10:沖縄出張

 

 

 週末占い師、手つなぎさん。

 

 今はたった一人によって、毎週毎週朝から晩まで「何もせず」座っているだけの簡単なお仕事になってしまった。

 それなのに、副業収入はうなぎ登り。これは一体どういう事だ。

 

「予約枠、減らした方がいいかなぁ」

 

 どうせ、ジルさんしか予約してこないし。それだったら、無理に朝から晩まで稼働する必要もない。そう、思うのだが――!

 

「寝てても良いし。楽だし。……ジルさんも良い人だし」

 

 最近なんかは、お土産とか差し入れとかまでくれるようになったし。目隠しをしているので、何を買ってきているのかは分からないが、どれも凄く美味しい。手元が見えないせいで、うまく食べられない俺を見て、最近では食べさせてくれたりもする。うん、本当に良い人だ。

 

—–美味しいか?

 

「美味しかったなぁ……何食べたか分からないけど。また、食べたいなぁ」

 

 図々しいにも程がある。自分でもハッキリそう思う。

 それに、これでは一体どちらがサービスを提供しているか分からない。ちぐはぐだ。これは最強に歪んでいる。それでも、俺はジルさんの予約を断ったりしない。なにせ、そうなのだ。

 

「……手が、気持ち良いし」

 

—–もっと値段を上げろ。他の客が予約を入れられないように。いいな?

 

 最初は断った。

 そんな事をしなくとも、既に誰も予約を取ろうとはしていない。それなのに、ジルさんの置いてく金額は気付けば「三十分、一万五千円」になっていた。

 

—–あぁ、受け取れ。それでいい。満足だ。

 

 ジルさんの声が耳元で聞こえる。三十分、一万五千円。俺はただ手を繋いで喋ったり、寝たりしているだけなのに。彼は「満足だ」と言う。

 

「満足なのか?本当に?」

 

 そう言えば、本に書いてあった。

 

「サービスの価値は、相手の“欲求”の強さで決まる」

 

 という事は、ジルさんの俺に求める欲求の強さは、三十分、一万五千円の価値があるという事だ。だから、この関係は成り立っている。別に、おかしな事では――。

 

「いや、おかしいよ!」

「おい、三久地!」

「っえ?」

 

 同僚から掛けられた声に、俺は思わずハッとする。このパターン、最近のお決まりだ。俺はスケジュール帳を見直す。

 

「あれ?今日は何も会議は入ってな……」

「……課長が呼んでる」

 

 同僚からの、いつもとは違うパターンの声かけに、俺はデスクから顔を上げた。すると、奥のデスクから「三久地くーん、聞こえてるー?」と手を振る課長の姿が見えた。

 

「三久地。課長がずっとお前の事呼んでる」

「えっ、いつから?」

「“ずっと”だよ」

 

 苦笑と共に同僚の口から漏れた言葉に、俺は慌てて課長のデスクの前まで走った。走っている間中、ずっとメガネが揺れ動くせいでちょっと気持ち悪い。

 

「課長、すみませんっ!」

「いいよ。三久地くん。悪いけど、ちょっと一緒にミーティングルームに来てくれない?」

「え?」

「ちょっと話があるから」

「……は、はい」

 

 突然の別室への呼び出しに、俺が隣の席の同僚をチラリと見ると「ご愁傷様」と言わんばかりに苦笑いされた。わざわざ話をするのにミーティングルームを指定されるなんて、何か面倒な事になってきた気がする。

 

 何で分かるかって?

 

「三久地君。わざわざ仕事中にごめんねぇ。ちょっとお願いがあってね。新しいプロジェクトの事なんだけど」

 

 やっぱりか。

 今までもそうだった。新しいプロジェクト会議に参加の打診を食らう時は、いつもミーティングルームに連れて来られていた。

 

「あの、もう俺……プロジェクト六つも入ってて……だから、」

「あぁ、今までのヤツね。今週中に全部抜けていいよ」

「へ?」

「まぁ、抜けていいっていうか、抜けざるを得ないっていうか」

 

 課長からの提案に、俺は思わず耳を疑った。どういう事だろう。今から全部プロジェクトを抜ける?もしかして、それって。

 

「お、俺。お払い箱って事ですか?」

 

 そうかもしれない。数合わせで入れてはいたものの「やっぱアイツいらなくね?」って上に報告が行ったのかもしれない。戦力外通告だ。いや、もともと「戦力外」だったのだが。

 あぁ、肩を落とした拍子にメガネがとことんズレてきた。もう直す気力もない。

 

「いやいや、違うから!三久地君、勝手に落ち込まないで!むしろその逆!」

「逆? ……あの、どういう事ですか?」

 

 首を傾げる俺に、課長の口から予想外の言葉が飛び出してきた。

 

「キミ、沖縄プロジェクトの追加メンバーに選ばれたんだよ!」

「へ、え?」

「急で悪いんだけど、明後日から、沖縄へ行ってくれる?」

「お、沖縄……?何ソレ」

 

 驚き過ぎて思わず敬語がスッ飛んだ。

 明後日から沖縄?何故、沖縄?ていうか、何で俺が?

