修行3:たくさん寝ろ

 

 

 うん、分かる。分かるよー。

 

「ねーねー!ぐるぐるしてー!」

「おはなししてー!」

「ししょー」

 

 夜になるとテンションが上がるよな。俺も子供の時は、夜絶対に寝たくなかったもんね。朝は驚くほど惰眠を貪りたいんだけど、何故だか夜は寝たくない。ホントに、共感はする。

 でもさぁ……。

 

「おーーら、もう寝るぞーー!」

 

 子供は早く寝ろっ!

 俺は教会の中を元気よく駆け回る子供達に向かって大声を上げると、教会の床に分厚い絨毯を隙間なく敷いていった。唯一の光源である蝋燭の火が破れたステンドグラスに反射し、俺の手元を薄暗く照らす。

 

「ほーら、お前らが暴れるから寝床がグシャグシャじゃねぇか。綺麗にするから『せーの』で皆一斉に飛べー」

「えー?せえの?」

「セーノってなあに?」

 

 出たよ。子供の「~ってなあに?」地獄。

 

「せーのの……意味、だと?」

 

 いや、知るかよ。考えた事もねぇわ。そして、これからも考える事は絶対ねぇわ!

 

「せーのは……せーのだ!」

「えー!」

「ししょー、おしえてよー!」

 

「ほら、せーのっ!」

 

 ……結局、誰も飛んでくれなかった。

 俺は子供達が絨毯に乗った状態のまま、力技で絨毯の寝床を整えていく。まったく、寝るだけなのに一苦労だ。

 

「えーっと、あと二枚か」

 

 子供達の人数分のベッドはさすがに用意する場所も金も足りなかったので、この絨毯が敷布団の代わりだ。でも一枚だと硬くて眠りにくいので三枚ずつ敷いていく。

 

「ししょー!グルグルしてー」

「あー!わたしも!ぐるぐるー」

「あいあい、布団を敷き終わったらなー」

 

 夜なのに太陽のような笑顔で絨毯の上をコロコロと転がりまわる小さな子供達は、皆シモンが面倒を見ていた孤児だ。その為、着ているモノは粗末だし、碌に食べ物にもありつけなかったせいで、四肢イコール骨みたいな状態である。

 

 まぁ、これでも二カ月近く毎日食べ物を与えた結果なので、最近は大分マシになってきた方だ。

 

「しよー!」

「んー、どうした?ヤコブ」

「しよー!」

「……はーい、師匠でーす」

「ふひゃははは!もっかい!もっかいー!」

 

 俺が適当にした返事に、男の子の一人が絨毯の上で腹を抱えて爆笑し始めた。この子の名前はヤコブ。子供達の中では一番幼いせいか「ししょう」が上手に言えない。

 

「しよー!もっかい!」

「はーい、師匠でーす」

「っっっっひぅ!」

 

 どういう爆笑だ。

 最初こそ俺も謎の大爆笑に戸惑っていたものの、もう慣れた。ヤコブは、俺が何を言っても爆笑してくる。笑いのツボが浅すぎて、しょっちゅう呼吸困難に陥っているので、たまに心配になるが、笑い過ぎて死んだ奴の話は聞いた事が無いので、まぁ放置している。

 

「よし、寝床出来上がり!はい、皆寝ろー」

「ししょー、ぐるぐるするって、ゆったー!」

「うそつきー!」

「あいあい、じゃあ一回だけなー」

 

 きゃー!と嬉しそうに俺の前に列をなす十一人の子供達。その子供達を、俺は一人一人抱え上げ、死ぬ程回転してやると、絨毯の隅にあるタオルケットの山に投げた。

 

「きゃははは!」

 

 これが、その名の通り「ぐるぐる」である。

 最初は俺も遊園地の乗り物っぽく「ローリングフライヤー」と名付けていたのだが、いつの間にか子供達に「ぐるぐる」と改名されていた。ローリングフライヤーの方が格好良いのに……。

 

「つぎ、わたしー!あっちに投げて―」

「あいあーい」

「ふわぁああ!」

 

 子供達はともかく寝る前の「ぐるぐる」が大好きだ。これは下に絨毯が敷いてある寝る前しか出来ないので、子供達にとっては貴重な遊びなのだろう。

 

