前書き
今回は小説です。
本編後。セイフとテルが結婚して二人で暮らし始めてからのお話。
冒険者を止めた二人だったが、家を買ったせいでお金が必要になり、結局クエスト消化で稼ぐ冒険者のような日々を行くっています。そんな新婚の二人の性生活について。
夜になると、ともかく眠気が襲ってくるテル。でも、セイフとセックスがしたい。
新婚早々セックスレスはいかんだろ!?と、焦るテルと、その隣で気まずいセイフのお話です。
睡眠姦が書きたかったのですが、果たしてこれは睡眠姦と呼べるのか。
ともかく、どうぞ!
前世での俺の職業。
全国チェーンのディスカウントストアの雇われ店長……もとい、社畜。二十七歳の時、睡眠時間を削った過重労働の末、不遇にも過労死してしまった。
しかし、そんな俺も今や新しい世界でよく眠れる素晴らしい人生を送っている。
「うぅぅんっ。よく寝たっ!」
今の俺の職業は、パーティから追放された弓使い……もとい。
「さぁ、セイフ。今日もクエスト消化に行くぞー」
「ん!」
この、全身甲冑に身を包む戦士。セイフの夫である。
今日こそ、きっと。
この、ソードクエストの世界では同性婚はさほど珍しい話ではない。同性どころか、異種族婚だって普通だ。周囲を見渡せば、同性、更には異種族で結婚しているカップルはけっこう多い。
俺とセイフが二人で通りを歩いていると、庭で花に水をやる二人の女性が話しかけてきた。
「あら、セイフさん、テルさん。おはよう」
「二人共、もしかして今日も冒険者ギルドのクエストのお仕事?」
この二人は俺達のご近所さんで、ワーウルフの獣人と人間の異種族ご婦婦だ。しかも、両者ともにかなり美人……いや、獣人の美醜はイマイチ分からないのだかが、彼女はオーラが完全に美人だ。だから、俺は彼女を美人だと俺は思っている。
「昨日も遅くまで大変だったのに、大変ねぇ。もっとのんびりすればいいのに」
「いや、家を買っちゃったんで。ローンが……」
「あぁ、ここ。城下町の外れなのに土地も家も結構するのよねぇ。わかるわぁ」
わかるわぁ。
なんて、獣人の奥さんが肩を竦めてみせたものの、俺はこの二人があくせく働いている姿を見た事がない。一体どうやって生活費を工面しているのだろう。この二人はけっこう謎に包まれている。
「じゃ、いってらっしゃーい」
「気を付けてねぇ」
「はい、いってきます」
「……」
手を振る二人に、俺は軽く手を振ると、クルリと前を向いて先を急いだ。隣にはずっとセイフが居る。セイフは何も話さない。いつもの事だ。
「あの二人、絶対お金持ちだよな」
「ん」
「いいなぁ」
「ん」
ただ、俺の言葉に合わせて、隣で頷きはしてはいた。時折カチャリと聞こえてくる甲冑の音で分かる。こんな風に、俺以外にも他人に対してきちんと反応を返すようになったなんて。最近、セイフは少しだけ成長したように思う。
「こんにちは。セイフさん、テルさん」
「あっ、こんにちは」
再び歩き始めると、今度は人の良さそうな笑顔を浮かべた男性から声をかけられた。隣で、カチャリとセイフが軽く会釈する音が聞こえた。
うん。ちゃんと挨拶してる。えらい。
「その恰好……今日もお仕事かな?」
「はい、今日も討伐クエストをちょっと」
すると彼の後ろから、カンカンと一定の間隔で金属の打ち合う音が響いてきた。ここは、有名な鍛冶職人のドワーフの住む工房だ。どうやら、えらく腕が立つらしく、世界各地から武器鋳造依頼がひっきりなしに来ている。
俺が、工房の鉄槌音に気を取られていると、ふと挨拶をしてきた男性がセイフに向かって笑顔で話しかけていた。
「セイフさん、もし武器を持つようになったらお手入れはいつでもうちの工房に」
「……」
そう、首を傾げながらセイフに微笑みかける彼は、セイフが剣を使わない事を知っている。それでもこうして毎度の如く声をかけてくるので、これは彼にとっての挨拶代わりのようなモノだ。いつもなら、ここで俺がセイフと彼の間に入って「その時はお願いします」と、テキトーに流してやるのだが――。
「……ん」
「っ!」
「はい、いつでもお待ちしておりますよ」
セイフが返事をした!
