3:職業:社畜店長

 

 

◇◆◇

 

 

 他人に期待するな。

 理由は簡単だ。他人は絶対に自分の思い通りには動いてくれないからである。いや、マジでな!?

 

『テンチョー、こないだ入ったバイト君。今日も来てないっすよー』

『は?また?』

 

 その教訓を骨身に沁みて得たのは、勇者パーティを追放された時ではない。それよりも、もっと前。俺が、このゴリッゴリのファンタジー世界で弓使いとしての人生を歩み始める前の話だ。

 

『ハイ、またっす。面接の時は良い子が入ったって喜んでたのに。残念っすね』

『……あー、もう』

 

 その当時、俺は前世でサラリーマンをしていた。いや、もっと細かく言うなら、大手ディスカウントストアのチェーン店で雇われ店長をしていた。

 最初に店長を任された時、俺はまだ二十三歳。新卒で入社したと思ったら、半年後には店長として、たった一人で現場に放り込まれていた。鬼か!?

 

 お陰で、そこから俺の人生は順調にすさんでいった。あぁ、そりゃあもう見事に社畜街道まっしぐらだ。

 

『俺、もう上がりの時間なんすけど。上がっていっすか?レジ、今人足りてないっすけど』

 

 既にエプロンを脱ぎ、帰る気満々の大学生バイト君に、俺が言える言葉は一つしかない。

 

『あぁ、分かった。俺が入るよ。お疲れさん』

『お疲れっしたー』

 

 人が足りなきゃ俺(店長)が入るしかない。そんなんだから、俺には休みなんてほとんどなかった。連勤に次ぐ連勤。正直、前回いつ休んだかなんて欠片も思い出せない。

 

『ちょっと店長!なんで、私ばっかり一番レジなんですか?不公平です』

『え、そうかな?』

『はぁ?私、前も言いましたよね?覚えてないんですか』

『……ごめん。次から回数も数えるようにするから』

 

 うちの店は、近所に学校が多かったせいか、そのほとんどが学生バイトで占められていた。まだ二十代半ばだった俺にとって、あの我の強い学生達をまとめ上げるのは並大抵の事ではなかった。

 ……というか、全くまとめきれていなかった。

 

『つーか、店長。マジでうざくない?いっつも可愛い子のシフトだけ優遇してさ』

『ありえないよねぇ。もしかして、狙ってんじゃない』

『あー、それはあるかも。でも、店長じゃ無理でしょ。冴えなさ過ぎ。アレとは絶対付き合えないわ』

『わかるー!』

 

 いや、ふざけんな!俺だって高校生は恋愛対象外だわ!

 と、このように俺は学生バイトの面々に完全にナメられ……いや、嫌われていた。他人に嫌われるのは正直辛かったが、二年、三年と店長職を続けていく中で悟った。

 

 もうコレは仕方ないんだ。管理職は、嫌われるのも仕事のうちだ、と。

 

『……あ゛ー、疲れた』

 

 休みもほとんどなく、若い学生たちからは裏でバカにされる日々。ゴリゴリ削り取られる神経。けど、社会人だしこれが普通だと思っていた。「働く」ってそういうモンだって。食っていく為には金が要る。金を稼ぐ為には働かなきゃならない。だから、働いて得る「給料」は、嫌な事への「我慢」の対価だ。

 

 そう、思って我慢していたある日の事だ。

 

『へぇ、【ソードクエスト】。新作が出るのか』

 

 店に来た新商品のリストをチェックしながら、俺は懐かしい名前に目を剥いた。

 うちの店は、食料品だけでなく、家電や玩具も扱うディスカウントストアだ。だから、ゲームも有名タイトルであれば入荷するようになっている。そのおかげで、学生時代によく遊んだゲームの名前に、久しぶりに遭遇する事になった。

 

『……懐かしい。学生ん時は、スゲェやってたよな』

 

 けど、今じゃ全然だ。一応、対応ハードは持っているが、休みなく出勤続きの俺に、今更ゲームなんてする余裕は欠片も無い。買ったハードもゲームも今ではホコリをかぶっている。

 

『楽しかったなぁ、あの頃は』

 

 好きな事だけやって。好きなヤツらとつるんで。でも、今じゃ誰とも連絡を取っていない。

 そう、俺が商品リストから目を逸らそうとした時だ。新商品の情報と共に、店舗用に配布されたソードクエストのポスターに、息が止まるかと思った。

 

