【あの頃「仲間」から勇気を貰った、かつての子供たちよ。今こそ、自分の人生を取り戻す時がきた】
『あ~~っ!楽しみだなぁっ!』
調べてみたら、どうやらこれまでになかった新しいシステムも導入されるらしい。しかも、二つも!
俺は久々に買ったゲーム雑誌を手に横になった。チラリと時計を見れば、とっくの昔に日付が変わっていた。明日も朝から店を開けなければならない。その為、本当ならすぐにでも眠るべきなのだろうが、寝たらまた仕事かと思うと、襲ってくる眠気に抗ってでも起きていたくなる。
『えーっと、なになに?』
俺は手元にあるゲーム雑誌を広げると、何度も何度も読みこんだ【ソードクエスト】のページに目を通した。そこには、こう書いてある。
≪ソードクエスト最新作!明かされた二つの新システムを徹底解剖!≫
ソードクエストの最新作には新しい二つのゲームシステムが追加された。
一つ目は「ジョブチェンジ(転職)システム」。
従来の固定職業制から、プレイヤーの選択如何でどんな職業にでも就ける選択職業制へと変わった。
それは、子供にとっては「なりたいモノ」になれる夢のシステムであり、様々な経験を積み、人生の厳しさを知った大人にとっては「いつでもやり直せる」という救済システムの二つの顔を持っている。
そして、もう一つ。
追加された異例のシステムこそが「結婚システム」だ。
これは、従来の固定ヒロイン、選択ヒロインとの結婚要素とは異なり、今回は性別すらも自由だ。自分が共に歩みたいと思った、世界に居るどのキャラクターとも結婚出来る。
初代【ソードクエスト】からゲーム制作に携わる新野勇沙氏は、今作についてこう語っている。
——–
ロールプレイングゲームとは一体なんだろうか。
直訳すると「役割演技」。つまり、想像上の役割を演じる事、である。
今回のソードクエストは【勇者】が主役のゲームではない。そして【魔王】が倒すべき敵でもない。
今回は、プレイヤー一人一人が主役であり、現実世界で選べなかった選択肢をゲームの中で、選び、演じていく事で、リアルの自分の人生を取り戻す勇気を得るきっかけになればと思っています。
今回の主役は、プレイヤー自身。
そして、倒すべき敵もまた、あなた自身なのです。
それこそが、今回の【ソードクエスト】最新作で私がプレイヤーに届けたい世界観です。それでは、発売日当日。新しい人生でお会いしましょう。
——–
『……転職、結婚かぁ』
俺は雑誌を腹の上に置くと、眠気のせいで閉じかかってくる瞼に抗う事が出来なかった。
『いつか、俺も……したいなぁ』
あぁ、本当に楽しみだ。
ゲームの中だけでなら、俺も〝幸せ〟になれるだろうか。
◇◆◇
「っ!」
目覚めると、そこには見慣れた青色の髪の男がジッとこちらを見つめていた。
「……せいふ?」
「テル、おはよう」
俺がぼんやりとした調子で答えると、セイフの腕がギュッと俺の背中に回された。衣類を纏っていない素肌同士がピタリとくっつき合う。おかげで、妙に温かい。
「いま、いつ……?」
「夕方」
「……おこせよ」
チラリとセイフの向こうにある部屋の窓を見ると、そこには夕日に染まった世界が見えた。
「テル、よく寝とったけん」
「寝とったけんって……いやいや」
一緒に住むようになってから、自然とセイフの口から漏れるようになった聞き慣れないイントネーションの言葉が俺の耳をつく。
どうやら、この方言を他人に聞かれたくなくて、あんなたどたどしい喋り方をしていたらしい。まったく、セイフは本当に変な事ばかり気にする。
俺はセイフの、この喋り方も好きだ。
「それでも、起こして」
「いや」
「ったく。俺の顔なんか見て一日過ごして、もったいねぇの」
「……ぜいたくだった」
「あー、はいはい」
本気で言っているらしいセイフに、俺は顔に熱が集まるのを止められなかった。
「お前がいいなら、いいよ」
「ん」
それにしても、どうやら俺が寝汚なかったのは弓使いが原因ではなかったらしい。こうしてセイフと二人でなんでもない生活を始めてからも、セイフが起こしてくれなきゃ夕方近くまで寝てしまっている。
まぁ、前世ではあまり睡眠時間が取れていなかったから……という事にしておいて欲しい。あの頃の睡眠を今、こうして「取り戻して」いるのだ、と。
今、俺はやっと自分の人生を取り戻している。
誰からって。そりゃあ、勇気の持てなかった「自分」からだ。そして、俺はこれからもどんどん取り戻す予定だ。
「なぁ、セイフ。もう少し金が貯まったら、小さい家を買おうぜ」
「ん」
「それで、本棚とか、食器棚とか良いの買ってさ」
「ん」
「あとは、犬を飼って一緒に育て……」
「ダメ」
「あれ?」
それまで静かに頷いてくれていたセイフが、ピシャリと拒否の言葉を紡いだ。そして、その整った顔に、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべると俺の唇にペロリと舌を這わせてきた。
「だって、俺が居るやん」
「……まぁ、そうだな」
俺はセイフの背中に腕を回すと、静かにその唇に口づけた。
おわり
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