10:弓使いの荷物持ち

 

 

「セイフ、お前怪我は?」

「っ!」

 

 俺はその場から立ち上がると、セイフの元へと向かった。兜の隙間から、金色の目が驚いたようにこちらを窺っている。

 

「お前、ドラゴンの炎をまともに受けてただろ。怪我してんなら言え」

「あ、いや……えっと」

「ヒーラーが居ない以上、どんな怪我も悪化するとヤバイ。俺達みたいなソロは傷も不調もこまめに薬で回復するしかないんだからな」

 

 そう、俺がセイフの前に膝をつきながら言うと、セイフは激しくその頭を横に振った。

 

「だっ、だいじょうぶ!へ、へーき!」

「本当か?お前みたいなタイプは、ぶっ倒れるまで何も言わないからな……前のパーティではどうだったか知らないけど、不調がある時は言え。短い間とは言え、一緒に行動してるんだから、遠慮すんなよ」

 

 そういえば、あのデカイバイトの子も、熱があっても無理やりバイトに来てたし。そういうのは無理して来なくていいって言っても、あの子は絶対にシフトに穴を空けようとはしなかった。仮病で休むヤツとの差が激し過ぎて、俺はともかく扱いの差に苦慮したものだ。

 

「……短い、あいだ」

「ん、どうした?」

「短い、あいだって、ど、どれくらい?」

 

 すると、それまでブンブンと首を横に振っていたセイフがピタリとその動きを止め、ジッと俺の事を見下ろしてきた。

 

「どれくらいって……そりゃ、近くの街で一緒にアイテムを売りさばくまでだろ。二人で報酬を山分けにしないといけないし」

「っそ、それは……すこし、過ぎる!」

「うおっ!」

 

 すると、それまで出来るだけ小さく縮こまっていたセイフが、勢いよく俺に向かって身を乗り出してきた。

 

「い、いや。少し過ぎるっつっても」

 

 セイフの勢いに押され、俺が尻もちをつきながら答えると、兜の中にある金色の瞳がきらりと瞬いた。

 

「……あ、あの。も、もうすこし、ながくは?」

「セイフ、まさかお前……」

 

 兜の中から、微かに荒い息が漏れ聞こえてくる。

 何故だろう。全身甲冑に覆われているせいで、顔も表情も、肌の一部さえも見えないのに、俺は今セイフがどんな状態か手に取るように分かった。きっと今、セイフは顔を真っ赤にして、不安そうな目でこちらを見ているに違いない。

 

「俺と一緒に行きたいのか?」

「……ぁ、う」

 

 俺の問いかけに、セイフが震えるような微かな動きで頭を縦に振った。鎧がカチャリと音を立てて、まるでセイフの代わりに「うん」と言っているようだった。

 

「あー、そっか」

 

 何がどうセイフの琴線に触れたかは分からないが、どうやら俺はセイフに気に入られてしまったらしい。

 

「んーーー。それは、まぁ。うん」

 

 ただ、正直言ってソロの気楽さに慣れてしまった今は、誰かとパーティを組む気にはなれない。それに、俺の事だ。どうせ、組んだら組んだで口うるさいと思われて嫌われるのがオチだろう。

 

 そう、俺がどうやって断ろうかと、セイフから視線を逸らした時だった。

 

「お、俺は……た、盾しか、つかえない、けど」

「へっ?」

「テルを、ま、守れるっ」

 

 セイフが突然勢いを増して俺ににじり寄ってきた。

 しかも、その勢いは留まる事を知らないようで、気付けば俺は地面に横たわっていた。今や、セイフに押し倒されて身動きが一切取れない。

 

「いや、えっと……セイフは、行きたい場所とか、目的地はな」

「ない」

「……そっか」

 

 畳みかけるようにハッキリと口にされた言葉に、俺は静かに息を吐いた。なんでこんなにセイフが俺を気に入ってくれたかは分からないが、こういうのはなんだか久しぶりな気がした。

 

「……わかったよ。それなら、聖王都まで一緒に行くか?」

「っ!」

 

 人に好いてもらえるなんて。ほんと、いつぶりだろう。

 俺はジッと兜越しにこちらを見下ろしてくるセイフに尋ねると、セイフのにじり寄ってくる勢いが少しだけ緩んだ。

 

「聖、王都?」

「うん。俺さ、あのクソデカイ盾を売りに行く所だったんだ」

 

 俺が視線だけで盾を指し示すと、セイフも俺にならって頭を動かした。カチャリと鎧が擦れる音がする。

 

「あれ、重いんだよ。聖王都まで持ってくれるか?」

「う、うん!」

「ついでだし、戦闘でも使っていいから。どうせ、今持ってるヤツもボロボロだっただろ」

「うん!」

 

 どうやら、聖王都までは「もう少し長く」に、当てはまったらしい。良かった。「パーティを組む」という話題に行きつくより先に、セイフを納得させる事が出来た。

 

「さ、セイフ。そろそろ肉が良い具合に焼けた感じがするぞ」

「ん」

 

 俺の言葉に、セイフがカチャリと鎧を鳴らして頷くと、ソッと俺から離れていった。それにしても、立ち上がるとその大きさの圧巻具合が更に増す気がする。

 

「デカイなぁ、ほんと」

「テルは、デカイのきら……こわい?」

 

 セイフが俺の腕を掴み上げながら、軽々と引き上げてくる。きっと、俺なんかあの盾より軽いに違いない。

 

「いいや、別に嫌いでもねぇし、怖くもねぇよ」

「っっ!」

「男でデカいなんて格好良いじゃねぇか。羨ましいよ」

「~~っ!」

 

 やっぱり、全身鎧に覆われていても分かる。セイフは喜怒哀楽もその体のように静かで、そして大きかった。

 ただ、この時、俺は完全に勘違いをしていた。

 

「さ、肉が焼けた。食おうぜ」

「ん」

「セイフは大きいから、デカイ肉をやろう」

「ん」

 

 どこかで俺は、このセイフを体の大きな高校生バイト君みたいに扱ってしまっていた。でも違った。

 

「は?」

 

 鎧の中から現れた相手の顔に、俺は完全に目を剥いた。