13:運命じゃないから、

 

◇◆◇

 

 

 午前十時。

 俺の予約した個室は、一見すると普通のアパートの一室だった。ただ、夜はバーになるタイプの部屋らしく、昼間はレンタルスペースとして貸し出している、と。うん、確かに中に入ってみると部屋の一室はバーになっている。その周囲にソファ席が二つ。

 

「上手い商売だなぁ」

 

 いわば、日中はこの部屋に「副業」をさせていると言う事だ。夜のバーカウンターが「本業」で、昼間がレンタルスペースとしての「副業」。今や、不動産も副業する時代というワケか。

 

 俺が感心しながらいつものように青いリボンで目隠しをしていると、アパートの入口が開く音がした。ここはアパートの一室とはいえ、レンタルスペースも兼ねている。入口はナンバーロックを解かなければ入れない。

 今日のこの部屋の解除番号を知っているのは、俺と――。

 

「こ……こんにちは、ジルさん」

「……」

 

 返事が無い。

 もしかして、怒っているのだろうか。

 それとも、確認したいのだろうか。

 

「こ、こんにちは。ジョーさん?」

 

 俺が、ちゃんと“気付いて”いるのか。

 

「……ほう」

 

 入ってきた相手から、少しだけ愉快そうな声が漏れた。

 そう、此処に居るのはジルさん。もとい、海外事業部のエース。ウォーレン・城……ジ、る?とりあえず、ジョーさんだ。とてもじゃないが、名前が長過ぎて覚えられない。俺はこの人のように頭が良くない。なにせ、鉄の凡人だから。

 

「さすがに気付いてくれたんですね。三久地先輩」

「ジョーさん。俺の事……気付いてたんですね」

 

 ソファ席に座る俺の元に、ジョーさんの気配がゆっくり近づいてくる。なんだろう。緊張する。背筋が、ゾワゾワする。

 

「普通は気付きます。あれほど毎日同じ会議で顔を合わせていたんですから」

「……でも、俺目隠ししてますし」

「いや、目隠しって。俺の事バカにしてますか?」

「あ、ごめんなさい。そんなつもりは……でも、他の人にはバレた事が無かったので」

 

 そう、そうなのだ。

 俺自身は、自分が目隠しした姿なんてもちろん見た事がない。だから、そういうモノだと思っていたのだが。

 

「それは……他の人が、三久地先輩が俺を意識していないからですよ」

「じゃあ、ジョーさんは俺の事を意識しているという事ですか?」

「……」

 

 その瞬間、押し黙ったジョーさんに、俺は自分で何を言っているんだと慌てた。同時に、ギシリとソファが軋み、すぐ隣に人の気配を感じる。顔が、熱い。

 

「あ、えと。俺、ふだん……メガネの、度が合ってなくて。あんまり、見えてなくて」

「メガネの度も何も、先輩は今も目隠ししてるじゃないですか」

「う゛」

 

 慌て過ぎて意味のない事を口走ってしまった。どうしよう、座っているだけなのに、息が上がる。

 クスクスと笑う声と共に、肩と肩が触れ合う。ごもっともだ。俺は目隠ししていようとしていなかろうと、見えていないのには変わらない。

 俺は見えていない筈なのに、思わずジョーさんから顔を逸らした。

 

「あの。ジョーさん、昨日もお疲れ様です。俺と違って、遅かったんでしょう」

「そうでもないです。二十三時まで事業計画を見直していた程度なので」

「……お疲れ様です」

 

 俺は定時に上がらせてもらったけど。まぁ、定時といっても今の沖縄支社の定時は二十一時みたいなモノだから、俺も決して早く上がれているワケではないが。

 

—–大丈夫。定時で上がれるようにしておくから。

 

 課長の言葉が頭を過る。

 まったく、帰ったら文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。まぁ、いつ本社に帰れるかなんて全然分からないけれど。

 

「俺は、疲れてなどいない」

「っ!」

 

 と、不意に俺の手にいつもの感触が走った。ゾクリと、背筋に甘く痺れるような感覚が走る。まだ触りたてのヒンヤリしたジョーさんの……いや、いつもの“ジル”の手だ。今までどのくらいの時間、互いにこうして手を握り続けて来ただろう。

 

 きっと、この短期間で俺の手繋ぎ記録は完全にジルさんに塗り替えられてしまった。

 

「俺は口が悪いですからね。自覚はあります。だから、反発も多く折り合いも悪い。ただ、それでも事実は伝えて改善せねばならない。発言には責任が伴う。言ったからには行動で示さねば、誰も付いて来てくれません」

「そ、尊敬します」

「……面倒だと思っていたんじゃないですか?」

「思ってません。ジョーさんの意見は、いつも正しかった。それに、いつも一生懸命だったから……」

 

 そう、だから俺はいつも「この人」の望む先に進められるように、少しだけど「声」を上げられるようにしていた。

 

—–やれない理由をグダグダ考えるな!やる為にはどうしたらいいか、それだけを考えろ!

