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「……っ!」
「起きたか」
ガクリ。
その瞬間、俺は頭の重みで首を微かに倒しかけた。どうやら、俺は寝てしまっていたらしい。しかし、目隠しをしているせいで目覚めても視界に光が入り込む事は無い。ただ、ブースの向こうから微かに笑い声が聞こえてきた。
「よく寝ていたな」
「……すみません」
「いい。仕事で疲れているんだろう。好きなだけ寝ていろ」
「……ありがとう、ございます」
地味に頭がボンヤリしているせいで、返事もボヤボヤしてしまっている。でも、これもいつもの事だ。最近は、もう朝から晩まで予約を取ってきたジルさんと、最初こそ色々と話したりもするのだが、最終的にはこうなる。
でも、これはジルさんからの提案だったのだ。「眠かったら寝るといい。ただ、手は離すな」と。ちょうど、本業の方が繁忙期だったので、それは非常に有難い提案だった。
「寝たか」
「……はい」
「起きてるじゃないか。寝ろ。最近、残業が続いているんだろう」
「はい」
むしろ、今や「寝ろ」と命令される始末。しかも、どうやらジルさんは俺が「副業」で「占い師」をしている事を知っているようだった。いや、待て。それは俺が自分で話したんじゃなかったか?
もう、ジルさんの前では「占い師」の仮面なんてとうの昔に外れてしまっている。
「寝ろ。お前は、働き過ぎだ」
「どうも」
ただ、こうしている間も、左手だけはずっとジルさんによって握りしめられている。
既に、日は暮れてしまっただろう。午後の部に入ってきっと四時間は優に過ぎている筈だ。ずっと握りしめられているせいで、左手は痺れるような熱で埋め尽くされている。
しかし、いくら「寝ろ」と言われても、さすがにもう寝れない。だって、ここからは、多分“アレ”が始まるから。
「っはぁ……いい」
手を繋いだ向こう側から、熱い溜息が漏れる。
俺の手に触れていたジルさんの骨ばった手がスルリと手の甲を滑った。熱い。そう思った瞬間、手の甲にあった彼の指が、俺の手首まで移動してきた。
「っぁぅ」
「手つなぎさん、寝たか?」
「あ、えっと……んっ」
その瞬間、それまで上から下に撫でていた指が、逆方向に撫でられる。思わず、声が漏れるのを止められなかった。背筋がビリビリする。ヒクと、背筋が反り返る。
「どうした、手つなぎさん?」
「な、んでもありません……っん」
楽しそうな声が、耳元で聞こえる。どうやら、顔が近くにあるらしい。今、ジルさんは一体どんな体勢なのだろうか。
しばらく手の甲から手首にかけて動き回っていたジルさんの指が、最後には俺の指と指に絡みついた。これは、恋人繋ぎというヤツではなかろうか。
「っぁ、ぅ」
「寝ないのか?手つなぎさん」
「……っぅん」
こんな事をされて、眠れるワケがない。
「っは……ン」
「気持ちいのか?手つなぎさん」
顔に熱が籠る。俺、今何やってるんだっけ。
占い?講釈?ディスカッション?
分からない。でも、一つだけ言える事がある。
「……は、い」
ジルさんの手が熱くて、そりゃあもう気持ち良いという事だ。
「もっと値段を、上げるといい。手つなぎさん」
「っぁ、っふぅ」
耳元で囁かれるジルさんの言葉を理解できないまま、俺は今日も朝から晩までジルさんに手を撫でられ続けた。
一日一万円のレンタル占いブース。
このブースで今や俺は「占い」をしていない。俺も、ジルさんも。ただ、お互いの手を握り合っているだけ。
「~~っぁ、っひぅ」
「……はぁっ」
俺の裏返った声と、ジルさんの熱い息がブース内に響く。
あれ、俺の副業って……本当に何だったっけ?