「あぁぁっ、もう!矢の残りも少ないってのに!」
俺は素早く弓を構えると、周囲を取り囲むモンスターの数と位置を確認した。
空中に三体、そして地上に六……いや。
「八体って……多すぎだろ!」
念のため背中の矢の数を確認するが、これまでの戦闘のせいで使える矢は全部で五本しか残っていない。この数では逃げるのも難しい。
「クソっ、どうしろってんだよ!」
しかし、悩んでいる暇はない。ともかく、動きながら考えるしかないのだ。
俺は、地上の敵から距離を取りつつ、空中の敵から狙いを定めた。ただし、ターゲットにばかりも集中していられない。
地上のモンスターの位置取りや動きを同時に把握しつつ、浅い呼吸の合間に弓を三本連続で打ち込む。
「ふーーっ」
結果は見なくとも分かる。というか、仕留め切れていなかったらそれで終わりだ。もちろん、この俺が!
直後、空中に居た敵が、地面に落ちる音が聞こえた。
「っはぁ。っよし!あとは……地上の敵だけか」
とは言っても、それがあと八体も居るのだが。
「っはぁ、っはぁ……はぁっ」
汗が額から流れ落ちてくるのを感じた。一瞬、敵が霞んで見えた。矢を放ちながら、フィールド上の全方位に気を張り続けるというのは、かなり神経を摩耗するのだ。
これは、感覚的に二十連勤を超えたあたりの疲労と似ているかもしれない。正直、今日は連戦に次ぐ連戦で、シンドくて仕方がない。
「きっつ」
ただ、そうも言ってはいられない。なにせ、まだ敵は残っているのだから。
「矢は……残り、二本か」
コイツらを全滅させる方法は、敵に打ち込んだ矢を回収しつつ、残り一体まで数を減らすしかない。そうすれば、最後は俺のナイフでもどうにか倒せる。
「だったら、まずは矢を回収しないと」
手持ちの矢が少ない今の状態は、あまりにも危険だ。俺はフィールド上の敵を確認しつつ、矢の回収に向かうため勢いよく地面を蹴った。
「よしっ、まずは一本回収して……」
そう、俺が敵の死体から矢を抜こうとした時だった。
「ちょっ!抜けねっ」
ちょうど骨に引っかかっているのか、思ったように矢が抜けない。
そして、こういう一瞬の行動の遅れが、戦闘の中では文字通り「命取り」になる。特に、仲間の居ない「ソロ」での戦闘とならば尚の事。
グルルルルゥッ!
「っ!」
気付けば、数体のモンスターが俺の眼前まで迫ってきていた。高鳴る心臓の音が、妙に存在感を持って体中に響き渡る。
あ、終わった。
本日三度目となる、死の覚悟。
しかし、今回もその覚悟はアッサリと覆えされる事になる。
「っぅ!」
「っへ!?」
いつの間にか、壁のような大きな背中が視界を覆っていた。同時に、モンスターの唸り声が一枚の壁を隔てた向こう側から聞こえてくる。
「お、お前……!」
「あ、あの。だ、いじょうぶ?」
こちらを振り返る事なく、たどたどしく口にされる言葉。
「いや、それはこっちのセリフなんだが!」
「え?」
「え?じゃねぇし!ちょっ、お前大丈夫!?」
俺を敵から守るように立ちはだかった戦士は、腕や体を複数のモンスターから一斉に攻撃を浴びていた。
「ど、どうしたらいい?」
「……いや、どうしたらいいって」
ただ、相手の言葉を聞く限り、まったくダメージは通っていないようだ。鎧も盾もボロボロなクセに、ともかく頑丈なヤツだ。多分、俺だったらひとたまりもなかっただろうに。
「はは。なんか……スゲェな」
その、あまりにもぶっ飛んだ状況に、俺は戦闘中にも関わらず笑ってしまっていた。
敵と自分の間に一枚の壁が出来た。たったそれだけの事で、これまでにない程の〝安心感〟を覚えてしまっていたのだ。
「なぁ、お前さ。俺のこと……守れるか?」
「守れる」
これまでにないほどハッキリと口にされたその言葉に、俺はそれまで引き抜けなかった矢を、一気にモンスターの死骸から引き抜いた。そして、戦士の背後からすぐに弓を構える。
「よし、じゃあ、俺が敵を倒すから。ともかくお前は俺を敵の攻撃から守ってくれ!」
「ん」
短い返事を聞いた瞬間、こちらに走ってくる敵に向かって矢を射た。もちろん、それは敵の急所を一気に貫く。
「っし!」
あぁ、いいっ!
ターゲットにだけ意識を集中出来るって最高にラクだ。俺は滾るような高揚感を腹の奥底から感じつつ、矢を回収しながら次々に残りの敵へと矢を撃ち込んでいった。
戦士の方を見ると、俺の動きに合わせて敵を引き付けてくれている。その動きが絶妙で、俺は思わず笑みが漏れた。
「当たらなくてもどうにかなるって思えるの、いいな」
もし攻撃を外しても、アイツが俺を敵の攻撃から守ってくれる。そう思うと、肩の力が抜けた。
「……これは、外す気がしねぇわ」
その瞬間。俺は、まだ名前すら知らないあの戦士に、完全に自分の命を預けきっていた。
「よしっ、あと一体!」
とうとう残り一体となった敵を前に、俺は腰の短剣に手をかけようとした。しかし、ふと、思ってしまった。
「おいっ!お前、その最後のヤツ!さっきみたいに盾で倒せるかっ!?」
そういえば、コイツ。剣は持っていなかったけど、あの盾一つでドラゴンの頭を叩き割ったのだ。こんな雑魚モンスターくらいなら、きっと一撃でいけるんじゃないか。
そう思って軽く口にした言葉だった。すると、次の瞬間。
ゴンッッ!
「は?」
激しい殴打音と共に、グチャッという嫌な音が俺の鼓膜を揺らしていた。
そして、戦士から一言。
「たおせた」
「……そ、そうみたいだな」
ボソリと呟かれたその言葉通り、最後の一体は戦士の盾によってモンスターの体は見事にぺしゃんこに潰されていた。詳細に表現するとグロいのでこれ以上は言及を避けるが、周囲にムワリとした血の匂いを漂わせるほど、その死体は酷い有様だった。
「マジかー」
盾って、ガチで攻撃も出来るんだ。そんな事を思っていると、戦士が甲冑をカチャカチャと鳴らしながら、俺の方へと駆け寄ってきた。
その姿は、モンスターの凄まじい返り血を浴び、酷く禍々しい見た目の割に、どこか無邪気な子供のようだった。