 

 この人の言葉は凡人の俺に、いつも響いた。

 それは、俺にとって前向きになれる「自己啓発本」であり、背中を押してくれる「占い」みたいなモノで。なんか、元気になれた。だから、少しでも助けになればいいな、と思ったのだ。

 

「まぁ、今は波風立てた分は三久地先輩がどうにかフォローしてくれますからね。安心して波風を立てられる」

「俺は、フォローなんて何も……んっ」

 

 触れた掌同士が、ゆっくりと絡み合う。指を絡ませ、俺の手の甲を撫でる。そう、この手だ。俺はこの手で、この人を思い出した。

 

「してる。貴方は誰に対しても、どんな場にあっても……その場の不協和音を取り除く。目立たないが、素晴らしい才能だ」

「……あ、の。俺、そんな大層な事は」

「している。俺が、そう感じている。俺には、貴方が必要だ」

「はぁ、ぁ……ッひ」

「それと、先程の俺が三久地先輩を意識しているのか、という質問ですが――」

 

 息が、上がる。なんで、アルファの彼に、俺はこんな事を言って貰えているのだろう。俺を褒めても、何も無いのに。

 指が絡み合う。冷たかった筈の彼の掌は、もう焼けるように熱かった。

 

「とても、意識している」

「っ!」

「俺は、貴方との時間には金に糸目を付けない。“運命”を作るのに、金でどうにかなるなど容易いものだ」

 

 それまで手の甲を撫でていた彼の親指が、掌に入り込んで来た。ジョーさんの綺麗に切りそろえられた爪が、優しく俺の掌を這いまわる。もう、ダメだ。ゾクゾクする。

 

「~~ッんぅ」

「どうしました?三久地先輩」

 

 楽しそうな声が鼓膜を揺らす。城さんの熱い吐息と共に、耳たぶに息がかかる。耳が熱い。手も、そして体も、全部熱い。

 

「あの、ジョーさ……」

「ジルでいい。家族や親しい者は、俺をそう呼ぶ。俺も貴方の事はいつも通り呼ばせて貰う」

 

 手つなぎさん。

 そう甘い声で、名前でも何でもないその呼び名に、俺は頭の中がぼんやりするのを感じた。

 

「今日の分の金は、そこに置いてある」

「っは、っぁ。いや、二万円は……冗談で」

「なぁ、手つなぎさん。俺に冗談は通じない。分かっているだろう。」

 

 あぁ、こうなる事は、分かっていた。だって、たった三カ月で、俺はこの人から二百万円近くの金を貰ってしまった。

 その金を、俺は使う事なく別の口座で管理していく。そして、増えていく数字に……俺は悦を覚えた。

 

「三十分、二万円。俺にとっては、安い」

「……やすい?」

「ええ、安いです」

 

 数字の数だけ、俺は「この人」に求められているのだ、と。

 数字は、嘘を吐かないと本に書いてあったが、まさにその通りだ。「愛してるよ」というより、よっぽど伝わる。

 

 理由は分からないが、ジルさんは俺に心底惚れているらしい。

 

「もっと、値段を上げても構わない。他に予約が入らないように」

「も、誰も。予約なんか、とりません、よ……」

 

 ずっと、手を握っていたせいだろうか。昔、何かの本で読んだ。接触が多いと、それだけで「好き」になってしまう確率が高くなる、と。確かに、そうかもしれない。

 

「今は……ジルさんだけ」

「……どうだかな。貴方は、俺の事なんてどうでも良いんだ。分かってる」

 

 どこか拗ねたような声が耳元で響く。もうジルさんの唇は、ずっと前から俺の耳たぶに触れていた。時折、湿った舌が俺の耳に触れる。

 分かる。ジルさんも、俺も。もう限界だ。

 

「っくそ、運命を、自分で作るというのは。こんなに……難しいモノなのか」

「っはぁ、は。う……あ、のジルさん」

「……なんだ」

 