ちゃんと社交辞令に対し、それを理解した上で声を出して返事をしたのだ。こんなの、少し前までは考えられない事だ。
「……セイフ」
「テル?」
あぁ、セイフ。すごいじゃないか!
俺があまりの驚きにセイフの肩を叩いてやろうとした時だ。それまで工房の中から聞こえていた金属音がピタリと止んだ。そして、次の瞬間。
「リーマン、リーマンっ!鉄鋼筒はどこだ!?見当たらないぞ!」
「それなら右の棚に」
「ないっ!」
工房の中から聞こえてきた、ドスの利いた力強い荒々しい声に、リーマンと呼ばれた彼は苦笑しながら工房に向かって「すぐ行くよ!」と声を掛けた。ただ、それでもドワーフの彼は待ちきれないのだろう。ガシャンと何かを壁に投げつけるような音が、工房の中から響いてきた。
「……まったく、もうご機嫌斜めだ」
これは、ご機嫌斜めとかそういうレベルなのだろうか。
ちらりとリーマンさんを覗き見ると、そこには先ほどまでと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべる彼の姿がった。どうやら大丈夫らしい。
「すみません。夫が朝から騒がしくて」
「い、いえ」
そう、彼はドワーフの鍛冶職人の夫だ。彼らもまた、男性同士の異種族夫夫なのである。
「リーマンさん、愛されてますね」
「いえいえ。テルさん程ではないですよ」
「……いやぁ」
何の気のてらいもなく返されたリーマンさんの言葉に、俺はジワリと顔に熱が集まるのを感じた。すると、またしても中から「リーマン!リーマン!早く!」という叫び声が聞こえてきた。その声は、怒っているというより、どこか子供の癇癪に近い何かを感じた。
「リーマン!どうして来ない……まさか、また居なくなったのか!?」
「はいはい!居なくなってないよ!すぐ行くからっ……それじゃ、二人共。今日も怪我をしないように。気を付けて」
リーマンさんはそれだけ言うと、こちらの返事など聞く間もなく、ガシャンガシャンと破壊音を響かせる工房の中へ急いで戻っていった。どちらかと言えば、リーマンさんが怪我をしないか心配だ。
「リーマンさんの旦那さん。スゲェな」
「ん」
腕の立つ職人というくらいだから、きっと色々と気難しいところもあるのだろう。でも、チラリと見えたリーマンさんの横顔は困ったような表情を浮かべつつも、口元にはハッキリとした笑顔が浮かんでいた。
きっと、あの気難しいところもリーマンさんにとっては愛すべきところに違いない。でも、俺は思ってしまう。
「……良かった、セイフが怒鳴ったり暴れたりするタイプじゃなくて」
むしろ無口で、争いごとも嫌いだ。
静かになった工房の入口を見つめながら、殆ど口の中で呟くような声で囁いた。でも、そこはさすがセイフ。
「俺、テルに……怒鳴らんよ」
ちゃんと聞こえていたようだ。金色の存在感のある瞳が、甲冑の隙間からジと俺を見下ろしていた。
「わかってるよ。セイフが俺に怒鳴らないことくらい」
「物も、投げんよ。俺は、あげんかこと、せん。乱暴な事も、せん」
「わかってる。わかってるから」
一体何を心配しているのか。ズイズイと俺の体に詰め寄りながら口にされるその言葉に、俺は大丈夫だ、とセイフの肩を叩いた。しかし、それでセイフの猛攻は止まらない。
「お、俺は、皿の場所も、スプーンの場所も知っとる」
「うん、そうだな。セイフはちゃんと知ってるもんな。でも、あの。ちょっと落ち着け」
「テルに、用がある時は、テルば呼ぶとじゃなくて、俺が行くけん」
いや、それは別に呼んでくれて構わないのだが。
っていうか、そろそろ背中が反り返り過ぎて尻もちをつきそうだ。
