4:「矢」は経費で落とせません!いや、落とせよ!?

 

 

◇◆◇

 

 

「あーぁ。あんなに働いて、バカみたいだったなぁ。俺」

 

 モンスターに刺さった矢を引き抜きながら、俺はグチグチと不満を漏らした。そうして、矢じりの先に付いたモンスターの血肉を麻布でふき取っていく。

 

「よしよし、これはまだ使えるな」

 

 まぁ、今更過去を悔やんでも仕方がない。なんの因果か、今はこうして心待ちにしていた【ソードクエスト】の世界に居るのだから、ある意味ゲームを満喫しているとも言える。

 しかし、まさかプレイヤーとしてではなく、登場人物として存在する事になるとは欠片も思わなかったが。

 

「しかも、勇者の幼馴染役の弓使いとして、魔王討伐パーティに入る事になるなんてなぁ」

 

 俺は矢の回収をしながら、過去の自分に思いを馳せた。

 

 リチャードから弓使いの指名を受けた直後は「弓使いってカッケー!最高!」と、そりゃあもうはしゃいでいたモノだ。今や懐かしい限りである。あの頃の自分は、まだこの世界に……いや、「仲間」に希望を抱いていた。

 

「あーー、これは。どうしよ……。うん、ギリまだ使えるだろ!」

 

 モンスターから引き抜いた矢尻に微かな錆が見える。が!まぁ、あと一、二回は使えるだろう。というか、勿体ないから絶対に使う。使ってみせる!

 

「あー、コッチのはもう限界かな」

 

 そうやってモンスターから抜き取った矢を、矢筒へと仕舞ったり、その場に捨てたりしていく。あぁ、何度やっても、この作業は面倒だ。

 

「にしても、まさか弓使いの矢が、ガチで消耗品だなんて思わなかったわ」

 

 いや、まぁ普通に考えたら当たり前なのだろうが……でも、ソレをゲームで適応してくるとは思わないだろうが。ゲームの世界なんだし、弓使いの弓は、無限に沸いて出るモンだと思っていたのだが、実際はそうでは無かった。

 

 そう、弓使いの「矢」は消耗品で、しかもその全てが、弓使いの〝個人負担〟だったのである。

 

「いやいやいやっ!そんなんありえねぇから、矢は完全に経費だろうがっ!」

 

 戦闘の報酬は、全員にある程度均等に振り分けられるようにはなってはいたものの、俺だけは、その報酬のほとんどが「矢」の購入へと消えた。しかも、一回の戦闘における矢の消耗具合は半端なく、買っても買ってもすぐに無くなってしまう。

 お陰で、皆が宿屋の美味そうな朝食を食っている中、俺は一人だけパン屋で廃棄寸前になっていたカチカチのパンを食べていた。

 

 完全にセルフブラック状態である。

 いや、さすがの俺も、あまりの不公平さと空腹具合に、リチャードに対し相談しに行ったさ!

 

「あのさ、矢ってパーティの経費で落とせない?」と。

 

 しかし、それを言った直後のリチャードの顔ときたら!「はぁ?」と、あのイケメンの顔をこれでもかと歪ませて、取りつく島もなく一蹴されてしまった。

 

——–他のメンバーも自分の装備品は自分で管理してんのに、なんでお前の矢だけ特別扱いしなきゃならない?

 

「そうだけどもっっ!どう考えても他の奴らと俺の矢じゃ、消耗具合が違うだろうがっ!」

 

 しかも、リチャードのヤツ!

 わざわざコッソリ伝えたにも関わらず、改めて皆の前で言いふらしてきやがった!まさに、パーティを追い出された時と似たような状況だ!そのせいで、しばらく俺はパーティ内で守銭奴のような扱いを受けるし。

 だったら仕方ないと、今度は戦闘後に使った矢を回収しようとしたら……。

 

——–何やってんだよ、テル。はぁ、矢の回収?おい、パーティの足を、いちいちお前の矢の回収で遅らせる気か?

 

 挙句の果てには、こうも言われた。

 

——–テル。お前、ちょっと自己中心的過ぎるぞ。

 

「自己中心的じゃねぇぇぇっ!ムカつくぅっ、あのクソガキ勇者がっ!」

 

 勇者という血筋と、整った顔立ちのせいで、幼い頃からチヤホヤされて育ってきたせいか、アイツにはリーダーとしての器は欠片も無かった。

 

——–おいっ、テル!矢の節約ばっかしてないで、ちゃんと後方支援しろ!仲間の命がかかってるんだぞ!

 

「やってるっつーの!お前が周りを確認せずに敵に突っ込むからっ!俺が他の敵をヤってたんだろうがっ!?」

 

 毎度の如く、リチャードが好き勝手に敵に突っ込むせいで、戦闘においても前衛としての役割を全く果たさない。前衛が居なきゃ、魔法使いは詠唱出来ないし、パーティの要であるヒーラーも危険な目に合うというのに!

 

「リーダーならもっと全体を見てくれ……。じゃなきゃ、マジで仲間が死ぬぞ」

 

 そんなワケで、毎度の如くリチャードが好きなように動き回るモンだから、後衛の俺はいつも必死にパーティ内の動きを観察しながら立ち回るしかなかった。前衛の動きを見つつ、敵の数を把握し、緊急性のある敵から順に倒していく。もちろん、フィールド上を好き勝手に動き回るリチャードに当たらないように、極限まで集中力を高めて。

 

「あれ、マジで疲れんだかんな……」

 

 たまに、ワザと当ててやろうかと思う時もあった。でも、俺は我慢したさ!いくら体は十八歳とは言え、中身は完全に大人なワケだ。それに、ガキの頃から面倒を見てきたせいか、地味に我が子みたいな感覚もあった。

 だから俺は、どんなにムカつく事を言われても、学生バイト達に陰口を叩かれていたのと同じように、軽く受け流すようにしていた。

 

 それなのに!

 リチャードからとんでもない事を言われるようになった。

 

——–お前さ、討伐数稼ぎの為に体力減らした敵から弓で狙ってんだろ?前衛の俺は、お前を守る為に必死に前で戦ってんのに。テル、お前って本当に自己中心的だよな。

 

「どっちが自己中だよ!?そりゃお前だろうがっ!」

 

 ただ、こういうのは実際にどちらが正しいとかそういうのは関係がない。チーム内の雰囲気を作っているのがどちらかによって、事実は容易に捻じ曲がる。リーダーであるリチャードが、俺に対して「討伐数稼ぎの自己中野郎」と言い始めてから、元々良くなかった俺への周囲の扱いが、どんどん悪くなっていった。

 

——–討伐数で自分だけ冒険者ランクを上げようとするとか、ほんとテルって卑怯だよな。

——–なんで、後衛の貴方が怪我なんかするの?緊張感が足りないんじゃない。

 

——–なぁ、テル。お前のせいでパーティの雰囲気が悪くなってるって、気付いてるか?

 

「向こうでも、コッチでも……俺一人で我慢して。バカみてぇ」

 

 現代で店長として学生バイトをまとめきれなかった俺に、十八歳の幼くも我の強い勇者一行をまとめるなんて無理だったのだ。

 

「つーか、そもそも。なんで、俺がまとめようとしてんだよ。俺のバーカ」

 

 せっかくゲームの世界に新しい姿で転生してきたのに。結局、俺はまたしても同じ轍を踏んでしまったのだ。