「タローさん!好きピのアニメ、終わっちゃいましたねぇ。寂しいです」

「わ、わかります!」

「それにしても、原作もまだ途中だし、アニメはどうやって終わらせるのかと思ってたんですけど、まさかあんな風に締めるなんて。さすが平定監督って感じでしたねー」

「わ、わかるぅ!」

 

 最近俺は、アオイさんの前では「分かる」だけしか言葉を知らない機械人形に成り果てていた。だって本当にアオイさんの話は全部「分かる!」だらけなのだ。

 でも、好きピが終わったら、じゃあ何を話せばいいんだろうと心配したりもしたけど、アオイさんの前では、そんな心配も杞憂に終わった。

 

「タローさん。日焼け対策はちゃんとしてますか?」

 

 俺の推しのアオイさんは、オタクでオッサンの俺みたいな奴とでも、その卓越した話術で難なく会話を盛り上げてくれるのだ。

 

「え?日焼け……あの、俺。休みの日はずっと家に居て、仕事も、全然外に出ないので」

「日焼けは脱毛の大敵ですから、これからはちゃんと日焼け止めを塗りましょう?最近、タローさん、ちゃんと保湿してくれて肌も綺麗になってるのに、もったいないです」

 

 こう言われた時は、推しに貢ぐチャンスだ。俺はこれまでたくさんの推しを推してきた。推しは推せるうちに推す。それが俺の流儀である!

 

「じゃあ、このお店の日焼け止めを買います!」

「えっ、あ。うち、日焼け止めは取り扱ってなくて……」

「じゃあ、じゃあ!アオイさんのブログとかでアフィリエイトリンクがあれば、そこから買います!」

「ブログ?あふぃりえいと?ちょっと、分からないんですけど。あ、そうだ!俺が使ってるのを後で紹介しますよ」

「そ、そしたら紹介料をお支払いしま……」

「いやいや、オススメをお伝えするだけなのでー」

 

 あわわ。最近、推したいのにアオイさんを金銭的に推せる場面が減っていて困っている。最初は単発コースから全身脱毛コースに変えるとか、お店の商品を買うとか、アオイさんの評価が少しでも上がるように、アンケートにアオイさんを高評価「星5」にして出すとか、お店の評価を高評価でネットに書き込むとか。

 

 考えうる限りの推し活をしていたのだが、最近はどれも手詰まりだ。

 ぐぬぬ、推しは推せる時に推すのが俺の心情なのに。

 

「タローさん。もう五回目ですし、大分、髭なんかは処理が楽になって来たんじゃないですか?」

「……困難を極めてます」

「えっ?」

「どうすればいいんだ……!」

「まだそんなに?おかしいなぁ、もう効果を感じてても良い筈なんだけど」

 

 本当は直接何かプレゼントを渡すのはどうかと思ったりもした。でも、モノによってプレゼントは迷惑になったりする。俺に、イケメンの好みは分からない。じゃあ食べ物を、と思ったりもしたが、ファンから貰った食べ物なんて、怖くて食べられないに違いない。

 

 俺はうんうんと頭を悩ませた。もっとアオイさんを上手に推す方法はないだろうか。

 

 コンコン

 

 すると、俺とアオイさんの居る個室に控えめなノックの音が響いた。

 

「あ、タローさん。すみません」

 

 アオイさんが片付けをしていた手を止め、そそくさと扉の外へと出ていった。すると、微かながら声が聞こえた。

 

「高梨さんの指名の方が……その、急遽いらっしゃってて」

「あぁ、あの人かぁ」

「どうしましょう」

「……予約の時間を考えないとですね」

 

 その瞬間、俺は天啓が下った。

 これだ!