 

「あれ、沖縄プロジェクト知らない?大分前に回覧で回したけど」

「あ、えと……すみません」

 

 何か社内の広報誌で読んだかもしれない。

 でも、最近メガネがズレるし、なんなら度も合っていないせいで、本とか文字を追うのも億劫になってきたので、ちゃんと読んでいなかった。

 

 そんな俺に課長は「ちゃんと読んでね」と肩を竦めた。返す言葉もない。

 

「簡単に言うと。沖縄支部の立て直しプロジェクトだよ」

「はぁ」

「沖縄支部の営業成績が最高に悪くてねぇ。本部が激怒りして、すごーいテコ入れが入ってるの。その名も沖縄プロジェクト」

 

 そのまんま過ぎる。ていうか、沖縄。そんなに成績悪かったのか。凄い弾けてそうなのに。凄いノリも良さそうなのに。全部、勝手なイメージだけど。

 

「そんなワケで、沖縄支社は今、各地の優秀な人材が集められて……まぁ。言わば、個性の坩堝状態でね。お陰で、中の人間関係は今グッチャグチャみたいなのよ」

 

 各地の優秀な人材。だとすると、十中八九アルファの集まりだろう。確かに。なんだか、キャラが濃そうだ。

 

—–目的がハッキリしていて、手段も分かっている。だったら、「やる」か「やらない」か!そんな議論は無駄です!発言を慎んでください!

 

「っ!」

 

 その瞬間、俺はプロジェクトでよく耳にするアルファの言葉を思い出した。そう、アルファというのは優秀な人材だ。けれど、優秀が故に、よく周囲を置いて己の道を突っ走ってしまう。そうなると、プロジェクトは絶対に先に進まない。

 

「優秀な人間ってね、集めりゃそれで最高のチームワークが発揮出来るかっていうと、そうじゃないんだよ。必ず間に、中和する人間が要るから」

「まぁ、そうですね」

 

 課長が言わんとせん事は分かる。そういう場面を、俺は何度も見てきた。

 

「そこで、君に白羽の矢が立ったんだ」

「は?」

 

 どうして、そこで“俺”になるんだ。ワケが分からない。

 

「いやいや、なんでですか?俺、ベータですよ?……特に何も出来ませんけど!」

「だから言ったでしょ。今、沖縄に必要なのはスキルの高いアルファじゃない。君だよ」

「え、え?ちょっ、いや。よく分からないんですが……」

「大丈夫。出張中は一番良いホテルも取ってあげるし、定時で上がっていいし。当然、手当も付くよ。君が行けば、そんなに長い期間出張しなくていいとは思うから」

 

 ぺらぺらと課長の口から飛び出してくる“沖縄出張”の言葉に、俺は目の前がグルグルするのを感じた。どうしよう。こっちでの仕事とか色々残ってるし……!

 

「これは、君だからこそ頼める事なんだ」

「っ!」

 

 ニコリと笑う課長の視線が、俺の揺らぐ意思を押してくる。

 これは、課長の“いつものヤツ”だ。俺は、この課長の「キミだから」に踊らされて、六つもプロジェクトに参加する羽目になった。

 

 分かっている。こんなの、上司として“誰にでも”言っている筈だ。だから、こんな言葉「キミだからこそ」にイチイチ絆されていたら――。

 

「今の沖縄には……三久地君、君が必要だ」

「……わ、わかりました!」

 

 気付けば、俺は頷いていた。

 

「うんうん、よろしく頼むね?三久地君」

 

 そして、頷いた直後にハッとする。また、同じパターンで頷いてしまった、と。

 俺は、なんて扱いやすい部下なんだろう。そう、ズレたメガネのぼやける視界で、握り締めた拳を見た時だった。

 

「あ」

 

 いや、待てよ。

 

「占いの予約、どうしよう」

 

 ジルさんの予約の入っている土曜日。

 俺は既に沖縄に居る。