 俺は、この人が好きだ。

 お菓子とか、お喋りの時間とか。手を繋いで眠ったりとか。そういうの、全部楽しかった。コレがずっと続けばいいなぁって。だからこそ、仕事が忙しくなっても、ジルさんからの予約は受け続けた。

 

「俺、す……好きです」

「っ!」

「俺の事が、好きだと……必要だと、言ってくれる貴方の事が」

 

 好きです。

 続けざまに放たれる俺の言葉に、ジルさんの息を呑む声が聞こえる。心なしか、呼吸が早くなった気がする。はぁはぁと、興奮を孕んだ吐息が俺にも伝播する。ただ、頭の中がジンと痺れるような感覚の端で、俺は冷静に思う。

 

 きっと、俺は、これから凄く最悪な事を言うのだろうな、と。

 

——それじゃあ、幸せにもなれないだろうが。

——運命を、自分で作るというのは。こんなに……難しいモノなのか。

 

 “運命”を幸せの定義にしていた、夢見る坊やの彼に。“運命”なんか存在しない、凡人たちの恋愛を。

 俺は、ハッキリと伝えていいのだろうか。いや、伝えておかなければならない。

 

「あぁっ、手つなぎさん……!俺は、貴方を……絶対に幸せに、」

 

 俺と手を繋いでいない、もう片方の手が俺の頬に触れる。そして、肌を滑るように俺の目隠しに触れようとした時だった。

 

「でも、それは決して“貴方”だからではない」

「っな、に?」

 

 自分の口から漏れた声が、妙に冷めて聞こえた。次いで、ヒュッと早かった呼吸音の乱れる音。それでも俺は続ける。

 

「俺は、別の人に同じような事をされたら、多分同じように好きになる」

「え……?」

「俺は、同じように俺を必要としてくれるなら“ジルさん”でなくても構わない」

「そん、な」

 

 俺は自分のスタイルを崩さない。

 俺の占いはこうだ。目隠しをして、手を繋いで。そして――。

 

「だから、ジルさんも俺に縛られなくていい。だって、俺は貴方の“運命”じゃないから。俺は、貴方を縛らない。永遠を俺と誓わなくていい。幸福を約束しなくていい」

「っ!」

 

 相手の望む事は、最後に言う。

 

「……いいのか?そんな、不誠実で」

 

 震える声が俺の鼓膜を震わせる。しかし、それはどこかホッとしたような声だった。

 

「ジル、君は真面目過ぎる。こんなの、全然不誠実じゃないよ。ベータの普通の恋愛は、こんなモンだ」

「これが、ふつう?」

「うん、普通」

「……そうか。すごいな」

 

 それは、まるで子供が新しい発見をするみたいな、そんな無邪気な反応だった。

 あぁ、まったく。この人は本当に不器用で、真面目過ぎる。だからこそ、会議の時も背中を押したくなったのだ。

 

「ジル。仕事もあるんだ。恋愛なんて、気楽にやろうよ。セックスして、気持ち良くなって。苦しくなったら離れればいい。お互い、別の相手なんていくらでも居る」

「……っは」

 

 顔は見えなかったけど、とても“可愛い”と思ったから。

 

「っはは!……そうだ。仕事もある。うん。良いね、こういうの」

 

 あぁ、やっぱり可愛い。

 俺はジルの頬に指を這わせると、そのまま静かに口付けをした。触れるだけのヤツ。触れてすぐに離れようとすると、離れるのが嫌だとばかりにジルが俺の唇に吸い付いてきた。

 

「っん゛っ……っふぅっ」

「っは、っぅん」

 

 重ねた指が、更に深く絡まる。同時に、口内でジルの舌が俺の歯列を舐め上げた。舌の先端が互いの粘膜を絡めとる。見えていないせいか、口内の感覚が酷く鋭敏に感じる。気持ちが良い。こんな気持ち、久しぶりだ。

 

「っはぁ、はぁっ……っん。くる、し……」

「まだ、足りない」

 

 一旦離れた唇が、湿ったジルの言葉と共に再び重ねられ、舌をしゃぶられた。

 こんな余裕のないキス、久しぶりだ。まるで、思春期のようなキスの勢いに、思わず笑ってしまいそうになる。

 

 まぁ、笑う余裕なんて欠片も無かったが。

 

「っふ、ぁっ……んっ……はぁ、はぁっ」

「はぁ……」

 