 

「すみません、タローさん。バタバタしてしまって。あ、日焼け止め。俺が使っているのをお伝えしますね。後でロッカーから持って……」

「あ、あの。大丈夫です!」

「え?でも」

 

 俺は弁えたファンを目指しているのに、どうしてこんな簡単な事に、今まで気付かなかったんだろう。

 

「今日もありがとうございました。また、よろしくお願いします」

「あっ、タローさん!」

 

 俺はアオイさんに頭を下げると、速足で個室から飛び出した。周囲を見渡すと、個室は全部埋まっているようだった。

 最初に俺がこの脱毛サロンに来た時は、出来たばかりだった事もあり、休みの日も予約はガラガラだった。しかし、今や待合室も予約客でいっぱいだ。

 

「さすが、アオイさんの居るお店だなぁ」

 

 こうなる事は、分かり切っていた事だ。だって、“あの”アオイさんがスタッフとして働いているんだぞ。遅かれ早かれこうなる運命だったんだ。

 俺は同担拒否な過激オタクではないので、むしろ嬉しくて仕方がない。推しは皆で推した方が楽しいじゃないか。

 

「宮森様、次回のご予約はどうされますか?」

 

 受付のイケメンスタッフさんが、次の予約の日程を尋ねてくる。この人は、最初に俺のジャージ姿にビックリしていた人だ。もちろん、今日も俺はジャージだ。だって、アオイさんがジャージが良いっていったから、コレでいいのだ。

 

「次の予約可能な土日は……あー、埋まってますね」

「あ、あの……ちょっといいですか?」

「なんでしょう?」

「何曜日が、一番お客さんが少ないですか?」

「へ?」

 

 「推し活」は推してる側が最高に楽しませて貰っている分、出来るだけ「推し」には迷惑をかけたくない。むしろ、健やかにあってほしい。

 

「土日じゃなくても良いので。一番お客さんが少なくてご迷惑にならない曜日を」

「……だとすると、平日の木曜日の昼過ぎあたりが」

「じゃあそこで」

「いいんですか?一度ズレると、休みの日は取り辛くなりますよ」

「大丈夫です」

 

 だって俺には、余りにあまった有給がある。今まで、わざわざ休みにしてもする事が無かったので殆ど使った事が無かったが、推しの為に使うのが有給じゃないか。

 そう、俺が受付で次回の予約を取り終えた時だ。

 

「タローさん」

 

 忙しいだろうに、アオイさんが受付までやって来てくれた。しかも、他のお客さんを呼ぶ為じゃない。だって、アオイさんは今、俺の名前を呼んでくれたんだから!

 

「っあ、アオイさん!」

 

 待合室には他のアオイさんのファンも居る。良いのだろうか。そんな風に施術の終わった客の名前なんか呼んでしまったら、過激派のファンが怒ったりしないのだろうか。

 

「これ、さっき俺が使ってる日焼け止めです。こういうちょっと変わったパッケージなので、一回実物を見た方が分かりやすいかと思って」

「あ、あ。わざわざ、ありがとうございます」

 

 どうやら、アオイさんは忙しい中、俺にお勧めの日焼け止めを教えに来てくれたらしい。お店の商品でもないのに。アオイさんに紹介料が発生するワケでもないのに。

 

 俺みたいな、もうあまり売り上げに貢献出来なくなったヤツの所に、わざわざアオイさんは来てくれたのだ。ファンサが凄い。ありがたくて泣きそうだ。

 

「……本当に、ありがとうございます」

「あ、でも。肌に合わなかったら、気にせず使うのを止めてくださいね。人によって合う合わないがあると思うので」

「はい」

 

 俺は英語で書かれた謎の日焼け止めの名前を必死に覚えるべく、ジッとパッケージを見つめた。ここまでアオイさんがしてくれたんだ。今日は、死んでもドラッグストアでこの日焼け止めを買う。

 

「ぶりあさ……ん?」

「ウリサアリナです」

「うりさありな?」

 

 それに、この日焼け止めが肌に合わないなんて事があるワケがない。だって、推しの推し商品だぞ!もちろん、俺も好きピ!

