7:盾は武器に含まれますか?

 

 

「は……?」

 

 

 なんと、俺の目の前には盾で脳天をブチ抜かれ、グッタリと横たわるドラゴンの姿があった。そのすぐ脇には、あの全身甲冑の戦士の姿がある。どうやら、持っていた盾をそのままドラゴンの頭に叩き込んだらしい。

 

「え、え?そういう使い方、ありなの……?」

 

 まさか、剣を持っていない理由は盾で攻撃するからなのか?

 そう、俺がドラゴンの頭の上で悠然と立つ戦士に目を奪われていると、あまりにも前に出過ぎたせいか体勢を一気に崩してしまった。

 

「うおっ、ちょっ!」

 

 気付いた時には、俺の体を支える足場は無くなっていた。樹々の緑が目前で一瞬輝き、下腹部に一気にゾワリとした嫌な感覚が走る。

 

「っう、わぁぁぁっ!」

 

 あぁ、もう。せっかくドラゴンを倒したのに、木から落ちて死ぬなんて犬死に以下じゃねぇか!と、迫りくる大地にギュッと目を瞑った時だった。

 

「ぐへっ!」

 

 俺の体は激しい衝撃と共に、未知の固さにその身を包まれていた。一瞬、あまりの固さに地面かと思った。しかし、地面にしては思いのほか衝撃が少なく、それどころか微かな温もりすら感じる。

 

「あ、れ?」

 

 顔を上げると、そこにはサラサラと風に揺れる木々を背に、こちらを覗き込んでくるくすんだ銀色の甲冑を身に付けた戦士の姿があった。

 どうやら俺は、あの戦士に助けられたらしい。

 

「……」

「……」

 

 あまりも理解し難い状況に、俺も戦士もただ黙って顔を見合わせていた。と言っても、戦士の頭は兜に覆われているせいで、その顔はほとんど見えない。ただ、甲冑に開いた小さな隙間から、静かに輝く金色の光が見える。

 

「すげぇ……」

 

 その、あまりの存在感のある瞳に俺が釘付けになっていると、ふと、片隅に戦士の鎧が目に入った。その甲冑は深い傷跡やヘコみが広がっており、一部はドラゴンの炎のせいだろう。焼けただれている箇所すら見受けられた。

 

 そういえば、コイツはたった一人であのドラゴンの攻撃を受け続けていたのだ。

 

「おいっ、お前!大丈夫か!?怪我してないかっ」

 

 冷静に考えれば、助けて貰った直後の俺が何を言っているんだという感じだが、その時の俺は本気だった。でも、その問いかけは、どうやら正解だったらしい。

 

「……こわかった」

「っ!」

 

 それまで堂々としていると思われた相手から、驚くほどか細い声が漏れてきた。

 気付けば、戦士の腕はカタカタと震え、抱きかかえられていた俺の体は、むしろギュッと幼子に抱きつかれているような状態になっていた。

 

 そして、思う。

 

「そっか、怖かったか」

 

 そりゃあ、あんなドラゴンを一人で相手にして怖かっただろうな、と。

 

 俺は急に頼りなく見え始めた相手に、なんだかバイト初日の学生を相手にしているような気分になった。

 あぁ、そうそう。初日の子ってだいたいこんな感じなんだわ。何していいか分からずに、ともかく必死に動いて、バイトが終わった頃にはクタクタになってる感じ。

 そんな懐かしい感覚に、俺は〝あの頃〟の口癖がポロリと口を吐いて出るのを止められなかった。

 

「お疲れさん」

「っ!」

 

 俺の言葉に、ひゅっと息を呑む声が耳を突いた。次いで、兜の中から微かに鼻をすする声が続く。

 

「よしよし、よく倒してくれたよ。お陰で助かった」

「~~っぅ、っぅ」

「あと、受け止めてくれてありがとな」

「~~っぁぁ」

 

 頑張ったヤツは、ちゃんと褒めてやらないと。

 その後、俺はしばらくの間、全身甲冑の戦士に抱きしめられながら、むせび泣く相手の腕を鎧越しに撫で続けてやったのであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 で、どうしてこうなった?

 

「……っはぁ、っはぁ」

 

 俺はこのダンジョンに来た時同様、あの盾を亀のように背負いながら出口に向かってひたすら歩いていた。

 相変わらず死ぬほど重い。でも、これは仕方がない。そういうモンだ。けれど、俺は背中の盾が重くてモヤついているワケではない。俺を唸らせている状況、ソレは――。

 

 カシャ、カシャ。

 

 チラリと後ろを振り返ると、そこにはドラゴンを倒した全身甲冑のデカい戦士の姿があった。ボロボロの鎧をカチャカチャと鳴らし、ずっと俺の後ろを付いて来る。

 

 え、なんでついて来てんの?

 

「……よいしょ」

 

 もしかしたら、単純に同時に出口に向かって歩いているだけかもしれない。そう思った俺は、背負っていた盾を地面に下ろし一息つく事にした。

 さぁ、お先にどうぞ!そんな気持ちで、体を道の脇へと寄せる。すると、戦士はそのまま俺の傍らで立ち止まると、何も言わずジッとこちらを見下ろしてきた。

 

「あー、えっと」

「……」

 

 えーー、なになに!なんで一緒に立ち止まるのかな!?なんで、めちゃくちゃコッチを見下ろしてくるかな!?なんで何も言わないかな!?

 俺、なんか気に障る事でもしたかな!?

 

「ん?」

「……」

 

 隣に立つ戦士を引き攣った笑顔で見上げてみるが、兜のせいでその表情は全く読み取れない。しかも、やはりというかなんというか。戦士の体はとても大きかった。身長は、軽く二メートルは越えているだろう。そんな、デカイ全身甲冑に見下ろされる感覚ときたら……。

 

 普通に怖いわ!

 

「えっと、君。大きいね」

「……ん」

「な、何センチ?」

 

 俺の問いに、戦士はコテリと首を傾げた。どうやら自分の身長を把握していないらしい。

 

「まぁ、そっか。大人になって身長って測らないもんな」

「……」

 

 じゃないっ!

 え、なになに。マジでなに!?

 あの後、きちんとドラゴンから取れたアイテムは二人で均等に……いや、ほとんどはこの戦士に渡してやった。なにせ、実際にドラゴンと長い間対峙して攻撃に耐え続け、しかも最終的に留めを刺したのだって向こうなのだから。

 

 これで俺も攻撃してやったんだからと、均等に二分するのはあんまりにも都合が良すぎるというモノだろう。だから、ちゃんと道義的に考えた配分を提案し、コイツもハッキリ頷いてくれたのだが……。

 

「あ、の」

「っな、なに!どうした?」

 

 すると、それまでただジッとこちらを見下ろしていた戦士の方から、俺に声をかけてきた。

 なんだ、なんだ!言いたい事があるならハッキリ言ってくれ!

 

「も、とうか?」

「は?」

「そ、それ」

 

 たどたどしくも、ズシリと低い声で尋ねられる。兜で視線がどこを向いているのかハッキリとしないせいで、一瞬「なにを?」と尋ねかけた。ただ、ゆるゆるとした動作で示された指の先には、俺の抱える大きな盾があった。

 

「お、重そうだから」

「あ、いや。これは……っ!」

 

 いいよ、と言いかけた所で周囲から肌を刺すような強い殺気を感じた。どうやら、またモンスターに遭遇してしまったらしい。

 

 あぁ、クソ。今日はとんだ厄日だ!