 そうやって、しばらく唇を重ねていた俺達だが、やっとの事でジルの唇が離れていく。同時に、腰を強く抱かれた。密着した下半身は互いに固く反応し合っていた。腰がジンと疼いて、密かに下は濡れそぼっている。

 キスをしただけなのに、これではどちらが思春期か分かったモノではない。

 

「っは、っぁ……っく」

 

 苦し気なジルの声が、俺の下半身に響く。また濡れる。同時に、繋がれた手にギリと力が籠った。

 痛いほど握りしめられる左手に、俺は手探りをしながら右手でジルの下半身へと触れた。

 

「んっ、っぁ」

「はぁ……ジル、待ってて」

 

 見えないせいで、ズボンの上から隆起するジルのモノへと無意味に触れてしまう。いや、ちょっとだけわざと。俺の手がジルの欲に触れる度に、耳元で聞こえる苦し気な声が、更に俺を高めてくれる。

 

「……あった」

 

 ジ、と。ファスナーを下ろす。ゆっくり。早く、と主張するジルのモノを押しやり、撫でつけながら。もう少し待ってと、宥める。

 

「あつ……」

「っはぁ、っく……早く。たのむ」

 

 仕事の時とはまるで異なる、弱弱しい懇願に、俺はジルの耳元で「可愛い」と呟いた。その瞬間、ジルの体がブルリと震えた。その可愛い反応に背中を押され、下着から熱いペニスを取り出す。

 

「元気だな……会議の時のジルみたい」

「……はぁ、も。いいかげんに、してくれ。頭がおかしくなる」

 

 揶揄うように言ってやれば、余裕の一切無くなった声で唸るように返される。少し、意地悪をし過ぎたようだ。

 

「ごめん。待ってて」

「っっく……うっ」

 

 俺は、熱く隆起するジルのペニスに触れた。

 その瞬間、耳元で息を呑むジルの声がする。クチュクチュと、粘り気を帯びた水音が、ジルの熱い吐息と共に俺の耳を甘く痺れさせた。

 

「ジル……気持ちいい?」

「っぅはぁ、っぁぁっ!」

「かわい」

 

 既に先走りの溢れるペニスは、指の滑りもよく、ただ、俺の想像していたよりも随分と大きく感じた。目隠しをしているので目視で確認が出来ないが、だからこそ掌でハッキリと感じる。上を向くペニスは、くっきりとエラが張り、指の先に感じる幹には、とぐろを巻くように浮き上がる血管の筋を感じる。

 

 ジルは可愛いけど、コッチは全然可愛くな……。

 

「ううん。一生懸命で、かわいい。ジルみたい」

「かわいい、かわいいと……さっきからっ……っくぅっ」

「……っはぁ、コレ。すごく。あつい」

 

 俺の手で上下に扱くと、それに合わせてジルのペニスが大きくしなる。

 

「っはぁ、っぅ……手つなぎ、さん」

「はい」

「手、では……足りない」

「どうしたい?」

「あなたの、ナカに……入り、たいっ」

 

 耳元に聞こえるジルの縋るような声が、鼓膜を伝い俺の脳を揺らす。その瞬間、俺の頭の中が蕩けた。

 

「うん、いいよ」

 

 俺は繋がれた手を握りしめ、ジルの耳元に口を寄せて言う。すると、その瞬間、俺の体は勢いよくソファに押し倒されていた。

 

「っはぁ……っはぁ、っくそ」

「じる……おれ、オメガじゃ、ないから……だから」

「分かっているッ!」

 

 余裕が無いのだろう。俺の言葉に会議の時の、激しいジルが顔を覗かせた。俺はオメガや女の子と違って、アルファの雄を受け入れるようには出来ていない。だから、俺に挿れるなら、それなりに前準備が必要となる。

 

「はぁっ、っくそ」

 

 ジルがゴソゴソと自分のズレたズボンのポケットから何かを取り出そうとしているのが分かる。あぁ、隣に座った時から、ずっと当たっていた。

 

「ローションなんか、準備して……ジルはいやらしいね」

「っぐ……何ごとに、おい、ても準備は、ひつよう、だと思って」

「えらい」

 

 少しだけ気まずさの増した声に、再び「可愛い」と呟いていた。そして、その言葉と共に俺は、繋がれていた手を自分の口元へと近付けた。

 

「んっ、っちゅ……んぁ、んっ」

「……手つなぎさ、んっ」

「っぁん、つめも、ちゃんと、きって……えらい」

 

