6:[推し 終わらせ方]【検索】

 

 

 何でもない平日の木曜日。

 俺は事前に申請していた有給を、そりゃあもう無為に過ごしていた。

 

 一人暮らしの部屋の中。暖房をガンガンに付けて、更には布団の中で丸まっている。時計を見てみれば、既に脱毛の予約を入れていた時刻を回っている。

 最もサロンの空く時間帯。毎週木曜日の午後二時。

 

「すみません、すみません……本当に、ごめんなさい。アオイさん」

 

 俺は、直前になって、ウェブから予約をキャンセルしていた。本当はこんな事はしてはいけない。だって、店にも、もちろんアオイさんにも迷惑をかける。でも、やっぱり無理なモノは無理だった。

 

「だって、絶対にまた勃起する」

 

 あの日、初めてのVIOの脱毛をした日。

 俺は見事にアオイさんの手でイかされてしまった。イかされて、アオイさんの手を汚し、子供のように泣いて。そして、逃げるように帰って来た。

 

「でも、アオイさんも、もう俺が来なくてホッとしてるかも」

 

 言ってて自分で悲しくなってきた。その気持ちを慰める為に、俺はベッドの脇にずっと置いてある一枚の紙を手に取った。

 

「……アオイさん」

 

 俺の手にしたモノ。それはサロンから来た年賀状だった。年始の挨拶が印刷された年賀状にクーポンが付いている。そして、その右下に一言だけ手書きの文字が書いてあった。

 

——–

待ってます。

——–

 

 特に名前は書いてない。でも、分かる。この字は、アオイさんの字だ。いつもサラサラとカルテに書いている文字を横から見ていたから知ってる。これは、絶対にアオイさんの字だ。

 

「アオイさん、本当に待っててくれてるのかな」

 

 俺が来なくて、きっとアオイさんもホッとしてるだろう。そうやって、自分で付けた傷を、アオイさんからの年賀状で癒す。こんな無意味な事を、今まで何度繰り返して来たことだろう。

 

「でも、もう行けない」

 

 こんなドタキャンみたいな事をしてしまったのだ。どの面下げて次回の予約など取れようか。しかも、肝心の勃起の問題は一切解決していない。

 

「……俺、絶対にまた勃つし」

 

 きっと、俺は前日にどれだけヌいても、また勃起してしまう。それは、なんとなく俺の中で確信があった。

 だって、あの日アオイさんに触って貰った感触がずっと消えないのだ。しかも自分でヌいている時も、自然とあの日のアオイさんの手の感触を思い出しながらシてしまっているのだから。

 

「最低だ……俺は、気持ち悪いヤツだ。変態野郎だ。犯罪者だ」

 

 特に最後に勃起したちんこの裏筋を下から上に指でなぞられた感覚が、ずっと残っている。同時に耳の奥から『だいじょうぶ、だいじょうぶ』という、アオイさんの声が聞こえてきた。その瞬間、背中にゾクリとした感覚が走る。

 ヤバイ。ヌきたい。

 

「だ、ダメ。ダメダメ」

 

 言ってる傍から何を考えてるんだ。俺は年賀状をベッドの上に置くと、そのままガバリと毛布を被った。アオイさんの事を思い出しながらヌく位なら、いっその事、夢精した方がまだマシだ。

 

「もう、いいや」

 

 俺は無理やり目を閉じると、もう脱毛サロンには行かない事を決意した。推しは推せるうちに推せ。まさか、こんな自分の都合で推せなくなる事があるなんて思いもしなかった。

 これまでの「推し」は、いつも作品が終わったり、グループが解散したり。ともかく、相手の都合だった。

 

 なのに、アオイさんは違う。

 

——–

待ってます。

——–

 

 その言葉が、浮かんでは消えていく。そうやって必死に目を瞑り、性欲と寂しさを腹の底に押し込めながら、俺はいつの間にか深い眠りに落ちていた。俺は、アオイさんを推せる分だけ推した筈だ。

 

 もう、それでいいじゃないか。

 

 

        〇

 

 

ピンポーン、ピンポーン。

 

「んぁ?」

 

 部屋の中に響き渡るチャイムの音が、俺を深い眠りの底から引っ張り上げた。ぼんやりする頭をかかえ、布団の中からムクリと起き上がる。周囲を見渡してみれば、部屋の中は真っ暗だった。

 

「いま……なんじだろ?」

 

 ピンポーン

 

 ぼんやりとしている間も、チャイムの音は止まない。何だろう。何か最近注文していたモノでもあっただろうか。

 

「あ。好きピのビジュアルブック……だ」

 

 そういえばこないだ注文した。もう届く頃合いだったのか。俺は一気に脳内が開けていくのを感じると、布団から飛び起きた。チラと時計に目をやれば、時刻は八時過ぎ。どうやら、俺は本当に丸一日寝ていたらしい。

 

 ピンポーン

 

「はい!」

 

