「えっと、回復をするので鎧を脱いでくれませんかー?」
「……」
「えっとぉ、一応傷を見ながら回復したいんですけど」
言いながら、ヒーラーの女の子がチラと、俺の方を見てきた。助けてくださーいという意思のハッキリ籠ったその表情に、ピクリとも動こうとしないセイフの元へと向かった。
これは、どうやらかなりご機嫌斜めらしい。
「セイフ、脱ぎたくないのか?」
「……」
金色の瞳が、ギラつきながらこちらを見下ろしている。これは、完全に怒っている。
俺が他の奴らを構っているのが嫌だったのか。それとも回復をヒーラーの女の子に任せたのが嫌だったのか。うん。多分、その両方だ。
とは言っても、ヒーラーが居る時は、ヒーラーに回復してもらった方が良い。餅は餅屋だ。
「あの、場所だけお伝えするので、その部分にヒールをかけて……」
「いらない」
仕方ないから、俺が場所と傷の種類だけ伝えて、どうにかヒールをかけてもらえないかと提案しかけた時だ。それまで一言もしゃべっていなかったセイフが、ハッキリと拒否の言葉を口にした。
「へ?」
「は……って、うわっ!」
そして、戸惑う俺とヒーラーの女の子を前に、セイフは俺の体をガバリと持ち上げた。視界が一気に高くなる。デジャブ。どうやら、またしてもセイフの肩に担がれてしまっているようだ。
でも、これも最近じゃよくある事だ。
「回復、しなくていい」
「あ、はい」
「あと、テルが可愛いのは、俺の方が、先に知ってた」
「……あ、はい」
おいおいおいっ!何を言ってるんだ!?
セイフの言葉に、俺はようやくコイツが何に不機嫌になっているのかを思い至った。
——–小さ……可愛い弓使いさんの二人組なんて、そうそう見ないから。
あのヒーラーの女の子が気を遣ったお陰で言い直した「可愛い」という言葉。それに対して、セイフは腹を立てていたらしい。
あぁぁぁっ!なんなんだ、コイツ!恥ずかし過ぎるっ!
俺は恥かしさのあまり両手で顔を隠しながら「セイフ、下ろせ」と言ってみたものの、セイフは頑として俺を下ろそうとはしなかった。剣士や魔法使い達からの視線も重なって、更に居たたまれない。
「俺は、テルの、使い魔だ」
「「「は?」」」
ちょっ、セイフのヤツ!また言いやがった!あれほど、知らない奴らに自分を使い魔呼ばわりするのはやめろって言ったのに!
「セイフ、下ろせ!」
「いやだ」
「セイフッ!」
「使い魔の怪我はっ、飼い主が、手当するんだ!」
「っあぁ!っあっあ!ちがっ、これは違うんです!」
俺はこちらをポカンとした表情で見つめてくる三人のパーティにセイフの肩から首を振るが、この状況では何を言っても通じないだろう。
ここまできたら、もう手遅れだ。早くここから立ち去らないと。
「あの、俺達用事があるので……!これで、失礼します!」
「あ、はぁ。わ、わかりました」
戸惑う剣士の返事を聞きながら、俺はセイフの背中を叩き「行くぞ!」と声をかける。すると、セイフはそれまで一切俺の言う事などきかなかったのが嘘のように、スタスタと歩き始めた。
セイフの肩に担がれたまま、俺は最後に気になっていた事だけ彼女に……ヒーラーの子に伝える事にした。
「あのっ、君!回復の詠唱をする時は、もうっちょい後ろに下がった方がいい!君が倒れたら、パーティが終わる!」
これは今回の戦闘の中で、実は一番気になっていた事だ。
彼女はヒーラーにも関わらず、ロッドで攻撃も出来る僧兵タイプだった。逞しいし立派だが、あれは前に出過ぎだ。性格的なところもあるのかもしれないが、あの子が大怪我をしても、回復出来る者は他に居ない。
「怪我に、気を付けてっ!君は、大切な子なんだからっ!」
「っ!」
本来、仲間がヒーラーに言うべき事を、何故かよそ者の俺が口にする。
こういう所が、俺のお節介で面倒なところだと分かってはいても、気付いてしまったからには言わずにはいられない。
出来れば、気付かない自分でありたかった。
そう、俺が遠のいていく通りすがりの三人パーティをぼんやりと眺めてると、俺を呼ぶセイフの声が聞こえた。
「テル」
「ん?」
「手当して」
「あいあい、分かったよ」
未だにどこかぶすくれた調子で口にしてくるセイフに俺は苦笑すると、兜の上からソッと頭を撫でた。
「セイフ、さっきの戦闘でお前が一番頑張ってたよ。お疲れさん」
「……ん」
その瞬間、先ほどまでの不機嫌なオーラを一瞬で消し去ったセイフに、俺はいつも思ってしまう。
可愛いのはお前の方だ、と。
◇◆◇
と、そんなこんなで俺とセイフの二人が〝刈り取る者達〟として、界隈でちょっとした有名人になってきた頃だ。
「次のダンジョンが終わったら、聖王都に……行く」
決断の場所である聖王都へ向かう事を、俺はようやく決心した。まぁ、決心したというより、もう付近のダンジョンで攻略していない所が無くなってしまったから、という理由が大きい。
そう、観念し時。潮時がきたという事だ。
「……三度目の正直。三度目の正直、三度目の正直」
次こそはきっとうまくいく。だって、セイフは俺の事を好きだって言ってくれる。そして、なにより。
「セイフは俺の事を、よく知ってくれている」
弓使いに金がかかる事も、色々道具が必要になる事も、睡眠をかなり必要とする事も、寝起きが悪い事も。それに、俺が面倒臭いヤツだという事も。
セイフは全部分かった上で、こうして半年近く俺に付いて来てくれた。口ではパーティじゃないなんて逃げながらも、実際にしてきた事はパーティと何ら変わらない。
「だから、大丈夫だ。セイフは、俺を嫌ったりしない」
そして、何より――。
「……俺はセイフと一緒にいたい」
それは、俺の中にある揺るぎようのない意思だった。
と!俺がやっとの事で決心した直後の事だ。俺とセイフが新しいダンジョンに潜ろうと、近くの街に立ち寄った時だった。
まさかの事態が起こってしまった!
「おい、そこに居るのは……セイフか?」
「まさか……嘘っ、セイフ!」
「ちょっと、マジかよ。セイフだ」
「セイフ、良かった。やっと見つけた」
「っ!」
「え?」
四人の冒険者が俺達に……いや、セイフに向かって話しかけてきた。それは、どう考えても、セイフの〝元パーティメンバー〟だった。