 俺の指の間で痛い程握りしめられるジルの指先を、俺は一本ずつペロペロと舐めてみる。うん、どの指も少しも爪が伸びていない。昨日の夜、ジルが此処に来るために一人で“俺の為”に準備したのだと思うと、堪らない気持ちになる。

 

 通帳の数字よりも、ハッキリと「求められている」と感じて、腹の底がジクリと疼いた気がした。

 

「ジル、コレ。いらないよ」

「え?」

「俺も、……準備は要ると思ったから」

 

 言いながら片手だけで、ゆっくりとズボンを下ろす。俺のもしっかりと反応しているせいで下ろし辛い。

 

「ん、っぁは……じる、手伝って」

「……っ!」

 

 俺が甘えたように告げると、ジルは繋いでいた手を乱暴に離した。そして、あれよあれよという間に、俺の下半身は靴下だけを残しジルによって剥ぎ取られる。もちろん、目隠しをしたまま。なんともまぁ、マニアックな格好なのだろう。

 

「っん!っぁ……ンっ」

 

 そして、先程まで俺が舐めていたであろう指が、性急に穴に指を這わせた。その瞬間、ヒクリと腰が反り返る。ゆっくりとジルの指が皺を伸ばすように入口を攻め、俺のナカへと押し込まれ食い込んでいく。

 

「あ゛っ、……っっふっぁ」

「っはは、すごいっ!」

 

 ジルの歓喜に満ちた声が聞こえてくる。グリグリと、何かを探すように這い回るジルの指を、俺のナカに納めていたローションが更にナカへと誘い込もうとする。ズボンの中を、ずっと濡らしていた正体はコレだ。

 

 もう、朝からずっとグチャグチャで、気持ち悪かったけど。ちゃんと準備してきて、正解だった。

 

「っぁ、っひっぁ……じるっ、じる…ぁっ、あっ!」

「手つなぎさんっ、アナタって人は……どうしてこうっ!最高なんだ!堪らないっ!」

「~~っん゛、ん、ん。っあ、っひぅ……ん゛っふぅ」

「こんなに勃起させて、そんな甘い声をあげて……!俺を受け入れる為に、こんなにナカを濡らして……それなのにっ!」

「っぁぁ、っひ……っぁんっ!」

 

 ジルが互いのペニスを重ね合わせ、早急に上下に扱く。

 

「貴方は俺の“運命”じゃないっ!」

 

 歓喜に満ちた声が、部屋中に響いた。

 同時に、焼けるように熱いジルの剛直が俺のペニスと抱き合わされ、敏感な裏筋同士が擦り合わせられる。ぐちゅぐちゅと俺の先走りも合わせた激しい水音が、耳の奥まで犯す。

 

「こんな冷静で、意識のハッキリしたセックスは初めてだっ!ちゃんと、貴方を可愛いと思える余裕があるっ!どうしてやろうかと、楽しめる意識があるっ!あぁぁっ!いいねっ、コレ!なんか、いいっ!」

「ぁっ、あっ、っぁ!それ、いいっ!っごりごり、あたるの……いいっ!」

 

 楽しそうな声に比例するかのように、ナカとペニスを弄る手が更に激しさを増す。

 ボコボコと血管の浮いたジルのペニスが、俺のエラを引っ掻くように擦るのが堪らなく気持ち良い。その、久しぶりに感じる背筋を突き抜けるような快楽に、俺は無意識に腰を振りたくった。

 

「っぁ、あ゛ッ……っひ、っぁん!」

 

 ナカにあるジルの指を、奥まで導いてキュンと食い尽くす。だけど、本能的に思う。これじゃ、足りない、と。

 

「もっ、ジル……挿れてっ。ほし」

「なぁ、どれくらい挿れて欲しい?」

「っん、ぇ?」

「手つなぎさんは、俺にどのくらいナカに入って来て欲しいと思ってる?」

 

 どれくらいって、なんだ。さっきまで自分も早く挿れたがっていた癖に。

 俺がお願いする側になった途端、強気になるジルに、なんだか笑いが込み上げてくる。まったく、子供みたいに。

 

 何だろう、「たくさん」とでも答えたら良いのだろうか。

 

「っはぁ、っん……っぅ……じる」

「早く……言ってくださいよ。言ったら、すぐに挿れてあげるから」

 