「ほらよっ!」

「ひゃははっ!」

「しよー!」

「はーい、師匠でーす」

「ふっひゃひゃひゃ!」

 

 それにしても、たった二カ月で、よくもここまで懐いてくれたモノだ。俺が初めてこの教会に来た時なんかは、皆俺にビビリ過ぎて、中には漏らす奴まで居たというのに。今では、むしろ俺が皆のおもらしの世話をしている。

 

「はい、これで全員終わったなー?」

「しもんはー?」

 

 笑い終えたヤコブの声に、俺は「あぁ」と教会の中を見渡した。

 

「はい、最後。シモーン」

「は?」

 

 教会の礼拝席から肘を付いて此方を見ていたシモンに声をかける。

 

「お前もやってやるよ、ぐるぐる」

「いらねぇ」

「遠慮すんなよ、ほら」

「いいっつってんだろ!」

 

 しかし、シモンからは予想通りの反応が返ってきた。まぁ、そりゃあそうか。

 

「じゃあ、早く寝るぞ。シモン、お前も早くこっちに来い」

「俺は、後で寝る」

「シモン、俺との約束を忘れたのか」

「……ちょっと散歩してくる」

「は?おい、何言って……」

 

 言うや否や、シモンは教会から出て行ってしまった。夜の治安の悪さは昼間の比ではない。本当はすぐにでも連れ戻した方が良いのだろうが……。

 

「しもん、ねないってー」

「ししょーが、ぐるぐるするの忘れたからだよー」

「しよー、しもんにもぐるぐるして」

 

 まだ寝ていない子供達を放置するワケにはいかない。

 

「あー、やっぱりかぁ。シモンもぐるぐるして欲しかったんだなぁ」

「そーだよー」

「ぐるぐるたのしいもん」

「しよー、もっかいしてー」

 

 どさくさに紛れて、再び両手を上げてくる子供達をゴロゴロと絨毯の上に転がすと、頭からタオルを容赦なくかけてやった。

 ひとまず、コイツらを全員寝かしつけないと。

 

「はい、布団の中で俺が良いって言うまで目を瞑れー!誰が一番最後だー!」

 

 まぁ、シモンはレベル7もあるし、素早さも飛び抜けているので悪漢に襲われても、逃げる事は出来るだろう。

 俺は薄っすらと教会の中を照らしていたランプを指で消した。ともかく、明るいといつまで経っても寝やしない。

 

「まっくらなった!」

「こわいー!」

「よるになったー!」

 

 いや、ずっと夜だったんだけどね。

【ずっと夜なんですけど】とかいうユニット名で子守歌をリリースしてやろうか。はい、無理です。俺、音痴なんで。

 

「ふわぁあ!ねむいなー!じゃ、師匠はお先に寝まーす!じゃあねー!みんな、ばいばいーい」

「まってー!」

「一緒にねるー!」

「しよー、ぎゅってしてー」

「あいあい」

 

 そんな下手な小芝居を挟みつつ、俺はやっとの事で子供達を寝かしつけた。レベル30で、体力も他の連中よりかなりあると自負していた俺だが、やっぱり子供達の本気の遊びについていこうとするには、いくら体力があっても足りない。

 

「やば、ねむ」

 

 しかも、ピタリとくっついてくる子供達の体は、骨と皮ばかりにも関わらず、物凄く温かいときたもんだ。

 コレはやばい。なんか、俺まで眠くなってきた。

 

「……そうか、あったかいと眠くなるのか」

 

 良い事を知った。擦り寄ってくる子供の体温に、本気で寝落ちしそうになりながら、俺は必死に体を起こした。

 

「よし」

 

 さて、シモンを探しに行かないと。俺は体に抱き着いてくる子供達を起こさないよう、気配を消しながら動き出す。

 

「一応、鍵かけとくか」

 

 これは、外部からの侵入者を防ぐというより、子供達が外に出ないようにする為に、俺が突貫工事で付けたモノだ。もし、万が一誰か起きて俺が居ないからと外に出てきたら、それこそ危険極まりない。

 

「さーて、シモンはどこかなー」

 

 俺は手の中にある鍵を空中に投げると、なんとなーく十代の思春期の行きそうな場所に向かって歩き出した。

 

 

◇◆◇

 

 

