13:戦士の肉体美

 

「おいおいおいっ!お前、暑いなら鎧も脱げよ!熱中症になるぞ!」

「ん、あの。脱ぐ。ちゃんと、ぜんぶ、ぬぐのでっ……!」

「ああ、今すぐ脱げ!そんで水も飲め!」

 

 今日ってそんなに暑かったか?という思考が頭を掠めたものの、軽装の俺と全身重層甲冑のセイフを同じに考えたらいけない。どう考えても、甲冑なんて風通しも悪いだろうし蒸れて暑そうだ。

 

「待ってろ!川で水を汲んできてっ……うおっ!」

 

 そうやって駆けだそうとした時、俺の腕が強い力で引っ張られた。

 

「いい!水はっ……いいからっ!」

「いや、そんな事言ったって、お前」

「俺、のど、かわいてないっ!全然、へーき!だから……その、テル」

 

 セイフは真っ赤にした顔をソッと俯かせながら、俺の体を自分の元へと引き寄せた。きっと、セイフからすれば大して力を込めているつもりはないのだろう。

 ただ、俺の手を掴むセイフは、そりゃあもう必死だった。それにしても、大きい手だ。俺の腕を片手で簡単に掴み切ってしまっている。少し、痛い。

 

「さ、さわって?」

「……っ!」

 

 おいおいおい、言い方っ!触ってって何だよ!?傷を、だよな!?

 セイフの手から熱が乗り移ったかのように、俺の顔にも熱が集中していく。しかも、無駄に顔が良いせいで心臓に悪い。兜を取った事で、セイフがワシャワシャしたい狼から人間になってしまった。

 

「わ、分かった。ほら、背中見せろ」

「……ん、うんっ」

「ほら、慌てんな」

 

 急いで鎧を脱ごうとするせいで、いつもより時間がかかっている。俺は脱いだ鎧をセイフから受け取りつつ、徐々に露わになるセイフの体に溜息を洩らした。

 

「はぁっ」

「え……な、なに。テル?」

「なんでもないから。ほら、早くソコに座れ」

「……お、怒ってる?」

「なんで、ここでお前に怒るんだよ」

「で、でも……さっき、はぁって」

「怒ってないから。いちいち俺なんかにビビるな」

 

 そう言って俺はセイフを無理やりその場に座らせると、ジッとその背中を見つめた。そして、改めて思う。

 

「……はぁ、すげぇな」

 

 そう、もちろんこれは嫌な溜息じゃない。どちらかと言えば〝感嘆〟だ。

 俺に向かって上半身を晒すセイフの背中は、肩から流れる筋肉が緻密な網のように広がり、引き締まった腕と背中が見事な調和を成していた。男の体を綺麗だと思ったのは、正直初めてだ。完成度が高すぎて、なんだか博物館の彫刻を見ているような気分である。

 

「セイフ。うん、こないだの傷は大分薄くなってるぞ」

「ん」

「じゃ、薬塗るから。ヒヤッとするけど我慢しろよ」

「う、ん」

 

 背中に付いた火傷の痕に、買っておいた塗り薬を塗っていく。それにしても、顔だけでなく体まで真っ赤だ。塗り薬が肌に触れた途端、ジワリと熱で溶ける。やっぱり鎧というのは、相当熱がこもる装備らしい。

 

 俺、弓使いで良かったかも。

 

「てるは、じゅうだい。てるは、じゅうだい。てるはじゅうだい」

「ん?俺がなんだって?」

「てるは、じゅ、だい」

 

 普段から声は小さい方だが、こういう時のセイフの声は更にボソボソと籠っているせいで更に聞こえ辛い。というか、セイフのヤツ。汗も凄いが本当に大丈夫だろうか。軽く後ろで結われた短い青い髪の毛が、流れ落ちる汗のせいで首筋にピタリと張り付いている。

 

 俺は貼り付いた髪の毛をソッと指で払うと、その瞬間、セイフの肩がヒクリと揺れた。これは本当に俺と同じ男の体なのか。正直、色気が凄くて信じられない。

 

「……セイフ、今日は部屋に風呂の付いてる宿を取ろうな」

「っ!?な、なんで!?」

「汗が凄いぞ。部屋風呂付の宿は少し高いかもだけど、お前、皆の前で鎧脱ぎたくないだろ?」

 

 と言うか、以前セイフを大浴場に連れて行ったら、他の冒険者達にジロジロ体を見られてて可哀想だったからだ。まぁ、俺もあんまり他人の事は言えないのだが。

 

「……う、うん!」

「いつも暑いのに、文句も言わずに鎧着て偉いな。たまには川じゃなくて、あったかい風呂にゆっくり入った方がいい」

「うん!」

 

 はい、終わり!

 そうやって俺がセイフの背中を叩いて顔を覗き込んでやると、そこには顔を真っ赤にしながらも、キラッキラした目でこちらを見つめるセイフの美しいご尊顔があった。

 あぁっ、眩しい。鎧を脱ぐと狼じゃなくなって戸惑うものの、褒められてこんなに素直に喜んでくれる二十五歳って……やっぱり尊い!

 

「テル。は、早く、まちに、行こ」

「おお。アイテム回収し終わったらな」

「お、俺!取って来る!」

 

 それだけ言うと、セイフは上半身裸のまま一目散にモンスターの死骸へと駆け抜けて行った。本当に狼のようなヤツだ。

 

「そんなに風呂に入りたかったのか」

 

 そりゃあ、あんなに汗をかいていたらスッキリしたいだろう。じゃあ、早く街に行ってやらないと。

 そう、ちょこちょことフィールドを駆け回る大きな狼の姿を眺めていると、ふと思ってしまった。

 

 セイフとだったら、パーティを組むのもいいかも、と。

 

「いやいや、何考えてんだ。二度ある事は三度ある。ちゃんと戒めねぇと」

 

 二度あることは三度ある。その通りだ。昔の人は良い格言を残してくれた。ありがたい事である。

 しかし、すぐにそれを打ち消すように浮かんできた言葉に、俺は思わず苦笑せざるを得なかった。

 

「……三度目の正直、じゃねぇよ。ったく」

 

 その相反する二つの言葉をせめぎ合わせながら、俺はセイフから受け取った矢を矢筒へと仕舞った。

 

「こんな事、今まで誰もしてくれなかったっていうのに……」

 

 今日のセイフの宿代は俺が出してやるか。

 そう俺は財布の中を頭に思い浮かべつつ、セイフの元まで駆けだした。

 

 

 

 しかし、その後――!

 

「ちょっ、おい。セイフ!ちゃんと明日合流するから!置いていかねぇから!」

「いやだ!いやだっ!」

 

 セイフに風呂付の良い宿を紹介して、俺だけランクの低い別の宿に行こうとしたら、何故かセイフに必死に羽交い絞めにされて止められてしまった。いや、多分セイフ的には普通に抱きしめているだけのつもりなのだろうが、正直死ぬかと思った。

 

「テルと、いっしょが、いいっ!!」

「ぐるじっ、ぐるじいがらっ……息がっ!」

 

 おかげで、俺が戦士に襲われていると思った住人の通報により、またしてもセイフが傭兵に取っ捕まったのは、笑えない話である。

 

「ったく、金は俺が出すっつったのに」

「いやだっ!」

 

 結局その日、俺とセイフは二人で格安の部屋に泊まる事になったのは、言うまでもない。

 

「あとで、一緒に川にでも行くかー」

「ん!」

 

 セイフを風呂に入れるには、二人分の宿代を稼げるようにならないとダメらしい。