修行2:たくさん食え

 

 

 一体誰が予想した?

 「勇者」は見つけ出すより、見つけ出した後の方が大変だなんて。

 

「シモン!お前、またパンを盗ったんだって!?」

「うるせぇな。俺は腹が減ってたんだよ!」

「腹が減ってるなら俺に言えって言っただろうが!パンなら家に買ってあるんだから!」

「うるせぇっ、んな事知るか!」

「合いの手みたいにうるせぇって言うな!」

「うるせぇっ!」

 

 畜生、なんだコイツ!

 何を言っても「うるせぇ」と返してくる瘦せこけた少年、シモンを前に俺は頭を抱えるしかなかった。

 

「シモ……」

「うるっせぇっ!」

 

 これはもう絶対に反抗期だ。俺、前世で六個下に弟が居たからめっちゃ分かる。

 

「コッチ見んな!バァァカ!」

「はぁ!?」

 

 だって、見てよ。全てにおいて反抗的なこの態度。そして、目。

 完全に俺の話なんか聞く気ゼロだし、しかも右手には握り込まれた拳まで用意されてるし。顔を見ただけで暴力も辞さないなんて、過激派思春期過ぎだろ!グレ散らかした弟か!

 

「誰がテメェの言う事なんか聞くか!」

「っく!」

 

 まぁ、実の弟なら、この辺でスッと距離を取って部屋に戻る所なのだが、今回ばかりはそうはいかない。

 

「シモン。約束、忘れたのか?」

「っ!」

 

 なにせシモンは、弟は弟でも、俺の「“弟”子」なのだから。

 

「なぁ、シモン。約束したよな?俺がスラムの子供達の面倒見る代わりに、お前は俺の弟子になるって。“修行”するって」

「うるせぇんだよ、師匠!」

「うおっ!……ちょっ」

 

 次の瞬間、シモンから顔面に向かって繰り出された拳を、俺はとっさに左手で受け止めた。次いで。左足からの蹴りが続く。ただ、それも左手を出した時の予備動作で動きが読めていた為、軽く避ける事が出来た。

 

「おい、思春期だからって調子に乗んなよ!?約束を破る気か!」

「うるせぇ!知るかよ……師匠。このバァカ!メシ寄越せ!」

「お前、師匠って言ってりゃ何でも許されると思ってんだろ!?」

 

 っくそ。マジで俺が何を言っても「うるせぇ」しか言わねぇ。

 ただ、一応俺との“約束”がある為なのか何なのか、罵声と罵声の合間に「師匠」をサンドイッチしてくる。こんな取って付けたような「師匠」呼びありかよ。ねぇよ!

 

「そんな事を言う奴にはー!」

「離せっ!はーなーせ!」

 

 俺は、シモンの細い腕から繰り出された拳を掌で掴むと、その脇に見えるステータス画面へと目をやった。

 

——

名前:シモン  Lv:6

HP:345   MP:48

攻撃力:21  防御力:17

素早さ:30   幸運:4

——

 

 どんなに強い戦士と呼ばれる奴ですら最大レベルが5であるこの世界で、シモンのレベルは出会った頃から既に6だった。こんな人間、俺以外に見た事が無い。

 

「気持ち悪ぃな!手ぇ離せや、師匠!」

 

 レベル5以下の人間ばかりのこの世界で、シモンだけが“特別”な存在だ。

 

「シモンッ!」

「っな、なんだよ……し、し、師匠」

 

 俺の大声にシモンがビクリと体を揺らす。未だにシモンの手は、俺の掌からピクリとも動かない。

 ただ、いくらシモンのレベルが普通の人間より高くとも、俺とは桁が違う。レベル30の俺がレベル6の子供に負けるワケがないのだ。

 

「くらえ!思春期に一番ツラい、身内からの過度なスキンシップ!」

「あ゛ぁぁぁっ!!あぁぁぁっ!」

 

 俺はシモンの細い腕を無理やり引っ張ると、俺の腕の中にきつく抱きしめた。親もなく、スラム街で育ったせいか、シモンの体は十三歳とは思えない程、骨ばっていて、肉が殆ど付いていない。ガリガリだ。

 

「ぎゃああっ!クソ!離せっ!はなせぇっ!」

「悔しかったら、俺より強くなれ!」

 

 シモンのレベルは、まだ6と俺より断然低い。ただ、この子は特別な存在だ。そう、なにせシモンは――。

 

——

名前:シモン  レベル6

クラス:見習い勇者

——

 

 ホンモノの勇者となる、選ばれし人間なのだから。

 

 

        〇

 

 

 シモンと出会ったのは、偶然だった。

 