 思春期の少年が夜にうろつく場所。

 俺の弟だったら、コンビニの前とかに居たんだろうけど、アレは一緒にたむろする友達が居て、しかも、金がある場合に限る。

 その両方が無いシモンが居るのは――。

 

「ほーら、シモン。帰るぞ」

「……なに付いて来てんだよ」

 

 路地裏だ。

 ただでさえ治安の悪いスラム街で、夜に子供が一人で路地裏に行くなんてもっての他なのだが。しかし、だからこそシモンはここに来る。思春期の悩める少年は、ともかく一人になりたいのだ。

 

「シモン、今日の修行サボる気か?」

「うるせぇな……寝る事が修行ってワケわかんねぇだろ」

「いや、ワケわかるだろ。寝る子は育つんだから」

 

 そう、俺がシモンにまず課している修行は、「たくさん食べる事」と「たくさん寝る事」だ。ともかく体を作らなければ、本格的な修行に体が付いて行かない。俺は、十三歳とは思えない程小さな体で丸くなるシモンの隣に、勢いよく座り込んだ。

 

「約束守れよ。俺はちゃんと守ってるだろ?」

「……分かってるけど」

 

 教会の子供達にもひもじい思いはさせていないし、立派とは言わないが寝床もきちんと準備している。教会も出来るだけ修理して、子供達が怪我しないようにしたし。まぁ、後半は俺が勝手にやっている事なのだが。

 

「なぁ、シモン。頼むよ」

「……そんな事言っても、眠くねぇし」

 

 だよなぁ。十三歳だしなぁ。教会で眠る子供達とはワケが違う。

 

「もうちょっとしたら、ちゃんと寝る。だから……帰れよ。お前、ただでさえ俺達の面倒見てるせいで、変に目立ってんのに」

「だから?」

「だからって……お前さぁ」

 

 俺の返しに、シモンは呆れたような顔で此方を見上げてくる。そして、チラと周囲を見渡すと、裏路地の奥から聞こえてくる男達のやかましい笑い声に目を細めた。

 

「この辺は、夜はマジでヤバイんだ。アイツらに見つかったら、お前みたいな奴、捕まって身ぐるみ剝がされるし……下手すると殺されるぞ」

「いや、俺強いから大丈夫だよ」

「……言ってろよ。金持ちのボンボンが」

「おーら、さっきからお前お前って。師匠だろうが」

 

 どうやら、俺はシモンから『どこぞの金持ちの道楽息子』と思われているようだった。有り余った金で貧しい子供に施しをする、自己満足の偽善者……とか最初の方はえらい言われようだったからな。

 

「師匠が思ってる程、世の中甘くねぇんだよ」

 

 シモンが膝を抱える腕に力を込めながらボソリと呟く。

 

「誰でも話せば分かって貰えると思ってたら痛い目みるぞ」

「まぁ、確かにな。話が通じない奴って、どこの世界にも居るわ。怖いよな」

「え?」

「シモン。話が通じない奴は、基本ヤバイ奴だから絶対に近寄るなよ」

 

 大学にも居たもん。全然話の通じない教授が。ゼミ合宿で、寝ずにリーマンショックの話を聞かされた夜の事を、俺は絶対に忘れない。

 「もう夜中の三時ですけど……」ってそれとなく言っても、「そうですね」て言って。止まる事なく明け方まで話し続けたからね。怖過ぎかよ。寝かせろし。せめて、好きな人の話で盛り上がろうぜ。

 

「それ、師匠が言う……?」

「へ?」

 

 完全に戸惑った表情で此方を見てくるシモンが、そのまま深く息を吐く。その横顔は、子供の癖に妙に大人っぽかった。

 

「まぁいいや。ともかく、目ぇ付けられる前に早く帰れよ。俺は何があっても逃げられるから」

「えぇ。一緒に帰ろうぜー。一緒に寝よ寝よ」

「だから眠くないんだって……頼むから帰ってくれよ」

 

 俺は、今シモンにどう思われているのだろう。多分、前よりは嫌われてはいない気はする。ただ、悪意は無くなったが、シモンはむしろ俺の事を『金持ちの世間知らずの甘ちゃん』だと思い始めているようでもあった。

 俺を見る目が、他の教会の子供達を見る時と同じ目をしている時がある。俺の方が六個も年上なのに。釈然としない。

 

