同じ轍は、二度と踏まない。
俺はリチャードからパーティを追放された時、心の底からそう思っていた。前世で店長をしていた時といい、リチャード達とパーティを組んでいた時といい。俺のように、おせっかいな癖に上手く立ち回れもしない人間は、周囲に不協和音を作って終わりだ。
二度ある事は三度ある。だから、俺は誰ともパーティは組まない。
そしてなにより、俺は「一人」が向いている。自分の事だけを考えていればいいというのは、何にも代えがたいほど楽……
だったはずなのだが!
「よしっ、セイフ!そのまま右側の敵を引き付けてくれ!」
「うん!」
意外にもセイフとの共闘は、とても上手くいっていた。
前衛のセイフ、後衛の俺。と、このように、職業的に俺達は完璧にお互いの弱点を補完し合っている。
「セイフ、左手から攻撃がくる!少し下がるんだ!」
「うん!」
ただ、役割を補完し合っていたとしても、性格が合わなければパーティは上手く機能しない。特に、前衛は我の強い連中が多い分、他人に指示をされるのを非常に嫌がる。しかし、その点セイフにはソレがなかった。
「セイフ、今だ!トドメを刺せ!……ゆっくりな!」
「うん!」
セイフは素直で、むしろ俺の指示を待っている節さえある。そのお陰で、俺はこの世界に来て初めて、驚くほどストレスフリーな戦闘を行えていた。
ただ、ある一点だけを除いては、だが。
「力加減しっかりな!ゆっくり倒すんでいいからなっ!?」
「うん!」
俺はフィールドの後方から一気に敵を射殺すと、最後の一体の攻撃を引き付けてくれていたセイフにトドメの指示を出した。
「っはぁぁっ!」
すると次の瞬間、セイフは持っていた盾を、勢いよくモンスターに向かって振りかざした。同時に、ビュンッという重い風音が俺の鼓膜を激しく揺らす。そして――!
「テル、倒せた」
「……そ、そうだな」
カチャカチャと鎧を鳴らしながら嬉しそうに手を振るセイフの背後では、息絶えた大樹のモンスターが急激に枯れ果てる姿があった。あれだけ屈強に見えたモンスターが、今や見るも無残にぺしゃんこだ。
「……またか」
あぁ、これであのモンスターから取れるはずだったアイテムは全部パァになった。だからもっと手加減して殴って欲しかったのに。
「もったいねぇ」
思わず口を吐いて出た言葉に、俺は今日こそはセイフにきちんと言い聞かせないと、と決意した。もちろん、セイフに悪気がないのは分かっている。
しかし、悪気がなくとも、指摘だけはしておかなければ。でなければ、永遠に改善が見込めない。
そう、俺が決意した時だ。俺の体に大きな影が覆いかぶさってきた。
「……テル。あの、はい」
「えっ」
はい、と目の前に差し出された十本近い矢に、俺は思わず目を瞬かせた。これは、先ほどの戦闘で俺が使った矢だ。しかも、矢尻を見てみると、モンスターの血肉が綺麗にふき取られている。
「っあ、え?取って来てくれたのか?」
「ん」
俺は、当たり前のように矢を回収してきたセイフに、それまでの「今日こそは絶対にガツンと言ってやらねば」という気持ちが、一気に霧散して消えていくのを感じた。
え、なにこれ……ナニコレ!!
「お前、こんな……なんで?」
「いつも、テルが、してたから」
「ぐふっ!」
「で、でも、どれが、いらないヤツか、分かんなかったから、全部取って、きた」
「うっ!」
セイフから放たれる「褒めて」というオーラに、俺は思わず胸を掴んだ。
いや、落ち着け。相手は、全身甲冑を着たどデカい成人男性に過ぎない……過ぎないのだが!
「あぁ、クソ!可愛いなっ!」
「え?」
モンスターの一体や二体、好きなだけぺしゃんこにすればいいっ!!もう好きなだけ褒めてやるよ!
「……本当にセイフは気が利くなぁ。ありがとう」
「っっっ!」
「お疲れさん」
俺は喜びにむせび泣きそうな興奮を抑え込みながら、セイフの腕をポンポンと叩いてやる。身長差的に無理だが、きっと手が届くなら、俺はセイフの頭を撫でてやっていた事だろう。
「セイフのお陰で敵を射るのが凄く楽だったよ」
「っあ、あ、あ……で、も。おれっ!立ってた、だけで!」
セイフの全身甲冑が、カチャカチャとせわしなく左右に揺れる。
俺に褒められたくらいで、ここまで喜んでくれているのだと思うと、なんかもうセイフには申し訳ないが、デカイ狼でも飼っているような気がして、ワシャワシャしたくてたまらなくなる。
「何言ってんだよ。敵の前で立ってるっていうのが、どれだけ大変な事か。セイフはもっと自覚した方がいい。お前は凄い事をしてるんだよ」
「っひ、ぅ!」
俺が褒める度にセイフは、ドモりが酷くなり、妙な動きでカチャカチャと鎧を鳴らしまくる。ただ、兜の隙間から見える金色の瞳だけは、一切俺から逸らされる事はない。
「へ、へへ」
あーーっ、かわいい!二十五歳の成人男性なのに、なんだコレはっ!
褒め倒したいっ!もっと、もっと構ってやりたい!よし、構おう!
「セイフ、怪我はないか?」
「っな、ない!ないよっ!」
「そんな事言って、お前。一昨日は火傷してるのを隠してただろうが。あぁいうのは、ほっとくと悪化する可能性もあるから、ちゃんと手当しねぇと。背中だし、俺が見てやるよ」
「あっ、あっ。で、でも……!」
「ほら、早く鎧を脱げ」
「……うっ、ぁ」
そう言って、鎧に手をかけようとすると、先ほどまで俺の事をジッと見ていたはずの金色の目がソロリと逸らされた。
その瞬間、ハッとする。
「あ、ヤバ」
いけね。コレ、完全にウザがられてるヤツだ。
まぁ、そりゃあそうだろう。なにせ、セイフはこう見えて二十五歳の成人男性だ。今の俺は、踏み込み過ぎた。こうやって調子に乗って構い過ぎるから、ウザがられる。
——–リチャード、お前さっき攻撃受けてただろ。無理しないで回復してもらえ。
——–自分の体の管理くらい、自分で出来るし。テル、お前ちょっとウゼぇよ。
やっぱり、俺はパーティを組むのには向いてない。
刻め。二度ある事は三度ある。
「ごめんな、セイフ。今のはちょっとウザかったな」
「っ!!」
「ま、どっか不調がある時はすぐに言えよ。それか、もうすぐ次の街だから、ギルドのヒーラーさんに回復してもらえ」
とは言っても、セイフは人前では絶対に甲冑を脱がないので、ギルドヒーラーも回復してくれるのかは微妙だ。というか、前の街では、鎧を脱がなきゃ診断できないからって回復してもらえなかった。
……また不審者扱いされて、街の傭兵とか呼ばれなきゃいいけど。
「なぁ、セイフ。次の街なんだけど……って、え?」
そう、俺がセイフの回復問題について地味に頭を悩ませていた時だ。
「ぬ、ぬいだ」
「う、うん。それは見りゃ分かるけども」
それまで頑なに鎧を脱ごうとしなかったセイフが、いつの間にかアッサリと兜を取っていた。最近では、ようやく見慣れてきたセイフの整った顔が、真っ赤に染まってこちらを見ている。
「はぁ、はぁはぁ、はぁっ」
「ちょっ、え!?」
てか、顔赤っ!汗すごっ!息荒っ!