 俺は余りにも鳴らされるチャイムに急き立てられるように玄関へと走った。そしてかけていた鍵を躊躇いなく開ける。すると、俺が戸を開けるよりも早く外側から玄関の扉が引っ張られた。

 

「こんばんは、タローさん」

「えっ?」

 

 俺の目の前には、何やら荷物を肩にかけたアオイさんの姿があった。あれ?何でアオイさんが俺の家の前に居るのだろう。

 

「あれ……アオイさ、あれ?ゆめ?」

「あははっ、違いますよ。俺、ホンモノのアオイです」

「え、ほんもの?」

「寝ぼけてるんですか?やっぱりタローさんは面白いなぁ」

 

 アオイさんは楽しそうに笑うと、扉に預けていた俺の手を掴み自分の方へと引っ張った。

 あれ?どうして俺は、アオイさんの体にピッタリとくっ付いているんんだろう。

 

「え、え?」

 

 なんだか、凄くドキドキしてる。俺が?いや、ピタリとくっ付いたアオイさんの心臓が、だ。

 

「あぁ。もう、タローさんって思ってる事が全部顔に出ますよね。ホント、かわい」

「あっ、えと。アオイさん?」

「そうですよ。俺、アオイです。他に誰に見えますか?」

「アオイ、さん」

「だね?」

 

 確かに、俺の目の前に居るのはアオイさんだ。でも、なんかいつも店に居る時のアオイさんとは何となく違う。いつもより淡々としている。

 それに、俺を見て「可愛い」なんて。どうしたんだろう。なんか、ちょっと、怖い。

 

「ねぇ、今日はどうして店に来てくれなかったんですか?」

「っ!」

「俺、タローさんに会えるの、楽しみにしてたのに」

「あ、あの……」

 

 アオイさんの口から一番痛いトコロを突かれてしまった。あぁ、俺が直前で予約を取り消した事をアオイさんは怒ってるんだ。だから、怒って俺の家に来たんだ。

 

「ご、ごめんなさ」

「部屋、入れてください」

「え?」

「今日だけは特別ですよ」

 

 何が?と俺が思わず首を傾げたタイミングで、俺の体は部屋へと押し込まれていた。一緒にアオイさんの体も付いてくる。俺はアオイさんと同じくらいの身長の筈なのに、当たり前みたいに力では全然叶わなかった。

 

「おじゃまします」

「あ、はい」

 

 ガチャリとアオイさんが扉を後ろ手に締める。

 そして、いつもの柔らかいあの笑みを浮かべて俺の腰へと手を添えてきた。いや、そこは腰というより、お尻かもしれない。

 

「前回、ココやれてなかったので、今日はココを中心にヤりましょうか」

「っん」

 

 アオイさんの手の感触に思わず声が漏れる。

 ココ、と言って触られたのはお尻の穴だった。アオイさんの指がクルクルと円を描くようにお尻の穴を撫でる。背筋がゾワゾワする。

 

「確かにこの部分は、ちょっと体勢も恥ずかしいですからね……お家でやった方が良いと思って。だから、来たんです。タローさんの家に」

「っ!」

 

 そうだったのか。

 俺の事を気遣って、わざわざウチまで来てくれるなんて。アオイさんは何て優しいんだろう。俺なんか予約を直前でキャンセルした迷惑な客だろうに。

 やっぱりアオイさんは俺の推しだ。優しい。

 

「あ、あの!ありがとうございます。アオイさん」

「ぶはっ」

「え?」

 

 アオイさんは何が楽しいのかは分からないが、肩を震わせて笑っている。なんだか、こういう笑い方をするアオイさんも初めて見た気がする。すると、ひとしきり笑い終えたアオイさんは目尻に涙を浮かべて言った。

 

「タローさんは特別に、ご自宅出張で脱毛してあげます」

 

 その時見たアオイさんの顔は、薄暗い部屋で良く見えなかったけど酷くギラついて見えた。

 

 

        〇

 

 

 この格好は、確かにお店の施術台では恥ずかしいかもしれない。

 

「タローさん、ほら。ここ、剃り残しがありますよ」

「っひ、ごめなさっ」

「だいじょうぶ、俺が全部綺麗にしてあげますから」

「んっ、あり、がとうございます」

 

 俺は明るい部屋の中で、下半身丸出しで四つん這いになっていた。

 床にはアオイさんの持って来たレジャーシートが敷かれている。俺は久々にアオイさんに会えた事が嬉しいやら、推し相手に自分の尻の穴を晒しているのが恥ずかしいやらで、もう頭の中は大混乱だった。

 

 その間も、アオイさんは俺のお尻の穴の回りに残った毛をシャリシャリと剃刀で剃っていく。結構頑張って処理したつもりだったけど、そんなに残っていたなんて。アオイさんに毛の処理をして貰っているという事実に恥ずかしくて堪らない気持ちになる。

 

「タローさん、今日。何でキャンセルしたの?」

「っあ、ぅ」

 