「もう少ししたらちゃんと帰る。修行もする。約束も守るから……」

 

 言いたい事だけ言うと、シモンはジワリと体を避けて俺から体を逸らしてきた。そのせいで、隙間が空いて温かかった体と体の間にスルリと夜の空気が入り込む。

 どうやら、テコでも帰る気はないらしい。

 

「あ、そうだ」

 

 眠れないのは分かる。でも、この俺ですら、さっき子供達を寝かしつけるのに、一緒に寝落ちしかけたのだ。

 だったら、十三歳のシモンが眠れないワケがない。

 

「よいしょっ」

「っはぁ!?何だよ急に」

 

 俺はシモンの小さな体をグイと持ち上げると、そのまま俺の足の間にすっぽりと捻じ込んでやった。

 

「っは!?なんだよ、やめろ!」

「ぐるぐるは外じゃ出来ないからなぁ」

「離せっ、はなせっ!」

「ほらほら、暴れるな」

 

 腕の中で暴れる子獣を、俺は腕に力を込めギュッと抱き込む。これは先程「しよー、ぎゅってしてー」と、ヤコブに言われた時に学んだ技法だ。温かい、安心した状態の場所に居ると、人は眠くなる。それで周囲が暗かったら尚の事だ。

 

「ほら、シモン。修行なんだから少しくらい我慢しろ」

「っ」

 

 どう抵抗しようと、シモンのレベルじゃ俺の体から抜け出す事は出来ない。ついでに、シモンの体に回した手でポンポンと背中を叩いてやる。すると、抜け出すのは無理だと諦めたのか、シモンは次第に大人しくなっていった。

 

「……なぁ、お前さ」

「ん?」

 

 腕の中から静かな声が聞こえてくる。

 

「なんでお前は俺達の面倒なんか見てんだよ。そんなに、金持ちは暇なのか?親に命令でもされてんのか?」

「言っただろ?シモンが【ホンモノの勇者】だからだ。お前は強くなって、俺と魔王を倒しに行くの」

「……頼むから分かる言葉で説明してくれよ。これだから、金持ちは話通じねぇんだ」

 

 いや、正真正銘マジなんだけど。

 そして、俺自体は決して金持ちなんかではない。俺の懐の金は魔王討伐の必要経費という事で、毎月王様から頂戴しているモノだ。

 つまり、税金だ。国民の皆様、ありがとう!

 

「なぁ、何を企んでんだよ。貴族の出世の為の点数稼ぎにしちゃ、効率悪過ぎなんじゃないか」

「もー」

 

 どうやら、眠れなさ過ぎて「お話して」モードに入ったらしい。待って、むしろ俺が眠くなってきたんだけど。俺は腕の中でホカホカとした温もりを放つシモンに、瞼が重くなるのを感じた。

 

「俺、貴族じゃないし。てか、親とか居ないし」

「は?」

「俺、一人だし」

 

 まぁ、コッチの世界では、だけど。でも、多分向こうの世界の俺は死んでるから、どうせ戻れない。となると、まぁ別に間違いというワケではない。

 

 気付けば、それまで奥から聞こえてきた笑い声がピタリと止んでいた。

 

「なぁ、お前」

「おら、さっきからまた間違ってるぞ。……“師匠”だろうが」

「師匠……」

 

 腕の中からジッと此方を見上げてくる視線を感じる。

 ただ、そんなシモンに対し、俺は目を合わせる事をしなかった。月明りに仄かに照らされていた視界を、大量の影が阻む。次いで鼻孔を擽るアルコールの匂い。

 

 どうやら、「話の通じない奴ら」に見つかってしまったようだ。

 

「おい、お前。最近、ガキ共を面倒見てるって噂の道楽貴族じゃねぇか?」

「お前とは話してみたかったんだよ、コッチ来いよ。一緒に飲もうぜぇ。お前の奢りで」

 

「……俺、そんな良い奴じゃないんだけどなぁ」

 

 俺が使ってるお金、全部税金だし。

 突然ガラの悪い連中が、俺に話しかけてきた。それに続き、次々と俺に向かって下卑た声がかけられる。

 

「ウソ吐け。テメェが大量の金を毎度どっかから仕入れてきてんのはバレてんだよ」

「なんだよ、そんな金があるなら俺らにも恵んでくれよ」

「おらっ!殺されたくなけりゃ、さっさと金出せや!」

 

