30:職業:弓使いの守護者

 

 

 パーティから抜けてくれ、と言われた。

 

 

 

「セイフ、悪いな。パーティ全体の事を考えると、その……お前は」

「……」

 

 わかっている。俺がこのパーティ内でお荷物になってるって事くらい。戦士なのに盾しか使えないし、敵が怖いから前にも出れない。声を張るのが苦手だから、戦闘中も仲間と上手くコミュニケーションが取れない。

 

 俺は、このパーティにとって〝いらない存在〟だ。

 

「セイフ。お前には、……もっと、その。ふさわしい場所があるはずだ」

 

 その時、リチャードや他の皆が一体どんな顔で俺の事を見ていたのか、あまり覚えていない。

 

 いや、違う。覚えていないんじゃない。そもそも見ていない。

 俺は自分の顔が甲冑に隠れているのを良い事に、都合が悪い時、面倒くさい時、嫌な事があった時、それらから目を逸らしてきた。

 

 こうして、俺は幼い頃から一緒に過ごしてきた仲間達に別れを告げられた。

 そして、一人になった。

 

「……これから、どげんしよ」

 

 一人になったのだ。本当は故郷の村に戻っても良かった。どうせ、旅に目的なんかなかったし。俺は、リチャードに誘われたから旅に出ただけ。

 でも、俺一人だけ帰ると「アンタ、リチャード達と喧嘩ばしたとね?なんでね?理由ば言わんね」と、オバアがしつこく聞いてきそうだったので、帰るのはやめた。

 

 喧嘩って……俺を一体何歳だと思っているのだろう。もう、今年で二十五になるというのに。

 両親を早くに亡くした俺は、幼い頃からオバアに面倒を見てもらってきた。そのせいで、喋り方がオバアの故郷である、南の言葉が混じった変な話し方になってしまった。

 

「めんどくさか」

 

 その事もあって、子供の頃は喋り方を揶揄われて嫌な思いをしてきた。そこからだ。俺があまり喋らなくなったのは。

 だから、たまに喋らないといけない場面に立つと、ひどくたどたどしい喋り方になる。だって、気を抜くと、すぐにオバアの喋り方になるから。

 

 それに、小さな村だ。

 きっと帰ったらオバアから「アンタ!いい加減結婚して、オバアに、孫の顔ば見せんね!いつまでたってん、フラフラせんよ!」とか言われる。絶対言われる。イヤ過ぎる。

 

「……女は、苦手やん」

 

 だって、子供の頃は俺の喋り方をバカにしてた女たちも、ある時から「ねぇ、セイフ?」って変な声を上げて近付いてくるようになった。それにベタベタ体に触ってきて気持ち悪い。一体なんなんだ。

 俺は、子供の頃に「アンタの話し方、ジジババみたい!変なの!」って言われた事を、忘れたくとも忘れられないのに。

 

「絶対、忘れん」

 

 なのに、どうしてあんなコロッと態度を変えられるのだろう。記憶が無くなってしまったのだろうか。

 俺には全然理解できない。怖すぎる。

 

 しかし、女が俺に変な声を上げて近付いてくるようになったと同時に、オバアからは顔の文句を言われるようになった。

 

「アンタ、体は父ちゃんに似とるが、顔が勿体なかったね」

「……なんでよ」

「そげん、女んごた顔になって!顔も父ちゃんのごと男らしかならよかったとけ!」

 

 俺の顔が母親似なのが、それはもう気に食わないようだった。オバアは、踊り子をしていた母さんを、ずっと「はしたない阿婆擦れ女」と言っていたので、まぁ仕方ないのかもしれない。

 でも、それを俺に言われたって、もっと仕方ないじゃないか。だって、顔は俺がどうにか出来る領分じゃない。

 

 なんかもうそういうのが色々重なって、俺はある時から蔵に埃をかぶっていた鎧と兜を着て過ごすようになった。

 

 それが、今の俺の始まりだ。

 

 そう。全身甲冑はパーティに入って着るようになったワケじゃない。アレは、旅に出るよりもずっと前。俺を分かってくれない周囲の人間から身を守る為の鎧だった。

 

 おかげで、村では変わり者扱い。オバアからは「見苦しかけん、やめんね!」と怒鳴られたが、完全に無視して過ごした。鎧があれば、オバアのうるさい声も、壁の向こう側の出来事だ。

 

「へぇ。セイフ、お前。そんなに戦士になりたかったのか」

「……」

 

 いや、そんなワケない。

 でも、リチャードからそう言われた時、俺は否定も肯定もしなかった。喋るのが面倒だったし、鎧を着てからというもの無理に回答を求められなくなったので、これ幸いと黙る。もしかすると、甲冑の置物みたいに思われていたのかもしれない。

 

