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あぁ、なんか疲れた。
「よし、今日はここで野宿するか!明日には聖王都に到着するぞー!」
リチャードの明るい声が、俺の鼓膜を揺らす。
リチャードはどうしてこうも元気なのだろう。いや、むしろ。どうして俺はこんなにも疲れてしまっているのだろうか。
「テル、大丈夫か?」
「……あ、うん。大丈夫」
「無理するな。眠いんだろ?少し休んでろ」
「……ごめん」
「いいって。同じ弓使いだ。気持ちはわかる」
ニコリと笑って背中を叩いてくれるリチャードに、俺は申し訳ないやら、不甲斐ないやらで何も言う事が出来なかった。
「……はぁ」
他の皆が食料や水、火の準備をしている中で、ドサリとその場に座り込んだ。
頭がボーッとして、眠くて仕方がない。ただ、これまでの野営も、俺は見張りの順番を抜かしてもらっている。正直、居たたまれない。
リチャードは「同じ弓使いだから気持ちが分かる」と言ってくれたが、正直、俺はその言葉を素直に受け取れずにいた。
「……なんで、あんなに普通に動けるんだよ」
フィールド全体を見渡して注意を払っているのも、パーティの指揮を取っているのもリチャードだ。にも関わらず、リチャードは夜の見張りもこなすし、なんなら朝も早い。仲間達の話によると、いつも一番に目覚めてくるらしい。
「きっつ」
俺なんて、未だに朝起きれないせいで、気付けばいつもセイフにおんぶされているというのに。
「俺の事、怒ってるんじゃないのかよ……」
まぁ、俺を置いていくワケにも行かないし、体格的に背負えるの奴がセイフしか居ないから、と言われればそれまでの話だ。
しかし、それでもあまり俺に振動がいかないようにゆっくりと優しく歩いてくれる、以前のままのセイフの歩調に、その時ばかりはホッとする。そのせいで、起きてもしばらくは寝たふりをする毎日だった。
「セイフ。最近、よく敵の攻撃を受けてるよな……怪我もしてる」
でも、もちろんセイフは何も言わない。だから、ヒーラーも、誰も、セイフの怪我に気付かない。でも、今の俺がヒーラーに伝えても、きっとセイフは首を横に振るか、無視をしてくるだろう。というか、一度提案してみたが、見事に無視された。
「……仲間が多いと、戦士はその分、前に出されるからな」
それに、戦士とは、そもそもそういう役割だ。だから、リチャードのセイフに対する指示も「前へ出ろ」というモノしかない。特に、剣の扱えないセイフは完全に囮役としてパーティ内で機能している。
それぞれの各種の役割をきちんと把握し、戦闘において余計な私情を挟まない。リーダーとして、指揮役として、やっぱりリチャードは完璧だ。
「……囮役か」
俺は強く襲ってくる眠気と、ずっと頭の中を占める戦闘でのセイフの動きに微かな吐き気を覚えた。
あぁ、このままじゃダメだ。眠ろうにも眠れない。
「セイフに、声かけてみるか」
無視されるのが怖くて、あまり言い出せなかったが、やっぱり回復してもらうように言った方がいいだろう。セイフは、自分で人に何かを頼むのが苦手だから。
「セイフどこ行ったんだろ。水汲み、かな」
俺はフラつく頭を手で支えながら立ち上がると、そのままフラリと森の中へ入って行った。
◇◆◇
「セイフ。お前、あのテルってヤツの事、どこまで知ってる?」
「……」
「っ!」
森の奥に入った瞬間、どこからともなく聞こえてきた声に俺は息を呑んだ。同時に、声のする方へと意識を集中する。少し距離があるせいで、ハッキリと姿が見えないが、その声から相手がリチャードだという事が分かる。ただ、いつもの明るい声とはワケが違う。
「どうせお前の事だ。相手の事なんて何も知らずに付いて回ってたんだろ」
「……」
「アイツは十中八九、勇者リチャードの仲間だった弓使いのテルだ。間違いない」
突然、リチャードの口から出てきた、勇者パーティの名前に、俺は息が止まるかと思った。
なんで、バレてるんだろう。俺は、コッチのリチャードに昔の事は何も話していないのに。それに、それはリチャードに限った話ではない。
俺は、セイフにも過去の話はあまりしてこなかった。セイフは深く昔の事は聞いてこなかったし、それに何より。
「……嫌われてた頃の話なんてしたくねぇし」
ボソリと思わず口を吐いて出た言葉と共に俯くと、そこには微かに震える自分の手が見えた。
「セイフ、お前。勇者パーティの話は聞いた事あるか?」
リチャードの問いかけに、セイフは何も答えない。いつも通り、ただ静かに立っている。しかし、リチャードは気にした様子もなく話し続けていた。
「その中に〝テル〟って弓使いが居たらしい。でも、ソイツは弓の腕は確かだが、そりゃあもう相当な性悪だったそうだ。あまりにも自分勝手過ぎるんで、勇者パーティから追放されたそうだ」
相当な性悪?なんだ、ソレ。
しかし、その後リチャードからぽろぽろと零れ出た俺への評価に、俺はといえば心底納得してしまった。
守銭奴で、討伐数を横取りする、自分の事しか考えていないズルいヤツ。
それは全部、リチャードが俺に対して常々言っていた言葉だ。どうやら、俺はパーティを抜けた後も、ある事ない事好き勝手言われ続けていたらしい。
「リチャード。お前、マジで……そういうトコだぞ」
パーティを抜けた相手の事を、噂になるほど悪く言うなんて。そんな事をしていたら、次、新しいメンバーを迎え入れた時に、将来的に自分もそう言われるんじゃないかと不安になるだろうが。
「ったく、いつまでガキでいるつもりだよ」
俺は頭を抱えながら、久々に幼馴染であるリチャードの事を思い出していた。アイツは、本当に精神が幼かった。ただ、パーティをまとめるのに、自分の力量が足りない事を本能的に分かっているからだろう。
アイツはメンバーをまとめ上げる為に、チーム内に〝敵〟を作った。
それが、俺だ。