 ヤバイな。そうチラリと男達の脇にあるステータスに目を向けると、映し出された数字に、俺は思わず目を剥いた。

 

——

名前:ガリラ  Lv:1

クラス:ゴロツキ

——

 

「え?ガリラ、弱すぎでは?チュートリアルの人?」

「あ゛ぁっ!?んだとテメェっ!」

「あ、ごめ」

 

 ヤバ、思わず名指しでディスってしまった。

 そうそうそう!こういうのをとっさにやっちゃうから、相手の名前は見えない仕様であって欲しかったんだよ!マジで揉めるから!

 

 俺が取り囲む相手の弱さに茫然としていると、それまで大人しかったシモンがモゾモゾと暴れて顔を出してきた。

 

「ほら、だから言ったんだ!早く逃げろっ!」

「いやぁ……うーん」

「何悩んでんだよっ!早く立て!」

 

 シモンがめちゃくちゃ心配してくれている。良いヤツかよ。

 

「どうすっかなぁ」

 

 普通に倒しても良い。多分、秒で倒せるのだが、そういう「俺つえーー!」な感じで周囲を圧倒させる展開は、コッチに来てすぐにやり過ぎて、むしろもう嫌になってしまった。

 だって、嫌味とかじゃなくさ。弱い者イジめしてるみたいで精神的にクるんだよ。俺、そういうのあんまり好きじゃない。

 

「お?シモンも居たのか」

「チビ過ぎて気付かなかったわ」

「うるせぇっ!」

 

 すると、いつの間にか俺に向けられていた視線がシモンへと移っていた。さすがに、ずっとスラムで暮らしている者同士、顔見知りではあるらしい。

 

「いいよなぁ、ガキだからって金持ちに施して貰えて」

「っ!お前らに関係ねぇだろ!」

「っは、どうせテメェの事だ。ガキ好きの変態貴族にケツでも差し出したんだろ。お前、顔だけは母親に似て女みてぇだからなぁ?」

「っ!」

 

 俺の腹の中で、シモンの息を呑む声が聞こえた。

 

「っは、違げぇねぇな!どうだ、兄ちゃん!コイツの具合は良かったかよ!」

「お前もフツーの顔して、とんだ変態野郎ってワケだ!」

「……はぁっ」

 

 思わず溜息が漏れる。

 こういうネタで笑い取ろうとしてくる奴、大学の飲み会でも居たわ。全然面白くないし、マジで嫌いだったけど。

 

「ウザ」

 

 その瞬間、俺は手元にあった小石を掴むと男に向かって勢いよく投げていた。遠距離攻撃をする時の最大のポイントは、命中させたい箇所をしっかりと捕捉する事だ。

 

 今回の場合は、目。

 

「っあ゛ぁぁあっ!」

 

 気付けば、先程までシモンに下卑た笑みを浮かべていたガリラが、右目を抑えながら絶叫して地面に倒れた。その瞬間、男のHPパラメータが一気に減る。

 

——

名前:ガリラ  Lv:1

クラス:ゴロツキ

HP:2   MP:40

状態:気絶

——

 

 よし、ギリギリHPを「ゼロ」にせずに済んだ。

 この世界は、HPが「ゼロ」になると、そのまま死亡となる。いくらゴロツキでも、出会い頭に人殺しなんて、さすがの俺も御免だ。

 

「おいっ、テメェ何やってんだ!?変態貴族が!」

「ぶっ殺すぞ!このド変態野郎!」

「はぁっ?誰がド変態だ!?テメェらこそ、子供に気色わりぃ事言ってんじゃねぇよ!つーか、俺!子供になんか手ぇ出さねぇし!」

 

 マジで謝れ!俺に!

 俺は、地面に落ちていた小石をいくつか拾い上げると、その場から立ち上がった。

 

「し、師匠……?」

 

 すぐ脇からシモンの声が聞こえてくる。チラと視線を向けると、やはり心配そうな顔で此方を見ている。確かに、シモンは綺麗な顔立ちをしている。その上、髪の毛は伸びきっているせいで、女の子に見えない事もない。てか、結構ちゃんと女の子に見える。

 

 ……いや、何言ってんの。俺。

 

「シモンは立派な男の子だ!勇者なんだから!」

「っ!」

 

 シモンは驚いたように目を見開くと、俺は野暮ったい程伸びきったその髪の毛をグシャリと撫でた。

 

「シモン。明日、髪切ってやるよ」

「え?」

 

 髪が伸びっぱなしなのがいけないんだよ、まったく!