 突然、お尻の穴にトロリとした生ぬるい感覚が走った。それは、いつも脱毛前に塗られる肌を保護するクリームだ。それを、尻の穴の回りに指先でクリクリと塗り込まれていく。

 恥ずかしい。それに変な感じだ。思わずギュッと目を閉じたが、そのせいで尻穴に感じる指の感覚を、より鋭敏に感じ取ってしまった。

 

「ねぇ、どうして?今日ホントは来るつもりだったんでしょ?だって……」

「っふぁッ」

 

 それまで俺のお尻の穴に触っていたアオイさんの手が、俺の……既に勃起しかけていたちんこに触れた。そう。俺ときたら、もうお尻の穴に少し触られた時点で、反応してしまっていたのだ。

 

「前も、キレイに処理が済んでるし」

「っん、っぁ……っふ」

 

 両手を床に付いているせいで、声が抑えられない。こんな事なら、寝る前にちゃんとヌいておくんだった。

 

「あっ……あッ、あお、いさっ」

「エライね。ちゃんとツルツルだ」

 

 アオイさんは背中から覆いかぶさるように体にのしかかってくると、俺の耳元で囁くように言った。その間、アオイさんの掌は俺のチンコの付け根を指の先でスルスルと撫でる。毛の処理が完全に終わっているソコは、ヒンヤリとしたアオイさんの手の感触を直に感じる事が出来て、凄く気持ちが良い。

 

「んっ、っぁ。だ、めです。も、また出ちゃ、うのでっ。や、めて……」

「ねぇ、どうして?俺、年賀状に『待ってます』って書いたのに」

 

 俺の必死のお願いもアオイさんには完全に無視された。アオイさんの手に包まれた俺のちんこは、もう完全に勃起していた。

 あぁ、もう何で俺っていつもこんな風なんだろう。せっかくアオイさんがウチまで施術しに来てくれたのに。こんなの失礼だ。でも、気持ち良さには一切逆らえない。

 

「ねぇ、もしかして。年賀状読まずに捨てちゃった?」

「っす、捨ててません!」

 

 ただ、耳元で少しだけ悲しそうな声で問いかけられた瞬間、俺の頭の中を埋め尽くしていた快楽が少しだけ弛んだ。

 アオイさんからの年賀状を捨てる?そんな事するワケがない。推しから貰ったメッセージカードなんだ。俺にとっては大切で、だから。

 

「な、ん回も読み、ました」

 

 俺はアオイさんの体の下から四つん這いで這い出すと、すぐ脇にあるベッドの上から、年賀状を取り出した。コレが来てから、何度も何度も寝る前に『待ってます』という、アオイさんの文字を見ては、あの日の不甲斐ない自分を慰めたモノだ。

 

「あの……これ、ありがとう、ございます」

「……ぁ」

「あの日、俺、あんな事したのに、アオイさん……待っててくれるんだって、思ったら、嬉しくて。何回も、コレ読んで、元気もらって」

「……」

 

 捨てていない事を証明したくて、俺はアオイさんから貰った年賀状を彼の前に差し出した。アオイさんがどんな顔をしているのか。俺はあまりにも恥ずかしくて見る事が出来なかった。

 

「……きょ、きょうも、行くつもりで、有給取ったんですけど、でも。やっぱりまた、してもらう時に、しゃ、射精しちゃったら……恥ずかしいし。どんな顔で、アオイさんに会ったらいいのか、わからなくて」

 

 下半身丸出しの状態で、年賀状で顔を隠すように伝える。でも未だに俺のちんこは勃起してて、萎える気配はない。もう、自分の体ながら呆れてしまう。

 すると、それまで黙って此方を見ていたアオイさんが吐き出すように言った。

 

「やば、ホント。ヤバイ」

「へ?」

「タローさん。ほんと、なんでそんな……可愛いの?」

「え、え?」

 

 アオイさんは俺から年賀状を取り上げると、そのままポイと自分の後ろに投げ捨てた。あぁっ、俺の大事な推しからの手紙が!なんて言ってる余裕もなく、代わりにアオイさんの顔が目の前にズイと近寄ってくる。

 

 いつもの柔和な笑みは欠片もなく、ただその目は酷くギラついていて、部屋が暑いのか額には微かに汗が滲んでいた。エアコンの温度を下げた方が良いだろうか。

 

「あの、アオイさ」

「特に、泣いた顔が……ほんと可愛い」

 

 エアコンの事なんて尋ねる余裕は欠片もなかった。次第に、アオイさんは更に俺の顔にぶつかるくらい顔を寄せてくると、ハァハァと肩で息をし始めた。アオイさんの息が眼鏡に当たって、視界が曇る。

 

「タローさん。俺、良い事思いついたよ」

「っふぁっ」

 

 再び、俺の尻の穴に触れられる感覚が走る。

 しかし、今度のそれは入口の回りに円を描くような触り方ではない。アオイさんの指が、ずっぽりと俺のナカに入っていた。

 

「そんなに施術中に射精するのが恥ずかしいなら、まずは先に全部出しとこうか?」

「あ、へ?」

 

 その瞬間、俺の体はビニールシートの上に押し倒されていた。