「じゃあ、俺のパーティに戦士として入ってくれよ。お前だって嫌だろ?こんな小さな村で一生過ごすなんてさ」

「……」

「よし、じゃあ決まりな!出発の日取りについては、また知らせるから!」

 

 と、そんな理由で村から出てきた。だから、リチャードから「仲間から抜けてくれ」と言われた後、すぐに決断する事が出来た。

 

 村に戻るか。一人で旅を続けるか。

 

「村はめんどくさかけん、旅ばする」

 

 こうして、嫌な事から逃げる俺の旅は、ダラリと幕を開けた。

 

◇◆◇

 

 でも一つ問題があった。

 

「は?ここで働きたい?いや、じゃあまずその甲冑を脱いで来い」

「ちょっと、うちじゃ……雇えないわ。その恰好じゃねぇ」

 

「……」

 

 金だ。そう、生きていく為には金が要る。

 ただ、一人だとモンスターを倒せないので、最初は働ける場所がないか探した。でも、全身甲冑のせいで、どこも雇ってもらえない。

 

「お金……どげんしよ」

 

 さすがに、このままじゃヤバイ。そう思って、仕方なく一人でダンジョンに潜った。何か金目のモノが落ちてないか探すために。

 

 そこで俺は、テルと出会った。

 

 

◇◆◇

 

 テルは不思議なヤツだった。

 

「セイフ、怪我してないか。お疲れさん」

 

 そう言って、優しく俺の頭を撫てくれる。俺は、テルにそう言ってもらえるのが、何よりも好きだった。

 

 

 

「今だっ!ソイツにトドメを刺してくれっ!」

 

 テルとの出会いは、なかなか衝撃的だった。

 ドラゴンに襲われて、死にそうになっている所をテルが助けてくれたのだ。テルは、ともかく凄い弓使いだった。木の上からドラゴンの目を一発で射抜いてみせるし、逆に、どんな小さな敵でも走りながらきちんと命中させる。

 

(こん人、すごか……)

 

 弓使いといえば、俺はリチャードくらいしか知らなかったが、リチャードはけっこう外す。本人は「まぁ、外れたら皆フォローしてくれ」と、あんまり気にしてなさそうだった。でも、テルは違う。

 

 絶対に敵に命中させる。

 どこに居ても、何をしていても、敵が多くても、大きくても、小さくても。どんな敵も、テルの前には一発で射殺されていく。

 

(まだ、若く見えるとけな)

 

 最初は、童顔に見えるだけで最初は俺と同い年かそれより上だと思っていた。それくらい、テルの弓の腕前は熟練していたし、それに、なにより――。

 

「セイフ、怪我してないか?」

 

 まるで「父親」みたいな優しい目で俺を見てくる。まぁ、俺は物心を付く前に両親を亡くしているので、本当のところはどうか分からない。でも、きっとこんな人の事を「父親」というんだろう。

 

(……俺。テルと、一緒におりたか)

 

 そんなんだから、俺はすぐテルに夢中になった。だって、テルの傍はとても心地よかったから。子供の頃に貰えなかったモノを、今、貰えているような気がしたから。

 

(こんかと、初めてや)

 

 オバアは何かに付けて、俺に文句ばっかり言うし。村の年寄り達からも変わり者扱いされて裏でコソコソ言われるし。女からは、見つかる度に「鎧を脱ぎなさいよ」とせっつかれるし。リチャードからは、もっと周りを見て自分の役割を全うしろと叱られてばかりだったし。

 

 でも、テルだけは違った。

 

「一つやれりゃ十分だ。セイフ、お前は十分凄いよ」

 

 俺を否定しない。陰口もたたかない。鎧を脱げとも言わない。むしろ、お前が居て助かってるよ、と笑って言ってくれる。

 テルは俺の事を分かってくれる。まるで「父親」のような人だ。

 

 と、思ったのに。

 

(十代は……若すぎる)

 

 まさか、俺より六つも七つも年下だなんて思わなかった。さすがの俺も、十代に対して「父性」を感じている自分に恥ずかしくなった。でも、それもそのうち慣れた。

 

 それどころか、俺のテルへの感情は、ちょっとずつおかしな方向に変化していった。

 

 

 

◇◆◇

 

 テルは寝起きが悪い。

 

「……テル、テル。起き、て」

「うっ……ぅぅん」

 

 テルは、起きている時は物凄くしっかりしているのに、ひとたび寝てしまうと普段とは全く違う姿を見せる。

 

「テル、テル」

 

 テルからは、寝起きが悪いので叩き起こして欲しいと言われていたが、そんなの出来っこなかった。

 なにせ、俺はテルが寝ている姿を見るのが好きだったからだ。

 

「てる」

「……むぅ」

 

 ほっぺたを指で突いてみる。でも、全然起きない。

 