 

「シモン、ここで見てろ。師匠がちゃんと強い所を見せてやる」

「……で、でも。武器は?」

「そんなモン、拳と小石で充分だ!」

「はぁ!?アイツら全員ナイフ持ってるぞ!」

 

 剣は教会に置いてきた。片手剣とは言え重いし。邪魔だし。それに――。

 

「剣なんか使ったら殺しちゃいそうだし」

「……は?」

 

 久々に俺つえー系の主人公みたいな事言ってしまった。いや、待て。どっちかと言うと中二キャラみたいだったわ。うわ、ちょっと恥ずかしくなってきた!

 俺はジッと此方に向けられるシモンからの真っ直ぐな視線を振り払うかのように、体勢を低くした。

 

 相手は七人。全員レベル1。

 完全にチュートリアル戦闘過ぎて、自分に枷を付けた方が良さそうだ。

 

「……移動は三歩以内、っし!」

 

 片手に小石、片手に拳を握り込むと、次の瞬間、地面を勢いよく蹴り上げた。

 

 

◇◆◇

 

 

「あぁ、負けたわー」

 

 いや、これは語弊がある。戦いには勝ったさ。

 なにせ、俺は強い。魔王よりは弱いが、それ以外よりは全然強い。だから、レベル1のゴロツキ相手に負けるワケがない。ただ――。

 

「あーー、四歩動いちゃったーーー!」

 

 全員倒すのに、四歩動いてしまった。まぁ、別に良いけどさ。どうせ、何したってレベルはもう上がらないし。

 気が付けば、俺の回りには先程まで威勢よく騒ぎ立てていたゴロツキ達が全員地面に倒れ伏していた。

 

「えーっと、今回は……大丈夫みたいだな」

 

 俺は倒れている全員のステータス画面を見て、HPがゼロになっていない事だけを確認した。よし、全員生きてる。

 

「シモン、帰ろうか」

「……」

 

 立ち尽くすシモンに声をかけるが、シモンは茫然と此方を見つめたまま、何の返事もしない。ヤバ、怖がらせたかも。

 

「シ、シモン?」

「……」

 

 やはり返事はない。いや、コレは本気で俺にビビっているっぽい。だって、さっき調子に乗って「剣なんか使っちゃったら、皆殺ししちゃいそうだし」なんて、中二みたいな事を言ってしまったせいだ。

 マジで恥ずかしい。消したい過去過ぎる。ツラ過ぎ。なかった事にしよ!!!

 

「シモーン?帰ろうぜー!」

「……」

 

 俺は必死の笑顔で立ち尽くすシモンへと駆け寄るが、シモンは目を見開いたままウンともスンとも言わない。せっかく一カ月かけて距離を詰めて来たのに、ここで心に壁を作られたら修行どころではなくなってしまう。

 

「あっ、シモン。良い事思いついた。ほら、抱っこしてやるよ。抱っこして教会まで帰ろうな?な!?」

「っ!」

 

 保護者面を装ってはいるが、ここで逃げられたら困るので捕獲しておきたいだけだ。そうやって俺がシモンの軽い体をヒョイと持ち上げると、その瞬間、シモンの金色の目が零れ落ちん勢いで更に見開かれた。

 

「あ、ぁ……」

「大丈夫!俺、普通は暴力とかしないタイプだから!本来、虫も殺さないようなタイプなんで!だから、ほら……な!?あ、お菓子買ってやろっか!?」

 

 もう、一人大混乱祭りだ。一体何の「な!?」なのか自分でも分からない。しかし、お菓子による雑な御機嫌取りをした瞬間、シモンは予想外の反応を見せてきた。

 

「すっげーー!」

「へっ?」

「スゲェスゲェ!お前、なに!?なんで、そんなに強いんだ!?」

 

 今までは抱き上げたり、抱きしめたりすると「離せっ!」と思春期を爆発させてきたシモンが、キラキラと輝いた目で俺を見ていた。シモンの伸びきった長い髪の毛が、サラリと俺の顔にかかる。くすぐったい。

 

「しゅ、修行した、から?」

「修行したら、俺もあんな風になれんのか!?」

「な、なれる」

 

 興奮と高揚で真っ赤になったシモンの顔が、楽しそうに俺に尋ねてくる。シモンの余りの変化に、俺はただひたすら息を戸惑うしかなかった。

 

「本当に!?俺も師匠みたいになれる!?」

「っ!」

 

 う、うわーー!ナニコレ、急に素直になった!少年漫画の主人公みたいじゃん!

