25:信頼って、いつ感じる?

 

「でも、そろそろお前は……自分の力でパーティをまとめなきゃだめだろうが」

 

 いつまで俺を悪者にしてりゃ気が済む。そんなんで、魔王を倒せるのか。

 

「ったく、本当に仲間だけじゃなく……お前が死ぬぞ。リチャード」

 

 俺は、なんだか更に体が重くなった気がした。眠気と吐き気で、どうにかなりそうだ。同時に動悸までしてくるのだから堪らない。

 なんだか、ロッカールームで倒れたあの日を思い出す。過労?いや、俺は今そんなに疲れるような事はしてないだろう。

 

「っはぁ、っぅ」

 

 俺が傍にあった木の幹に体を預けていると、コッチのリチャードとセイフの話も本題に入っていた。

 

「セイフ、悪い事は言わない。聖王都に着いたら、その盾を売却して俺達の所に戻って来い」

「……」

「盾なら、また皆で金を出し合って新しいのを買ってやる。ともかく、アイツとは早く離れた方がいい。もしかすると、お前を利用して稼げるだけ稼ごうって魂胆かもしれないぞ」

 

 リチャードの声は先ほどまで、俺に「休んでろ」と優しく声をかけてくれたモノとは程遠い冷たさを孕んでいた。その冷たさは完全に〝テル〟という得体のしれない余所者へと向けられている。俺はあのパーティにとって完全なる余所者だ。

 

「お前だって、よく知らないヤツと一緒にいるより俺達と一緒に居た方が安心できるはずだ。信頼できないヤツに、自分の背中を預けるモンじゃない」

「……」

 

 信頼できないやつ。そのリチャードの言葉に、やっぱりセイフは何も答えない。そんな二人の様子に、俺は妙な懐かしさを覚えていた。

 

「……そうだ」

 

 俺、こういうの初めてじゃない。前も同じような事は度々あった。

 

「俺はまた、同じ轍を踏んだのか」

 

 本当に、二度ある事は三度あるらしい。

 

◇◆◇

 

 

『ねぇ、店長さぁ。マジでうざくない?』

『っ!』

 

 店長をやってる時もそうだった。ロッカールームに俺が行くと、皆気を遣って喋れないだろうからって、わざわざ店の裏で休憩してたのに。

 

『私達にばっかシフト入れ入れってさぁ』

『バイトの私達にそこまで求めて欲しくないよねぇ』

『それ!店長だからって高い給料貰ってんだろうさ』

『どうせ彼女も居なさそうだし。もう全部お前が入れって感じだわ』

 

 バカ言え、俺の給料なんて時給換算したらヤバイんだからな!?まぁ、彼女が居ないのは本当だけど。……それに、分かれよ。

 

『俺はもう、全部入ってる』

 

 これ以上、どうやってシフトに入れってんだ。

 

 

 このソードクエストの世界で、俺が勇者一行の「弓使い」として生きるようになってからもそうだ。

 

『はぁっ、まったくテルには困ったもんだぜ』

『っ!』

 

 夜になると、どうしても強い眠気のせいで意識を失うように眠りについていた。でも、たまに〝声〟だけ聞こえてくるんだ。

 

『見張りも出来ない、朝も起きれない。挙句に矢の金を皆で負担してくれって。正直、お前ら、テルの事どう思ってる?』

『……まぁ、良い気分じゃねぇよ』

『そうね。自分ばっかり苦しいって顔されても困るし。それに……』

『討伐数だろ?昔からテルはそうなんだよ。安全な所から、トドメだけ持ってくのだけは、前衛の士気が下がるからやめろっつってんのによ』

 

 リチャードのヤツ、好き勝手言いやがって!俺は討伐数が欲しくて矢を撃ってんじゃねぇ!金の事は、申し訳ないと思ってんだ。……でも、リチャード。分かれよ。

 

『俺は、お前が怪我しねぇように矢を撃ってんだ』

 