『今日こそ捕まえてやるからな!このクソガキが!』

『うるせぇっ!バァァカ!』

 

 たまたま立ち寄った街で、凄まじい怒声と罵声の応酬が聞こえてきた。

 

『ん?』

 

 声のする方に目を向けると、道の向かい側からボロボロの金髪の子供が全速力で駆け抜けて来るのが見えた。その腕の中には、なにやら大量のパンが抱えられている。

 

『あ、パンが落ちた』

 

 少年の腕からコロリと転がる一つのパン。それと同時に、俺に向かって大きな声がかけられた。

 

『そこの旅人さん!ソイツを捕まえてくれっ!』

『え、俺?』

『そうだっ!ソイツは盗人なんだよ!』

 

 金髪の子供を必死で追いかけるエプロン姿の親父。どうやら、あの少年にパンを盗まれたパン屋の主人らしい。

 いや、そんな事急に言われても。と、俺がチラと金髪の少年を見た瞬間。

 

 俺の目は一瞬でその少年……の脇に表示される【ステータス画面】へと釘付けになった。

 

『レベル……6だと?』

 

 これまで、俺以外では見た事のなかった5以上の数字に、俺は無意識のうちに体勢を低くしていた。捕まえないと、と本能的に視線が少年に釘付けになる。同時に、少年が俺を避ける為に、微かに右足に重心をかけたのが分かった。

 

 よし、左だ。

 

『っ!』

『はい、捕まえた』

 

 完璧に俺を避けきったと思っていたのだろう。

 避けた先に俺が居て、腕の中にすっぽり納まっている事に、最初は少年も気付いていないようだった。

 

『え?あれ……俺、なんで?』

 

 薄汚れた麻布の服から伸びる手足は殆ど骨と皮しかなく、その髪の毛は一見するとくすんだ黄土色をしていた。ただ、少年が今にも零れ落ちそうな目で見つめてくるその瞳が輝くような金色であった為、その髪の毛が本来は金髪である事が、俺にもなんとなく分かった。

 

「……おぉ、スゲ」

 

 一瞬で感じる。この子供はタダ者ではない、と。そして、その予感は直後、確信へと変わった。

 

——

名前:シモン  Lv:6

クラス:見習い勇者

HP:345   MP:48

攻撃力:21  防御力:17

素早さ:30   幸運:4

——

 

『……見習い、勇者?』

『は?』

 

 ステータス画面に映し出される【クラス:見習い勇者】の文字に、俺は金色の瞳の少年を抱える腕に、一気に力を込めた。

 

『見つけたぁぁぁぁっ!』

『うっ、うわぁぁぁっ!』

『うぉぉおおっ!』

 

 嬉しさの余り絶叫して金髪の子供を抱き締めると、それに呼応して少年も絶叫した。更に、そんな俺達につられて、少年を追いかけて来ていたパン屋の店主まで何故か一緒に絶叫してきた。いや、なんでだよ。

 

『やばッ、もう見つけちまった!ラッキー!』

『は!?な、なんだよ!』

 

 そこからの俺の行動はともかく素早かった。少年を憲兵に突き出すと意気込む店主に、少年が盗んだ大量のパン(しかも、これまでの分も含む)の代金を支払い、俺が後見人になる事で手打ちにして貰った。

 

『……まぁ、今回までは仕方ねぇな。兄ちゃん、ちゃんとソイツの面倒見ろよ』

『了解でーす』

『離せっ!はなせよっ!』

 

 いやぁ、どこの世界でも金ってすげぇわ。あんなに激怒りしてたのに、今ではめちゃくちゃ笑顔になってる。この世の皆を笑顔に出来るモノ。それが金である。

 よし、また王様に金の工面をして貰わないと。

 

『なっ、なんだよお前……誰なんだよっ!?』

『俺?俺の名前はキトリス』

『い、いや……何だよ。急に、名乗られても困る!』

『は?自分から聞いといて困ってんじゃねぇし』

 

 コッチが困るだろうが!

 その勢いで、俺は小脇に抱えていた少年を正面に抱え直した。すると、太陽の光を背負った少年の髪の毛が、汚れていない一部だけ光を含んで金色を放った。綺麗だ。

 

『とりあえず、今から俺はお前の師匠だ』

『は?』

『俺の事はキトリスではなく、師匠と呼べ!』

 

 人生で一回は呼ばれてみたかったんだよなー。師匠って。普通に生きてたら、誰かの師匠になる事ってあんまりないし。

 

『で、お前の名前は?』

『だっ、誰がお前みたいな不審者に名乗るかっ』

 

 まぁ、聞かなくても本当は分かっている。

 なにせステータス画面に【名前:シモン】と表示されているのだ。ただ、こういう基本情報は本人の口から聞いてからでないと、口にしない方が良い。逆に怪しまれて面倒な事になった経験は一度や二度の話ではない。

 

『……じゃあ、お前はこれから俺の弟子だから、教えてくれないなら、お前の事も“弟子”って呼ぶ事になるけど。いいか、弟子?』

『変な呼び方すんなっ!俺の名前はシモンだ!このバァカ!』

 

 ヤバイわ、この子。扱いやす過ぎる。それに、何か色々と懐かしい気が……。

 

『あ、』

——死ね!もう、帰って来んな!バァカ!

