14:貴重!弓具の専門店!

 

 

 弓使いは、ともかく金がかかる。

 

「あー、どうすっかなぁ。毒と、いや、ここは雷撃の素か……んー、迷うなぁ」

「おいおい、こんなに悩む客は初めてだよ。兄ちゃん」

「あ、すみません」

 

 道具屋のおやじに呆れたような声をかけられて、俺はハッと顔を上げた。そこには、心底呆れたような表情でこちらを見ている、店主の親父の顔があった。

 

「ま、他に客が居るワケでもねぇし。ゆっくり見てくれて構わんがな」

「どうも」

 

 確かに。店主の言う通り、俺の周囲に他の客は見当たらない。

 そう、ここはごくごく一般的な街の道具屋である。ただ、この店が他の店と異なる点が一つだけあった。

 

 ここが、弓具専門の道具屋だという事だ!

 

「ただ、後ろの鎧の兄ちゃんは、いい加減待ちくたびれてんじゃねぇのか?」

「あっ」

 

 不審げに口にされた道具屋のおやじの言葉に、俺は慌てて後ろを振り返った。そこには、何も言わずその場に立ち尽くすセイフの姿がある。もちろん、全身甲冑姿だ。

 

「つーか、連れだよな?さっきからずっと後ろに立ってるけど」

「あっ、ハイ。連れです」

 

 あまりにも商品を見るのに夢中だったせいで、セイフの存在をすっかり忘れていた。

 

「ごめんな、セイフ。もう少しかかりそうだから、待つのがキツいなら宿に戻ってていいから」

「……」

 

 そう、俺が声をかけると、セイフは兜の隙間からスッとその金色の目を細めた。そして、カチャカチャと鎧を鳴らしながら首を横へと振る。どうやら、一人で戻る気はないらしい。まぁ、分かっていた事だが。

 

「……荷物、持つから」

「別にいいって。そんなに買う予定ねぇから」

 

 つか、そんなに金無いし。というか、金があったらこんなに悩む必要もない。

 だから気にしなくていい、と、セイフを見上げてみるものの、その体は頑として動く気配をみせなかった。

 

「いい。持つ」

「そっか。ありがと」

 

 俺は軽く礼を言うと、再び棚に視線を戻した。そこには、他では中々見られないような弓具が山のように並べられている。中には見た事もないようなレアな弓まで置かれていた。いや、ここは本当に品ぞろえが凄い。

 

「あぁ、いいなぁっ!」

 

 弓使いの人口は少ない。

 故に、弓具専門店なんて世界にも数える程しかないのだ。それが、たまたま立ち寄った街にあってみろ。俺みたいになってしまうのは、仕方がないというモノだ。

 

「雷鳴の素があれば、複数敵を一気に攻撃出来るようになるから楽になるだろうなぁ。……ん?ちょっ、待て待て!罠の種類までこんなに豊富に取り揃えてあんのかよ。すげぇっ!」

「兄ちゃん、ガキみてぇに喜びやがるな……まぁ、ガキか?いくつだ?」

「はは、まぁ。そこそこっすよ」

 

 こないだ十九になったばかりだ、とは言わない。言ったところで何が変わるワケでもなし。それに、俺にとっても十八か十九かなんて誤差みたいなモンだ。

 店の親父からの問いかけをいなしながら、俺は棚に並ぶ罠の性能を一つずつ確認していった。あと、忘れちゃいけない。値段も。

 

「やっぱ高ぇなぁ」

 

 弓使いというのは、ともかく金がかかる。

 それは矢が消耗品であるから、というだけではない。弓に効果を付与させる為の補助道具は、基本矢よりも高い。

 

 毒矢、炎の矢、雷鳴の矢、凍てつく矢などなど。矢に付与させる特殊効果は数えればキリがなく。それに加え、ソロプレイヤーが弓で敵を確実に倒す為の「罠」なんかも、その種類は豊富だ。そんな風に、弓使いにとって「あれば助かる」アイテムは山のようにある。

 

 ただ、もちろんソレらも全て消耗品。故に、購入するときは財布との相談時間が長時間に及ぶ。

 

「んー、どうすっかなぁ」

 

 最近、セイフと一緒に戦闘をするようになった事で、以前より効率的に敵を倒せるようになった。だから、前よりは道具に割ける金額も増えたものの……。

 

「親父、あっちの矢を五十本くれ」

「おいおい。あれだけ悩んで、買うのは結局矢だけかよ」

「ん、今。金貯めてて」

「へぇ、なんか欲しいモンでもあんのか」

「まぁな」

 

 俺が親父に金を渡しながら、五十本の矢の束を受け取ろうとすると、俺の頭上からヌッと大きな手が伸びてきた。

 

「持つ」

「あっ、いや。自分で持てるから」

「ダメ。俺が、持つ」

 

 とっさに、弓の束に手を伸ばすものの、それはもう俺の届かない位置までセイフによって持ち上げられてしまった。こうなっては、もう俺にあの矢を取り戻す術はない。

 

「ありがとな、セイフ。助かるよ」

「ん」

「重くないか?」

「軽い」

 

 五十本といえば相当な量なのだが、セイフが持つとなんだか少なく見えるから不思議である。まぁ、ここはお言葉に甘える事にしよう。

 

「……あの、テル」

「ん?どした」

 

 矢を抱えたセイフから、俺に声がかかる。人前でセイフが自分から話しかけてくるなんて珍しい事もあるもんだ。

 

「欲しいの、あるなら、俺が……買う、よ」

「えっ?いやいや、いいよ!」

「で、でも」

「俺の道具なんだし!セイフは気にしなくていいから!」

 

 まさかのセイフからの提案に、俺は首を勢いよく横に振った。

 リチャード達とパーティを組んでいた時は、自分から矢を経費で落とせないか打診した事もあった。まぁ、あの時は取りつく島もないほどあっさりと一蹴されてしまったが。

 

 そして、その後からだった。パーティメンバーから、俺への態度に棘が含まれ始めたのは。

 

「なんかごめんな。気遣わせて」

 

 どうやら俺は、元仲間たちから「守銭奴」扱いされた事が、地味にトラウマだったらしい。

 そうやって俺が少しばかり嫌な事を思い出していると、セイフがボソリと呟くように言った。

 

「テルの矢は……戦闘で使うモノだから。俺も、いっしょに、出したい」

「ぐふぅっ!」

「テルっ?」

「いや、なんでもない……ちょっと感動してるだけだからっっ!」

 

 まさかこの俺が、こんな風に言ってもらえる日が来るなんてっ!

 セイフがあまりにも良いヤツ過ぎて、最近では何かにつけて「三度目の正直」という思いが頭を過る。

 

 セイフとパーティを組んだら、今度こそうまくやれそうだな、なんて。

 すると、そんな俺達の様子を見ていた道具屋の親父が、なにやら興味深そうに声をかけてきた。