「……ふふ」

「か、かわいかぁ」

 

 まるで、子供のように無邪気な寝顔。普段は敵の気配に敏感なのに、今じゃこの通りだ。俺の前でこんなに安心して寝てくれる姿に、俺はなんとも言えない気持ちになる。

 

「っふふ、ふ。せいふ」

「っっっ!」

 

 そのうち、時々寝言で俺の名前が呟かれるようになった。そんなテルの姿に、俺は完全に頭がおかしくなっていた。

 

「……ぁ、あっ。てる、てる」

「せいふ」

 

 激しい衝動に突き動かされるように、眠るセイフに顔を近づける。「セイフ」と、俺の名前を口にされる度に、テルのしっとりした口内におさまる舌が見え隠れする。

 

「っはぅ……んぅ」

「っ!」

 

 寝ているテルの赤い舌が、ペロリと唇を舐めた。

 

「っぁ、っぁ……かわい。テル、かわいかぁっ」

 

 体中が熱い。鎧もきてないのに汗が噴き出して、下半身がうずく。

 こういう感覚を、俺はこれまでほとんど感じた事がなかった。だが、これが「性衝動」だという事くらい、ハッキリ理解できた。

 

 なにせ、まだ皆で旅をしている時に、夜、リチャード達が風俗に行くのを目にしていたから。

 俺も誘われたけど断った。女は苦手だし。知らないヤツの前で鎧を脱ぐなんて考えられなかった。

 

 リチャード達からは「セイフ。お前、溜んねぇの?」なんて呆れ顔で言われたが、あの時の俺は、その意味が欠片も分かっていなかった。

 

 でも、今なら分かる。

 

「堪らんっ……」

 

 俺は鼻先が触れ合いそうなほど顔を近づけて、ペロリとその唇を舐めた。そして、自身の下半身に触れる。

 

「っっは、んぅ」

「……んっ、っはぁ」

 

 テルの唇を舌で舐めながら、下半身の高ぶりに触れ、上下に扱き、自分で自分を慰める。

 

「っぁぁ、っぅ!」

 

 罪悪感はあった。なにせ、テルはこないだやっと十九歳になったばかりだ。でも、俺は自分を抑えきれなかった。いや、抑えようとは欠片も思っていなかった。

 

「てるっ……っ」

 

 今では、自分を使い魔だと言い張って、起きているセイフにも不貞を働く始末。でも、テルが起きている時は鎧を着ているから、俺が、こんなに下半身を滾らせている事は気付かれていないはずだ。鎧を着てるのを良い事に、俺はテルの体を舐め回しながら、何度鎧の中で精を放ったかわからない。

 

 こんなのテルに知られたら、なんと言われるか。

 いや、テルならきっと許してくれる。

 

「てる、てる……てるっ……かわいぃっ!」

 

 だって、お相子だ。テルの下半身も固くなってる。

 

 

 

 俺は固くなった自身を扱く手を速めた。更に、テルの唇をこじ開け、舌を捻じ込ませる。

 

「っん、ンンぅ」

「っは、っは、ぅ」

 

 クチュクチュといういやらしい水音が、上からも下からも聞こえてきて鼓膜をも痺れさせてくる。

 

「てる……っ!」

 

 テルは、俺の事を心配してくれる。テルは、俺の事を否定しない。テルは、俺の事を分かってくれる。テルは、テルだけは――!

 

「っはぁ、っはぁ……きもち、よか」

 

 掌に吐き出された白濁に、頭の中が痺れを催す。唇を離し、テルを見下ろす。すると、少しだけ頬を赤く染めるテルが、微かに目じりに涙を溜めている姿が見えた。

 

「てると、一緒におれるなら……なんだってよか」

「……ん」

 

 まるで、「俺も」とでも言うように、テルが微かに声を上げた。

 

「かわい、テル」

 

 たとえ、どんなに敵に囲まれても。戦士として死ぬ事になっても。テルと一緒にいていいなら、俺は怖い事も、痛い事も我慢できるのだ。

 

——–お前に、嫌われるのが怖い。

 

 すると、いつだったか。テルが震えながら俺に言った言葉が脳裏を過った。テルは一体何を言っているのだろうか。

 

「ぜったいに、嫌いに、ならんよ」

 

 俺は自分の精液の付いた指先を、テルの唇の前へと差し出した。すると、寝ているはずのテルが、まるで俺の言葉に答えるように、その指を舐める。

 

「……せいふ」

「テル」

 

 俺は汚れていない方の手でテルの頭を撫でると、いつもテルが俺に言ってくれる言葉を口にした。

 

「テル、おつかれさま」

 

 あぁ、こんなに幸せにしたいと思える相手が現れるなんて、俺は、なんて幸せ者なんだろう。