 

 その瞬間、俺の脳裏に過ったのは現実世界の……前世の弟の姿だった。同時に俺はシモンに対して、一瞬にして親近感が沸いてしまっていた。

 

『うんうん!シモン、これから一緒に強くなろうな!』

『う、うわ……な、なんなんだよ。お前』

『よし、早速お前の親に挨拶に行こう。家はどこ?』

『……お、親なんか居ねぇよ!』

『へ?』

 

 詳しく話を聞いてみれば、どうやらシモンは、この街に住む孤児の面倒を一手に見ている兄貴分のような事をしているようだった。だから、危険を冒してあんなに大量のパンを盗もうとしていた、と。

 

『お前、良いヤツ過ぎだろ!』

『っ!』

 

 さすが勇者見習いだ。自分がそうだと知らないうちから、自然と弱い者を助けている。これぞまさしくホンモノの勇者だ。

 周囲から『勇者!』『最強!』と祀り上げられて、調子に乗ってヘイヘイしていた勘違い勇者の俺とは大違いである。

 

『ふーん。だったら……お前が居なきゃ、スラム街の子供達が飢えちまうってワケか』

『そうだよ。だから離してくれ』

 

 一瞬、腕の力を緩めた俺に、シモンが期待を込めた目で見てくる。え、なんか勘違いしてない?

 

『いや、絶対離さないよ?』

『っっ!あ、な、なっ、なんでだよ!?お、お、お前!俺をどうする気だっ!』

 

 売り飛ばす気か!?と腕の中で暴れ散らかすシモンを再び小脇に抱え、俺は落ちたパンを拾い上げながら言った。

 

『よし、分かった。スラム街の子供達は今後、俺が腹いっぱい食わせてやる。その代わり、シモンは俺の弟子になれ』

『え?』

『これは契約だ。俺が強くなったと判断するまで、お前は俺の弟子。そんで強くなったら、俺と一緒にやってもらいたい事があるから』

『は、は、は、離せ……』

『大丈夫大丈夫。悪いようにはしないから。はい!そんなワケで、俺の事は今日から師匠と呼びなさい』

『っひぅ!は、はなしぇ……はなしぇぇ』

 

 こうして、パンと泣きじゃくる勇者を両手に抱えた俺は、この街でシモンを立派な勇者にするというクエストを達成すべく、歩き出したのであった。

 

『っひっぅ、っひっぅぅぅ』

『……え、ガチ泣き?』

 

 ごめんて。俺も、必死だったんだよ。

 

 

————

——–

—-

 

 

 そんな、勇者の号泣から早一カ月が経った。

 

 

「よーし、こんなモンか」

 

 

 夜明けと共に日が高く上り始めた頃。

 俺の朝は、買って来たパンを温める所から始まる。今にも崩れ落ちそうな教会の脇にある、これまた古臭い竈を前に、俺は鉄板の上に並べたパンを入れた。

 いや、別にそのまま食べても良いのだが、やっぱり焼いた方が美味しい。

 

「焼きたての食べ物。基本全部美味しい説!」

 

 はい、立証。これは完全に世界の真理だ。

 俺は、料理は苦手だが「焼く!」だけなら……まぁ、出来る。それに、パン自体は既に出来上がっているモノなので、温める時間は本当に少しでいい。

 

「あぁ、良い匂いだ」

 

 そう、俺が口にした時。背後から一つの気配が近寄ってくるのを感じた。

 

「おはよ。シモン」

「っ!」

 

 俺が振り返らずに挨拶をしてやれば、背後に居た人物はビクリと体を揺らす。気配を消して近寄ってきたつもりなんだろうが、全然消せてない。バレバレだ。

 

「パン、もうすぐ焼けるからなー」

「うるせぇ」

「お前、ほんとうにうるせぇしか言わねぇのな」

 

 にしても、十三歳の癖にガキ過ぎやしないか。

 いや、見た目の話じゃない。まぁ、確かに見た目もガリガリのギスギスなので通常よりは大分幼く見えるのだが、それよりもこの言動だ。

 