 何が挿れてあげる、だ。自分だって早く俺のナカに入りたいだけだろう。

 そう、なにせ先程から俺のペニスには、俺以上にガチガチに勃起したジルのペニスがくっつけられている。ジルだって、もう限界なのだ。

 

「どれくらい、俺が欲しい?なぁ、手つなぎさん?ふふ、ふふっ」

 

 でも、ジルはこんな子供みたいなやりとりすら新鮮で楽しそうだ。もしかすると、番とのセックスでは、こんな事はやれなかったのかもしれない。だから、言葉攻めも。こんなに下手くそ。

 

「じる……」

「ん?」

 

 目隠しの上から、ジルの唇の触れる感触を感じる。あぁ、もう可愛いな。この人は。

 

「ジルの、ぜんぶ。奥まで……欲しい」

「っ!」

 

 どのくらい欲しい。の問いの答え。それを気持ちではなく、ジルの勃起したペニスの量で答えた。

 欲しい。俺はコレが。奥まで。

 

「ぜんぶ、ください」

 

 その瞬間、目の前に光が見えた。

 

「~~~っひ、ぁ、っぁぁあッ!!」

 

 自分の口から、凄まじい嬌声が上がる。気付けば、俺の秘孔には指ではない、太くて熱いモノがブチ込まれていた。同時に、そのまま激しい抜き差しが繰り返される。

 

「っはぁっ!キツっ」

「も、イ、いっちゃっ。いっ、っひっぅぅ」

 

 挿入された途端、先程までジルと共に高められていた俺のペニスから、ピュッと精液が飛び散るのを感じた。硬く太いモノが、みっちりと穴を塞ぐ感覚に、下腹部から凄まじい圧迫感を得る。

 

「ああっ!好きなだけイくといい。まだ……っ。予約の時間はいくらでもあるっ!」

「っひ、いっ……いまぁっ、いま、イったっぁ!まっれ、じる……とまってっ」

「ふふっ、いやだ!」

 

 もう、新しい玩具を手に入れた子供のように楽しそうな声が、耳元で響く。激しい律動とともに、狭いソファにあったクッションから頭がずり落ちてきた。

 

「っはぁ、いい。……これっ、クセになるっ。狭くて、きつい。ぐちゃぐちゃの結合部から泡立ってるのも、ちゃんと見えるっ。貴方の下腹部が、俺のペニスで押されてるのも……よく、見える」

「っはぁ、っはぁ……ん゛っぁあぁっ!」

「この……いやらしい声も、ちゃんと聞こえる」

 

 激しく腰を振りながら、ジルが俺の下腹部を撫でで、その舌が俺の耳の中を犯すように舐めた。グチュグチュという結合部からのいやらしい水音と、耳元を這いまわるジルの舌の奏でる音が、頭をジンと痺れさせる。

 

「っはぁ、っはぁ……んぅっ」

 

 肩で息をする俺に、ジルの唇が呼吸の自由すら奪った。イったばかりで敏感な体を、ジルの舌が口内を蹂躙する。唇を貪り合いながら、微かに唇が離れた瞬間。俺はジルを呼んだ。

 

「っん、ぁじる。じる……あの」

「な、んだ?」

 

 激しい律動のせいでいつの間にかズレていた目隠しの隙間から、キラキラのジルの髪の毛と、穏やかなその瞳が見えた。あぁ、あれだけ口では興奮していた癖に。この人はずっとこんな穏やかな顔で、俺を抱いていたのか。

 

「手、つないで」

 

 俺は上手く力の入らない左手を必死に持ち上げると、ジルの目の前へと手を差し出した。すると、それまで腰を振っていたジルの動きがピタリと止まる。

 

「……あぁ、そうだな」

 

 その言葉と共に、ジルの手が俺の手にピタリと重なった。指を絡め、隙間なく握りしめられるお互いの手は、汗が滲み互いの境が分からなくなってしまいそうだ。あぁ、これだ。ここ三カ月。ずっと繋ぎ続けていた手。

 

 なんか、ホッとする。

 

「さぁ、手つなぎさん。俺達は、運命じゃない。だから、これから互いに嫌になるまで……気楽に、よろしく頼む」

 

 ズレていた目隠しが、サラリとソファの下に落ちる。ぼやける世界の中、眩しい光と共に見えた金色の美しい男は、そりゃあもう穏やかな笑顔で笑っていた。

 

「ん。よろしく、おねが。します……」

 

 あぁ、ジルってこんなに綺麗な顔してたんだ。