 キラキラと光る瞳が、俺を捕らえて放さない。そこには、反抗的な色や不信感などは欠片もなく、あるのは……純粋な“憧れ”だけだ。

 

「なれる!シモンなら、修行したら絶対に俺より強くなれるぞ!」

「やったーー!」

 

 やっぱりシモンは勇者だ。

それは、ステータスに基づいた純然たる事実でもあったが、それだけではない。シモンのその輝かんばかりの瞳は、誰が何と言おうと“主人公”だった。

 

「修行……師匠の言う事聞いてれば、それが修行になる!?強くなる!?」

「おう!強くなる!」

「師匠みたいに、格好良くなれる!?」

「なれるっ!」

 

 ピタリとくっ付いた互いの体がポカポカと熱を帯び始めた。熱い。すると、その瞬間。懐かしい声が耳の奥で響いた。

 

——–兄ちゃん、ゲームつえぇっ!すげー!かっけー!

 

 グレる前の……小学生の頃の弟の声だ。

 そうか、最初からこうしてれば良かったんだ。男の子は「強い」のが大好きなのだから。

 俺は鼻先が触れ合う程に顔を近付けてくるシモン相手に、苦笑しながら襟足の長い髪の毛に触れた。

 

「シモン。明日、髪切ってやるよ」

「強くなる為か!?」

「あぁ。明日から、いつもの修行の他に……強くなる修行もするから。髪が長いと邪魔になるからな」

「強くなる修行!?」

「おう、シモン用の木刀も買わなきゃな」

「っっっ!!」

 

 そうだよ。

 十三歳の男の子相手に「たくさん食え」とか「たくさん寝ろ」は余りにもつまらな過ぎた。そりゃあ、強い奴から「喧嘩のやり方を教えてもらう」方が、テンションが上がるに違いない。きっと、俺の弟もそうだったのだろう。

 

 「兄ちゃん」より強くて格好良いヤツを、外で見つけたに違いない。

 

「うん!」

 

 俺は、嬉しそうに頷くシモンの頭をそのままグイと俺の首元へと押しやると、背中をゆっくりと叩いてやった。

 

「ひとまず今日はもう寝ようぜ。体はデカい方が強くなれるから」

「わかった、師匠」

「目ぇ瞑れー。そんで、羊を数えろ」

「わかった、師匠。ひつじ居ねぇ!」

「あ、そうだね」

 

 驚くほど素直になり過ぎて、少し戸惑う。戸惑うけど、まぁ……普通に可愛い。

 

「じゃあ俺の心臓の音だけ聞いてな」

「わかった、師匠」

 

 トントントン。

 シモンが顔を上げられないのを良い事に、俺はわざと遠回りをして教会まで戻った。すると、どのタイミングだったかは分からない。いつの間にか、俺の腕の中から小さな寝息が聞こえ始めていた。

 

「……あったけぇなぁ」

 

 そう、シモンの体を支えながら、俺がポケットから教会の鍵を取り出そうとした時だ。ふと視界の端を掠めたシモンのステータス画面に、俺は目を剥いた。

 

——

名前:シモン  Lv:9

HP:497   MP:68

攻撃力:47  防御力:31

素早さ:34   幸運:7

——

 

「……マジか」

 

 一気に2レベルも上がっている。

 腕の中の温もりに視線を落とすと、そこにはまるで邪気のない安穏とした寝顔をうかべるシモンの姿が見えた。しかも、ステータスの変化はそれだけではなかった。

 

——–

クラス:熱心な見習い勇者

——–

 

「ぶはっ!クラスチェンジまでしてるっ!単純かよ!」

 

 寝る子は育つ。

 俺は人類の真理に辿り着くと、小さく笑って教会の鍵を片手で開けた。

 

 あーぁ。俺も眠い。