 

「大丈夫です?写真撮りますか」

「っひえ、そんな。お金も払わないのに」

「え?いや、分からなくなったら意味ないので。どうぞ」

「っひえ!」

 

 その日、俺はアオイさんの手をスマホのデータフォルダに格納してしまった。アオイさんの手は、まだ若いからどんな水分もパーンと弾きそうなツヤツヤした綺麗な手だった。でも、いつも脱毛の機械を持って動かしているせいか、骨ばっていて見た目のユルフワな感じとは裏腹にガッシリしている。

 

「推しの手……」

「オシノテ?」

「高梨さん、すみません。次のお客様が……」

「あ、はい。じゃあ、タローさん。また次回に」

「はい……」

 

 

 俺はその日、何度も何度もアオイさんの手を見て過ごした。

 ちょっと、いや大分キモいのは自分でも分かっているのだが勘弁して欲しい。だって「推し」の一部だ。何度も何度も手を合わせて拝むように見た。

 

 きっと、休みの日は俺みたいに家に引きこもってアニメを見るんじゃなくて、フットサルとか。友達や彼女さんとお洒落なイタリアンやバーとかに行ったりしている手だ。

 

「はぁ、リアルに会える推しが居るって……こんなに楽しいんだぁ」

 

 今まで二次元とアイドルグループにしか推しの居なかった俺からすると、こんな至近距離で会話が出来たり、触れ合える場所に推しが居るなんて頭が弾け飛びそうな程嬉しい。地下アイドルにハマってた友達の気持ちが、今なら分かるかもしれない。

 

「あー、ヤバイヤバイ。感謝感謝」

 

 最早、アオイさんのお勧めしてくれた日焼け止めすら拝みだす始末。でも、何かもう全部が嬉しいのだ。

 

「そういえば、最近。髭が薄くなってきたなぁ」

 

 なんでだっけ?

 俺は鏡の前で毎朝髭が生えなくなったり、謎に肌がツヤツヤしていくのを、首を傾げながら見ていた。そうなのだ。この辺りから、俺の中で「脱毛サロンに通っている」という概念は完全に消えて無くなっていたのである。

 

「次のライブ楽しみだなー!」

 

 脱毛の予約は、俺にとって推しの舞台を間近で見れる最高のイベントに成り果てていた。こうして、春から通い始めた脱毛サロンも、気付けば肌寒い冬に突入していた。

 

 

11月5日

 

【脱毛レポ⑤】アオイさんの推しポイント五選!

 

こんにちは、コタローです。

今回もアオイさんの舞台はサイコーでした!はっぴー^^!

さてさて、今回は俺の永遠の推しアオイさんのどこが推せるかについて五つのポイントに分けてお伝えしたいと思います!

 

まずは……

 

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 これは、年の瀬も近くなり職場も慌ただしくなり始めた、とある社内での会話である。

 

「いや、コレはもう【脱毛レポ】じゃねぇ。【アオイさんレポ】だわ」

「だな」

「俺、アオイさんに会った事ねぇのに、最近めちゃくちゃ仲良い友達みたいな気ぃしてきたんだけど。同い年っぽいし」

「わかる。俺らアオイさんの誕生日まで把握してるしな」

「ソレな。こないだなんか『あ、今日アオイさんの誕生日じゃね?』ってなって無駄にその日ケーキ買っちまったわ」

「てか、最近。宮森さんもめちゃくちゃ職場でも楽しそうだよなぁ」

「あの人マジで全部顔に出るからな。あと、めっちゃ肌艶良くなってるし」

「好きな子が出来た女子みたいだな」

「まぁ、それに近いモノはあるかもな」

「つーかさ、」

「ん?」

「VIOはいつやるんだ?」

 

 

 こうして、見た目など一切気にしてこなかった宮森タローが、デスクの上にハンドクリームを常備するようになった頃、彼の「推し活」は少しばかり変化を迎えようとしていた。