 討伐数じゃない。倒さないと、お前が怪我するだろ。すぐ敵の中に突っ込んで。見てて危なっかしいんだよ。

 

『それなのに……』

 

 なんで、誰も分かってくれないんだよ。

 

 

 

 

 

「……もう、どうでもいいや」

 

 セイフは何も言わない。何も言ってくれない。リチャードの言う通り、セイフとは聖王都で別れよう。そして、俺はもう今度こそソロでやっていく。盾を売った金で使い魔を飼って、今度こそ俺の本当の仲間になってもらうんだ。

 

 そう、俺が二人に背を向けようとした時だった。

 

「リチャード」

「セイフ?」

 

 すると、背中の向こうからセイフの声が聞こえてきた。まさか、セイフが喋るなんて。俺は、喉の奥で変に呼吸が引っかかるような感覚を覚えつつ、ゆっくりと二人の方へ振り返った。

 

「リチャード。……俺は、お前らと、パーティは組まない」

「っな、なんでだ!?まだ俺がお前をパーティから追い出した事を怒ってるのか!?だったら謝る!あれは、俺が未熟だったから……!」

「違う」

 

 突然ぶち込まれたセイフからの予想外の言葉に、リチャードも、そして俺も耳を疑った。セイフは一体何を言うつもりなのだろう。

 

「っは、ぅ……せいふ」

 

 これは動悸による息切れか。体が熱くなるのは、具合が悪いせいだからか。

 

「……期待、するな」

 

 さっき思ったばかりだろうが。何度も同じ轍を踏んで来た。二度あることは三度あるし、誰も俺の事は分かってくれない。だから、今度こそ使い魔を飼ってソロとしてやっていくんだ。

 

「セイフ、お前はテルの事をちゃんと知ってるのか?」

「わか、らない。テルは、昔のことは、話さないから」

「だったら俺達と一緒に居ろ!俺達はガキの頃から一緒だった!お前だって俺達の事はよく知ってるはずだ!その方がお前だって……!」

「だから、違う」

「何が違うんだよ!」

 

 リチャードにしては、珍しく感情に身を任せた怒りに満ちた声だ。そんな中でも、セイフはいつもと変わらない。ただ、静かに言う。

 

「俺は、テルの事をよく知らない。でも、俺は、テルを信頼してる」

「は?」

「だって、信頼は……自分が相手の事を、どれだけ知ってるかでは、決まらない」

 

 セイフの低くて穏やかな声がする。少し懐かしさすら感じる、その声。

 遠くで、しかも全身甲冑姿だから、どんな顔をしているのかは分からない。分からないけど、俺には分かる。

 

「信頼は〝相手がどれだけ自分の事を知ってくれているか実感した時〟に感じるんだ」

 

「っ!」

——–俺はセイフが鎧を着てても、ちゃんとお前の考えている事が分かるからな。

 

 セイフは、きっとあの、露店に居た仔狼みたいな顔で、俺が迎えにくるのを待ってるんだ。何も言ってくれない。何も分かってくれないなんて、俺は一体何を勘違いしていたのだろう。

 

「ソレ、全部俺じゃねぇか」

 

——–テルは、俺と、パーティ……組みたくないんだ。

 

 俺が怖がって何も言ってやれなかったせいで、どれだけセイフを不安にさせただろう。

 怪我を治してもらえと言った時だってそうだ。どうしてセイフが俺を無視したか。そんなの分かりきった事じゃないか。

 

——–テルが、シて。だって、俺はテルの使い魔、なんだから。

 

「そうだった……アイツ、俺が手当しなきゃ言う事を聞かないんだった」

 

 頭が、ぼーっとする。吐き気はなくなったし、動悸もしなくなった。でも、やっぱり眠いのだけは変わらない。

 

「明日、聖王都についたら……俺が、シてやるよ」

 

 最近安心して眠れていなかった。でも、今日はしっかり眠れそうだ。俺は遠のく意識の中、その場を離れると久々にぐっすりと眠りについたのだった。