「うるせぇっ!バァァカ」

「思春期は朝から元気だなー。ほい、コレ。朝ごはん」

「……っ」

 

 俺が熱々のパンを差し出してやれば、シモンは眉間に皺を寄せつつそのパンをジッと見つめていた。

 

「ほら、腹減ってんだろ」

「……」

 

 俺はよく知っている。どんなに反抗的な奴でも空腹には勝てない、と。なにせ、俺の弟がそうだった。中学に入って盛大にグレ散らかした弟でさえ、夜遊びはするが必ず家には帰って来ていた。もちろん、食べ物にありつく為に。

 

「熱いから気を付けて食べろよ」

 

 シモンは「うるせぇ」と言う事なく、ソロソロと俺の手からパンを受け取った。

 

「焼きたてはやっぱ美味いなー」

「……はむ」

 

 うるせぇとは言ってこないが、返事もしない。俺は目の前で、痩せこけた体でリスのようにパンに噛り付くシモンを見つめながら隣でパンを頬張った。

 毎朝毎朝、俺は子供達の為にパンを焼く。それが、このシモンとの約束だ。

 

「シモン、今日の修行も頑張れよ」

「……うるへぇ」

「食ってる時に喋るなー」

 

 食べながらも必死に憎まれ口を叩いてくる、少しだけ色味が金に近付いてきたシモンの頭に俺はポンポンと手を乗せた。

 

「たくさん食えよ」

「……」

 

 このシモンを立派な勇者に育て上げる事。

 それが、勘違い勇者だった俺に出来る唯一の魔王への対抗手段だ。そうでなければ、これまで俺をチヤホヤしてくれていた周囲に顔向けが出来ない。

 

「シモン。もう一個食べるか?」

「でも……ソレは、他の皆の分だろうが」

 

 良いヤツーー!

 まだ自分も腹が減ってるのに、シモンはいつも他の子供達の事ばかりを考えている。これぞまさしく「ホンモノの勇者」だ。

 

「他の皆のもちゃんとある。お前は一番大きいんだから、一番たくさん食べていいんだよ」

 

 強くなる為にはまず、しっかり食べて体を作る事。これ以外にない。幸い、シモンは毎日盗みをしていたせいもあって、運動神経は良い。ただ、その運動神経を完全に発揮する為には、軸となる体を作り上げなければ。

 

「ほら」

 

 俺が温かいパンをもう一つ差し出すと、シモンは遠慮がちにそのパンを受け取った。やはり、育ち盛りの朝食がパン一つで足りるワケがない。

 

「今日の修行は『昼と夜も死ぬ程食う事』だ。おい、よく噛んで食えよー」

「……うるせぇ」

「あいあい」

 

 そう俺がシモンの口に付いたパンくずを取ってやると、勢いよく手を払いのけられた。それと同時に、教会の方から「ししょー」という、舌ったらずな子供達の声が、いくつも重なって聞こえてきた。匂いにつられて子供達が起きてきたようだ。

 

「じゃ、俺は皆にパンを配ってくるわ」

「……おう」

 

 シモンはフイと俺から顔を逸らすと、静かに二個目のパンへと噛り付いた。髪の毛の隙間から見える耳が、微かに赤い。

 どうやら、小さい子らに、自分が面倒を見て貰っているところを見られたくなかったらしい。俺にも覚えがある。あぁ、思春期だ。

 

「シモン、ほら。お前だけ特別。こっそり食えよ」

「……む」

 

 俺はシモンにだけ、もう一つパンを押し付けると、子供達に焼き立てのパンを配る為に立ち上がった。すると、その瞬間。視界の隅に映し出された数字に、俺は目を瞬かせた。

 

「え?」

「んだよ。やっぱり、パン返せってか」

「いや……」

 

 シモンが二つ目のパンを食べ終わった瞬間。シモンのステータス画面に変化が起こった。

 

——

名前:シモン  Lv:7

HP:415   MP:59

攻撃力:45  防御力:27

素早さ:32   幸運:6

——

 

「シモン」

「なんだよ。足りねぇなら、返すよ」

 

 まさか、食事を一カ月きちんと食べさせただけでレベルが上がるとは。俺は、おずおずとパンを返そうと差し出してくる痩せこけた少年相手に、やっぱりこの子は【勇者】なのだと悟った。俺はレベルを1上げるのに、そりゃあもう相当の数の戦闘を重ねてきたのだから。

 

「ははっ、シモン。たくさん食え!」

「むぐっ」

 

 俺は差し出されたパンをシモンの口に差し込むと、そのまま込み上げてくる笑いを隠さずに歩き出した。

 

「やっぱ、ホンモノは違ぇなーー!」

 

 明日からもっと多めに焼くか。