20:その呼び方だけは勘弁!

 

 

◇◆◇

 

 

 決断を先延ばしにした、ぬるま湯のような日々は、その後もズルズルと続いていった。そうやって、Sランクのダンジョンすらも当たり前のように二人で攻略できるようになってきてからというもの、俺達の旅に少しだけ変化が訪れるようになった。

 

「ありがとう。あのまま俺達だけでモンスターに囲まれていたら、本当に危なかった」

「二人が通りかかってくれなかったら。どうなっていたか」

「ありがとう!さすがは〝刈り取る者達〟ね!」

 

「い、いやぁ。そんな大層なモノでは……」

 

 やめてぇっ!?

 〝刈り取る者達〟とか中二丸出しな二つ名で俺達を呼ばないで!?

 とは、さすがに言えない。きっとこの世界で「中二」と言っても伝わらないだろうし。そんなワケで、こちらに礼を述べてくる三人に対し、俺は引き攣った笑顔を返す事しか出来なかった。

 

「弓使いと戦士の二人パーティって聞いてたけど、まさか本当だったんだな」

「珍しい取り合わせだから、すぐに分かったよ」

 

 そう、これが俺達に最近起こった変化。

 たまたまダンジョン内で危険な目にあっている冒険者達を助けるようになったせいで、元々広がっていた〝刈り取る者達〟という、キッツイ二つ名が、更に勇名を馳せるようになっていた。

 ナニソレ、嫌過ぎるっ!

 

「そうね!凄く大きな戦士と、小さ……可愛い弓使いさんの二人組なんて、そうそう見ないから」

 

 あ。今、ヒーラーの女の子が俺を「小さい」って言おうとした。そして、それを男の俺に言うと申し訳ないと思ったのか「可愛い」と言い直した。……優しいが故に起こった二次被害が俺を襲う!

 

 っていうか、俺!普通じゃん!君達のリーダーである剣士と同じくらいの身長じゃん!しかし、俺の横に常にセイフが居るせいで、相対的にチビ扱いを受ける事が増えた。解せぬ。

 

「あ、そういえば。ちょっとヒーラーさんにお願いがあるんですが」

「……」

 

 俺は解せぬ思いを必死に心の奥底に仕舞い込み、ヒーラーの女の子に声をかけた。同時に、俺の隣に立っていたセイフから不機嫌なオーラが垂れ流される。まぁ、全身甲冑なので、傍から見れば何の変化も見られないだろうが。

 

「どうしたんですか?私に出来る事があれば、なんでも言ってください。是非、助けて頂いたお礼がしたいので」

「えっと……セイフの回復をしてやってくれませんか」

「え、回復?どこか怪我されていらっしゃるんですか?」

「あ、はい。腕と背中と左足を怪我しているので、よければ」

 

 せっかくヒーラーが居るのだ。こういう怪我した直後に回復して貰えれば、傷痕も残りにくくなる。

 

「えっと、腕と背中と、左足?」

「出来れば、最後の攻撃の時、頭にも軽く攻撃が当たってるので、そこにも……」

 

 図々しいだろうか。でも、パーティのピンチを救ったのだから、少しくらい要求に要求を足してもイケる気がする。

 

「お願いできますか?」

「あ、ハイ。もちろんです」

 

 まぁ、頭の方は大した事は無いだろうが、一番大事な所なので念のため。そう、俺がヒーラーの女の子にお願いをしていると、その後ろに立っていた剣士と魔法使いが驚いたような顔で俺の方を見ていた。

 

「よく、見ていらっしゃいますね。俺なんて、隣で戦っていたのに全然気づきませんでした」

「本当に。貴方もずっとフィールドを動き回っていらっしゃったのに」

「あ、いえ。俺は後衛ですし。技を発動するのに詠唱もないので、まだ見えやすいというか」

 

 そう、弓使いにとって〝よく見える〟事は職業上、ごく当たり前の事だ。別に凄い事なんて何一つない。

 

「それに、回復するというなら、あなた達二人も同じですよ」

「「え?」」

 

 俺の言葉に、剣士と魔法使いが目を瞬かせた。あぁ、ほんと。戦士や魔法使いというのは大変だ。

 

「さっきのモンスターの爪には、微かに毒性がありました。胸元のソレ、かすり傷かもしれませんが、時間が経つとどんな反応が出るか分かりません。すぐに、解毒しておいた方がいい」

「あ、ほんとだ。いつの間に……」

 

 俺の言葉に、剣士が自分の服の下を見てハッとした表情を浮かべていた。やっぱり、本人は気付いていなかったらしい。それだけ戦闘に必死だったという事だ。

 剣士はリーダーになる事が多い分、敵を攻撃しながら後衛の二人に指示出しが必要になる。敵を眼前にしてマルチタスクをこなすなんて、俺には出来ない芸当だ。

 

 俺は剣士にそれだけ言うと、今度は魔法使いの方へと向き直った。

 

「最後に発動された魔法、アレは副作用があるんじゃないですか?」

「あ、えっと……副作用というほど大げさなモノではなく。ちょっと、疲労が溜まりやすくなるだけで」

 

 やっぱり。道理で詠唱前と後で、フィールドの移動にキレが無くなったわけだ。

 

「ソレ、十分に副作用ですよ。疲労はアイテムでは回復できません。今日はこのまま宿に戻られた方がいいと思います。もっと体を大事にした方がいい」

「あ、ありがとうございます」

 

 魔法使いは一度の攻撃で、敵全体を攻撃できたり、凄まじい威力の魔法を放てる。けれど、詠唱中は敵の前でガッツリ隙を作らなければならない。正直、敵のうろつくフィールドで詠唱に全集中しなければならないというのは、凄まじい精神力が必要だと思う。そんなの、俺には出来ない芸当だ。

 

「あなたたちは、凄いです。羨ましい」

「いや、そんな!」

「ええ、別に大層な事は」

 

 パーティーを追い出されて、俺は何度も転職(ジョブチェンジ)を考えた。

 弓使いは、ともかく金がかかる。それに、睡眠時間の確保が必須なせいで夜の見張りのルーティンにも参加できない。朝が弱い事もあって、何度も寝坊して仲間たちに迷惑をかけた。

 あと、よく〝見え過ぎる〟せいで余計な事を言っては……面倒臭がられる。

 

 でも、他の職種の奴らがしていたような事が、俺には出来ない事も分かっていたので、結局弓使いのままここまできてしまった。

 

「いいなぁ……剣士とか魔法使い。なってみたかったなぁ」

 

 

 と、俺が他の職種に羨望と劣等感を覚えていると、ヒーラーの女の子の困ったような声が聞こえてきた。