「なぁ、セイフ」
「……なん」
俺は必死に両足で踏ん張りながら、ギリギリのところでセイフの名前を呼んだ。少し、この話題から逸らしてやらないと。何故だか、セイフが不安がっている。甲冑の隙間から見える、金色の瞳がユラリと揺れたのは気のせいではない筈だ。
「さっきはリーマンさんにきちんと返事出来て偉かったな」
「……へんじ?」
「そうだよ。武器を持ったらうちにどうぞって言われた時、ちゃんと声を出して返事をしてただろ。凄いじゃん」
そう、俺が口にした途端、甲冑の隙間から見える瞳がキラリと光った。
これは、物凄く喜んでいる。あぁ、そうさ。俺はセイフの事なら、目を見ればだいたいの事が分かるのだ。
「最近、ご近所さんにも挨拶が出来ててスゴイぞ」
まるで小さな子供にするような褒め方だが、別にバカにしているワケではない。小さな事だが、それでもセイフにとっては大きな変化だし、とても頑張った結果なのだ。それに、俺は叱るのは苦手だが、褒めるのは得意だ。
「苦手な事もちゃんとやって。セイフはえらいな」
俺がセイフの頭を甲冑越しに撫でてやると、その体の後ろに大きな尻尾が揺れるのを見た気がした。まぁ、幻覚に違いない。でも、やっぱり俺には見えてしまう。
——–俺は、テルの使い魔、だから。
旅をしている時、よくそんな事を言われたものだ。でも、今は違う。
「ん。おれ、テルの夫やけん」
「そっか」
俺の夫だから、苦手な挨拶も社交辞令も頑張っている。そんな事を俺に言ってくれるのはセイフだけだ。これまでも、そしてこれからも。
——–信頼は、相手がどれだけ自分の事を、知ってくれているか実感した時に、感じるんだ。
俺は、セイフを信頼している。
「セイフ、お前。ほんと可愛いな」
「……テルの方が可愛かけど」
鎧の隙間から見える瞳が、きょとんと揺れた。どうやら、セイフは俺の事を可愛いとけっこう本気で思っているらしい。あと、よく「小さかね」と愛玩動物のように言われる事があるが、俺は別に小さくない。セイフがデカいだけだ。
大の男を可愛いとか、小さいなんて。ほんとに、まったく――。
「そんな事言うのはセイフだけだよ」
「ん。なら、俺だけで良かった」
そう、目を細めならが幸せそうに口にされた言葉に、俺はゴクリと息を呑んだ。
セイフは、本当に可愛いやつだ。俺よりもデカくて、年上で、男なのに。それでも、可愛いと思ってしまう。
と、つい先ほどの自分自身の思考に、盛大なブーメランを食らわせてしまったが、セイフは俺と違い、客観的に顔の造形が整っている。俺のは、身内の欲目ではなく純然たる事実だ。セイフは、誰がなんと言おうと可愛い。
「……セイフ。今日は早く帰れるように頑張ろう」
「ん」
「セイフ、今日こそ……絶対にやるぞ」
心から俺に信頼を寄せてくれるセイフに、俺も出来るだけの事はしてやりたい。同じだけの信頼と愛情を返してやりたい。それは、俺がセイフの夫だからというより、それはもう人の性というヤツだ。
「セイフ。俺、今日は夜も起きていられるように頑張るから。だから……その」
「……」
俺の言葉に、先ほどまで疑問に揺れていた瞳が大きく見開かれた。顔が熱い。俺は朝から一体何を言っているのだろう。でも、宣言しておかないと。そうでなければ、俺はすぐにダメになる。
「大丈夫。昨日はたっぷり寝たから。今日はきっと起きていられる!」
俺はグッと拳を握り締めると、決意を新たにした。そうだ。今日こそ絶対に眠らずに夜を迎えてやる。そして、今日こそ……今日こそ!
「さぁ、行こう!セイフ」
「……ん」
今日こそ、セイフとちゃんとセックスをするのだ!