22:幼馴染パーティ

 

 

「セイフ、悪かった。お前の役割を、俺が履き違えていた」

「……」

「なぁ、頼む。パーティに戻ってきてくれないか。俺達には、お前が必要なんだ」

 

 あぁ、予想外だ。

 まさか、俺がグダグダ悩みまくっているせいで、こんな事態になるなんて。

 

「……」

 

 俺はセイフと、その元パーティと共に酒場に来ていた。もちろん、こんな時でもセイフは鎧を脱がない。そもそも、セイフはこういった大衆食堂や居酒屋といった所が苦手だったはずだ。

 そのせいだろう。セイフは先ほどから一言も言葉を発しない。

 

「……あの、失礼だが。アンタは?」

「あ、俺ですか?」

 

 あまりにもセイフが何も言わないもんだから、リーダーらしき男が隣に座る俺へと視線を向けてきた。まぁ、ここまで無言を貫かれては、取りつく島を別に探そうとするのも無理はない。

 

「えっと、俺は」

「もしかして、セイフの新しい仲間か?」

 

 畳みかけるように尋ねられ、俺はヒクッと呼吸が詰まるのを感じた。俺とセイフは、まだギルドでのパーティ登録をしていない。それもこれも、俺が色々と踏ん切りがつかずに決断を先延ばしにしていたせいだ。

 

「あっ、えっと……仲間っていうか。その」

 

 いつもならこの辺でセイフが「俺はテルの使い魔だ」なんて言って、場を凍り付かせてくるのだが。そう、俺がチラと視線だけセイフの方へと向けてみるが、セイフは少しも俺の方を見てはいなかった。

 

「っぁ」

 

 兜の中の金色の目は、まっすぐと机の向こうに座る仲間たちへと向けられている。その瞬間、俺は自分の中に芽生えてしまっていた淡い期待に、腹の底から羞恥心を覚えた。

 

 俺は、一体何を期待していたのだろう。

 

 そういえば、セイフに少しだけ聞いた事があった。元パーティは、幼馴染同士で組んだパーティだ、と。だとしたら、俺とセイフが一緒に過ごした半年など、比べ物にならないくらいの時間を、この仲間たちと過ごしてきた事になる。

 

 その仲間達が、こうしてセイフに仲直りを求めて迎えに来た。

 

「……仲間じゃありません」

 

 隣でカチャリと鎧が動く音がした。

 必死に絞り出した声は、もっと動揺しているかと思ったが案外冷静だった。さすがは、過労死するほど接客業に勤しんできただけの事はある。自分を褒めたい。

 

「へぇ、じゃあなんでセイフと一緒に居るんだ?アンタ弓使いだろ?ソロ?」

「聖王都に盾を売りに行く途中に知り合って、俺が持ち歩くのに重そうだからってセイフが付いて来てくれる事になったんです」

 

 多少は事実と異なるが、まぁ大筋は変わっていない。すると、俺の言葉にそれまで俺をジッと見ていた相手が、セイフの脇に置かれた大きな盾を見て納得したように笑った。

 

「確かに、これはアンタには重そうだ」

 

 人懐っこい笑みだ。きっと彼は子供の頃から、このチームのリーダーとして皆を率いていたに違いない。きっと、剣士だろう。似合う。

 

「まぁ、俺にもアレは持てないな。なにせ、俺達弓使いは弓と矢より重いモンは持てないから」

「え?」

「自己紹介が遅くなって悪い。俺はリチャード……このパーティのリーダーを務めさせてもらっている弓使いだ」

「リチャード……? 弓使い……?」

「あ、今。勇者と同じ名前だって思っただろ?」

「あ、いえ」

 

 リチャード。妙に懐かしい名前だ。まぁ、特に珍しい名前でもないが、まさかこのタイミングでこの名前に出会うなんて。

 しかし、俺にとってはそんな事は大した驚きにはならなかった。そんな事より、俺にとって衝撃的な事実は他にあった。

 

 弓使いがパーティのリーダー?まさか、そんな。嘘だ。

 

「勇者リチャードと名前が被ってるせいで、ギルドでは名前を呼ばれる度に、知らない奴らから期待した視線を寄越されて困ってるんだよ。だから、出来るだけ〝弓が目立つように〟デカいのを持つようにしてる!」

 

 人懐っこい笑みと共に、小首をかしげるその姿は妙に愛嬌があった。セイフの幼馴染なのだから、年齢は今の俺よりも年上である事は間違いない。でも、年下の俺相手にも自然と目線を合わせて話してくれるその姿に、俺はドクドクと腹の底に嫌な感情が溜まっていくのを止められなかった。

 

「デカ過ぎて重いからって、街に着いたらすぐに宿を探す羽目になるんだよなー?」

「ふふ。あれは大きすぎよ。リチャード」

「なのに、戦闘中だけはしっかり持ってられるんだから不思議だよねぇ?」

 

 なんだ、コレ。

 目の前でリチャードを囲って笑い合う仲間達の姿に、俺は思わず視線を逸らした。慕われている。このリチャードという弓使いは、本当にパーティのリーダーなのだ。

 

 同じ弓使いなのに、俺とは全然違う。

 

「なぁ、一つ相談なんだが。俺達も聖王都に用があるんだ。その盾の事もあるし、ひとまず一緒に聖王都に行かないか?」

「え?」

 

 リチャードからのまさかの提案に、俺はドキリとした。しかし、そんな俺に気付く様子もなく、リチャードの視線はセイフへと向けられていた。

 

「なぁ、セイフ。俺の判断ミスで、お前をパーティから外してしまった事、本当に悪いと思ってる。ちゃんと時間をかけて謝りたいから、しばらく一緒に同行させてくれよ」

「……」

「まぁ、何も言わないって事は、嫌ではないって事だもんな?」

「……」

「ほんと、昔からそういうところ全然変わってないな」

 

 やっぱりセイフは何も言わない。鎧が擦れる音すら聞こえてこない。なんだろう。なんだか嫌な感じだ。セイフが何も言わない事も嫌だ。それに、リチャードが使う〝昔〟って言葉も嫌。なんかもう、モヤモヤする。

 

「君も、それでいいかな?」

「あ、はい」

 

 しかし、そんなモヤモヤに反して、気付けば俺はとっさに頷いてしまっていた。

 あぁ、もう。何やってんだ。脳直で頷いてしまうのは、昔から俺の悪い癖だった。

 

——–店長、その日やっぱ休みにしてもいいですか?

——–あ、うん。いいよ。

 

——–矢の金をカンパして欲しい?そんなのダメに決まってんだろ。

——–う、わかった。

 

 本当は全然良くないし、納得なんて出来てない。バイトの人手は足りてなかったし、俺は矢代のせいで、メシだってまともに食えてなかった。

 今回だってそうだ。

 

「じゃあ決まりだな!明日の朝、中央広場に集合だ!」

「……わかりました」

 

 俺は、セイフと二人が良かったのに。

 

「あ、そういえば君の名前は?」

「……テルです」

「テル?」

 

 リチャードは俺の名前に、微かに目を細めると、しかしすぐに何事もなかったかのように人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「テル、聖王都までよろしくな!」

「はい」

 

 俺は頷きながら、その視線だけはチラリと何も言わないセイフの方へと向けた。

 

 なぁ、セイフ。

 お前、なんで何も言ってくれねぇの。