目覚めた時、そこは固い鎧の上だった。カチャカチャと鎧の擦れる、妙に優しく空気を揺らす。いつも通り、俺はセイフの背中に居た。
前方からはリチャード達の楽しそうな話し声が聞こえてくる。
最近は起きた後もずっと寝たふりをして、セイフの背中に居させてもらっていた。起きたら離れないといけなくなるから、それが嫌で子供みたいな事をしていた。
でも、今はもう大丈夫だ。
「セイフ」
「……テル?」
セイフにしか聞こえないような小さな声で、セイフの名前を呼ぶ。すると、セイフも俺の様子が昨日までと違う事に気付いたのだろう。最近は返事すらしてくれていなかったのに、久々に名前を呼んでくれた。
「聖王都についたら……俺が薬塗ってやるからな」
「っ!」
それだけ言うと、俺はセイフの背中からストンと降りた。驚いた様子で振り返ったセイフが、金色の目を輝かせてジッとこちらを見下ろしてくる。あぁ、久々にセイフと目があった。それだけで、俺は嬉しい。
「お、テル。起きたか?」
すると、こちらの様子に気付いたのか、リチャードが笑顔で声をかけてきた。
「うん、いつもごめん。リチャード」
「気にすんな!眠いのは、俺もよく分かるからさ」
昨日のセイフとの会話など、まるでなかったかのように笑顔を向けるリチャードは、やっぱり完璧なリーダーだ。俺という不安要素を抱えつつ、その中でパーティ内に不安を蔓延させないように配慮も出来る。アッチのリチャードと違って大人だ。
この自分の感情を二の次に出来る理性的な対応こそ、リーダーに最も求められるモノかもしれない。だとすると、俺にそれができないのも頷ける。なにせ、俺はいつも自分の感情が最優先だったから。
「さて、次の森を抜ければ聖王都はすぐそこだ!ただ、モンスターは多いだろうから、皆気を引き締めていけよ!」
リチャードの言葉に、俺は目の前に広がる鬱蒼と生い茂る森へと目をやった。あぁ、確かに、ここはモンスターの数がやたらと多かった。以前来た時は、リチャードが後先考えずに突っ込んでいくのにヒヤヒヤして、そりゃあもう苦労したモンだ。
「……どうすっかな」
いや、なんだろう。どうする?とは一体何の事だ。
自分の口から漏れた呟きに首を傾げつつ、視線は自然とセイフへ向かう。最近、セイフは敵のド真ん中に突っ込まされている事もあり、その鎧は今まで以上にボロボロだ。
戦士は固い分、他のパーティメンバーに対する囮役だ。それが役目。
そして、弓使いである俺は前衛が敵を引き付けている最中に敵を倒していく。それが役目。
「ほら、二人とも行くぞー!」
「あっ、うん。今行く!」
リチャードの声に、俺は慌ててパーティの後ろを追った。その後を、鎧を鳴らしながらセイフが付いてくる。
早く、こんなダンジョン抜けきってしまわないと。聖王都に着いたら、俺はセイフとパーティを組むのだから。
「……でも、本当にソレでいいのか」
俺は妙に腹落ち感のしない答えに後ろ髪を引かれながら、森の中へと足を踏み入れた。
◇◆◇
以前来た時の通り、この森はモンスターの巣窟だった。
「クソッ、また敵がこんなに……全体攻撃魔法の詠唱を頼む!」
「詠唱に少し時間がかかるから、敵の引き付けよろしくね!」
「分かった、奥の敵は俺がヤる!その間に、ヒールストームを前衛にかけてやってくれ!」
「了解、こっちも少し時間がかかるっ……てっ!敵がこっちに来てるせいで祈りを捧げられないっ!」
「テル!手前の敵を頼む、セイフはもっと前に出ろ!敵を引き付けるんだ!」
「わかった!」
「……ん」
倒しても倒しても敵が沸いてくる。敵の強さはさほどでもないが、ともかく数が多い。こうなってくると前衛だけでは敵の引き付けが間に合わず、魔法使いやヒーラーといった、本来守られるべき相手にすら敵が襲い掛かかってしまう。これでは、非常に戦闘効率が悪い。
「っは!」
とは言っても、ソロの時はこんなのは日常茶飯事だった。
周囲を敵に囲まれ、それでもその全てを一人で処理しなければならない。それから考えると、今のこの状況は大した事はない。
「早く、ヒールストームの詠唱をっ!そっちの敵は全部俺が倒す!」
「わ、分かった!ありがとう、テル!」
俺はヒーラーの頭上から襲い掛かろうとしていたモンスターを撃ち落とすと、久しぶりに戦闘中に声を張った。
ヒーラーには、早くセイフを回復して貰わなければならない。なにせ、このダンジョンに入ってから、セイフはずっと一人で大量のモンスターの攻撃を受け続けているのだから。
「クソッ、また敵が増えてる……!」
セイフの方を見てみれば、敵の魔法攻撃まで受け始めていた。しかも、更に奥の敵はけっこうヤバめな攻撃魔法の詠唱をし始めているではないか。
「セイフ……」
すぐにでも敵の詠唱を止めてやりたいのに、仲間が多いせいでセイフだけに構っていられない。
「……きっつ」
何故だ。ソロの時と比べると、俺に課された役割は大した事のないにも関わらず、俺の肩にのしかかってくる疲労はソロの時とは比べ物にならない。
「はぁっ、はぁっ。なんだ、コレっ……」
肩で息をしながら、額からは妙な汗が噴き出す。そんな中、俺はやっとの事でヒーラーを狙っていたモンスターを全て倒し終えた。ただ、セイフの引き付けるモンスターがまだ大量に残っている。
「……魔法使いの詠唱はまだかかる。ヒーラーの祈りも、今始まったばっかり」
少しでいい。余裕がある今のうちに、セイフの引き付ける敵を倒しておこう。特に、あの魔法を詠唱している敵がマジでヤバイ。詠唱時間の長さから言って、上位魔法である事は間違いない。
「……魔法が発動する前に倒さねぇと」
そう、俺が弓を構えた時だ。