【あの頃「仲間」から勇気を貰った、かつての子供たちよ。今こそ、自分の人生を取り戻す時がきた】

 

『……う、わ』

 

 ポスターに書かれたキャッチコピーに、驚くほどシビれてしまった。

 

『今こそ、自分の人生を取り戻す時がきた』

 

 店長職に就いて、今年で四年。俺も二十七歳になっていた。

 ソードクエストは、日本で最も売れているゲームシリーズで、歴史も古い。という事は、購入対象者の年齢層も上がっているのは火を見るよりも明らかだ。なにせ、子供の頃遊んでいた俺が、既に大人になっているのだから。

 

『予約するかぁ?』

 

 疲労とストレスで鈍っていた好奇心が、妙に騒いだ。こんなキャッチコピーを考えるなんて、製作スタッフはやり手にも程がある。

 

『こんなん言われたら、無理にでも時間作って遊びたくなるだろうが』

 

 調べてみたら、どうやらこれまでになかった新しいシステムも導入されるらしい。しかも、二つも!

 

『ヤバ!これは絶対やってみたいっ!』

 

 ゲーム雑誌なんかを買ったりして、久々に日常の中で「楽しみ」だと思える事が出来た。発売日まではまだ三カ月近くあるが、大人にとっての三カ月なんて光の速さと同じだ。

 

『シフト、調整できるように頑張んないと!』

 

 こうして、俺は【ソードクエスト】の最新作を予約した。

 予想通り、労働に勤しむ大人の三カ月間は、時空転移でも起こしたのかと錯覚するほど、あっという間に過ぎていった。

 そして、迎えたソードクエスト最新作の発売日当日――!

 

『……っは、ぅ』

『テンチョー。またバイト君、来てませ………え?大丈夫っすか?』

『だい、じょうぶ』

 

 俺は人生で最高に絶不調を極めていた。

 

『っはぁ、っはぁ』

 

 その日は、休みにしていたはずだった。でも、受験前もあってバイトの大幅な離脱、直前ブッチされるシフト。その全ての穴を、いつも通り俺の身一つで埋めていた。そのせいで、三カ月前から希望を入れていた休みは、無常にも消え去っていた。

 

 あれ、俺。今、何連勤目だっけ?

 

『顔色悪いっすけど……あの、俺予定あるんで上がってもいいっすか?』

 

 頭痛やら、めまいやら、動悸やら。

 朦朧とする意識の中、やっぱり俺はその時もいつも通りに頷いていた。

 

『……あぁ。おつかれ、さん』

 

 それは、一体誰に向けた言葉だったのか。

 一つだけ言えているのは、この店で一番疲れているのは〝俺〟だという事だ。あぁ、そうさ。これは誰がなんと言おうと譲れない!

 

 なにせ、この時の俺は朦朧として覚えていなかったが、既にこの時点で三カ月間、働きっぱなしだったのだから。つまり、ゲームを予約した日から、俺は一日も休めていなかったのだ!

 

『レジ……入ら、ねぇと』

 

 そうして、誰も居なくなったロッカールームで、立ち上がろうとした瞬間。俺の体はとうとう限界を迎えてしまった。

 

『っぁ、れ?』

 

 気付けば、俺は床に盛大に倒れ込んでいた。足に力が入らない。ただ、倒れた割には、体の感覚は異様に鈍く、床に打ち付けた体も痛みを感じない。

 

『……ぁ、ぅ。げーむ、かえって、やんなきゃ』

 

 帰ったら久々に【ソードクエスト】をするんだ。新しく導入されたシステムだって試してみたいし。それだけを楽しみに今日まで頑張ってきたのだから。

 

【今こそ、自分の人生を取り戻す時がきた】

 あのシビれるほど格好良いと思ったキャッチコピーが脳裏を過った。

 

『……っは、っぅ』

 

 意識が遠のく。

 眠いワケでもないのに、視界が四方から真っ黒く塗りつぶされるような感覚に、俺は抗う事が出来なかった。そして、真っ暗になった意識の片隅で、最後にハッキリと理解した。

 

 あ、俺。今、死んだって。

 

 こうして、哀れな社畜の俺は過労死の末、三カ月前から予約していたゲームの発売日に命を落としたのであった。

 

 

 え。俺、カワイソ過ぎじゃね?