J庭55 無配SS:初代勇者は石化した!

【前書き】
 今回のお話は、いつもの「番外編集」ではなく、イベント用の無配SSの公開となります。

 

時系列:書籍版 初代様と犬が一緒にヒュドラの死体で遊んで、色々犬にお使いを任せ始めたあたり。初代様視点。

 

タイトルの通り「初代様」が石化してしまいました。
石化した初代様(意識あり)と、それを守る為に傍にいた犬のお話。

では、どうぞ!

 


 

 

【初代勇者は石化した!】

 

 

 クソ。まさか、こんな事になるなんて思ってもみなかった。まさか、俺が――

 

「初代様が石化してしまうなんて」

 石化しちまうなんて。

 

——–

石化(せきか)

制限系。

身体が石になり、一切の行動がとれなくなる。

——–

 

「どうしよう」

 

 こちらを、どこか心配そうに見上げてくる犬を前に、俺はただ何も言わずに見下ろす事しか出来なかった。なにせ今の俺は石だ。返事も出来ない。それどころか、指一本動かす事も出来ない。

 

「石化を治療するアイテムもない。俺じゃ石化を解く魔法も使えないし……」

 

 オロオロと、目の前で歩き回る犬を、俺はどこかイライラした気持ちで見つめた。

 

(あぁ、クソッ。ムカつく!)

 

 いや、別に犬に苛立っていたワケではない。俺は自分の意思を発露できない〝この状況〟に、腹を立てているのだ。犬はその八つ当たり先に過ぎない。ただ、今の俺では八つ当たりすらままならない。それが更に俺の中の苛立ちを強く募らせた。

 

「回復アイテムを探しに行こうにも、初代様を置いていけないし。一緒に運ぼうにも……」

 

 犬は不安げな表情を浮かべたまま「失礼します」と俺の前で一礼すると、俺の体に前から抱き着いてきた。石化して、感覚は全て感じなくなった筈なのに、その瞬間温かい感覚が体に走った気がした。

 

「っぐ、ぅ……おも、いっ」

 

 犬は俺の体を持ち上げようと必死に力を込めるが、石になった俺の体はその場から微動だにしなかった。それもそうだろう。石化して重量が増えた上に、犬と俺の体格差じゃ、そもそも石化していなくとも犬が俺を持ち上げるのは不可能だ。

 

(っは。犬の分際で、この俺を持ち上げられるかよ)

 

 俺は、顔を真っ赤にしながら俺の体を持ち上げようと試みる犬を、ぼんやりと眺め続けた。なにをどうしたって無駄だ。早く諦めればいいものを。

 

「っはぁ、っはぁ。む、無理かも」

(そうだろうな)

 

 しばらくして、やっと犬も無理だと悟ったのか、肩で息をしながら此方を見上げてきた。犬の薄い茶色の瞳が、ジッと俺を捕らえる。

 

「……初代様」

(なんだよ)

 

 どうしたのだろう。石化しているのに、妙に体が熱い気がする。いつもより心臓の鼓動も早くなった気がする。

 

(なんだよ、コレ)

 

いや、待て。石化した場合心臓はどうなるんだったか。仮死状態になるのか。でも俺は今こうして意識があるワケだし。

 ……いや、そんな事はどうでもいいっ!

 

「石化は……確か、時間経過で解ける状態異常だった筈だ。だとしたら、無理に移動しない方がいい」

 

 犬はボソリと呟くと、微かに目を細めた。その姿が、それまでの慌てふためいた犬の姿とは全く違っていて、妙な気分になる。

 

(犬は、こんな顔もするのか)

 

 普段は情けない顔しか見ないせいで、少し意外だった。犬の癖に、一体なんなんだ。

 

「初代様、すみません。時間経過で石化が解けるまで、ここで野宿しようと思います。いいですか」

(まぁ、しゃーねぇな)

 

 返事など出来ない筈の俺に、律儀に尋ねてくるその姿は、既にいつもの犬の姿だった。

 

「……あ、あの。もし、ダメだったら。石化が解けたあとに、叱ってください」

(叱ってくださいって……なんだよそりゃ)

 

 俺からの返事がないせいで、犬は自分の判断に自信が持てないらしい。

 そうだ、犬はどんな時も俺の指示に従う。俺の邪魔もしない。従順だが、俺が初代勇者だからという下心を一切感じない。

 

(本当に、変な奴だ)

 

 俺はずっと一人が楽だと思っていた。足手まといはいらない。俺の勇者という肩書目当てに近寄ってくる下衆はもっと御免だ。それは今も変わらない。

 でも――。

 

「初代様、多分三日以内には解けると思うので、どうかご辛抱を」

(……仕方ねぇな)

 

 今、この犬だけは、居てくれて良かったと初めて思った。

 

◇◆◇

 

 その日から、俺は森の脇で石化した状態のままずっと立ち尽くす羽目になった。立ち尽くすと言っても、俺の格好はと言えば、不意に襲ってきた石化の魔法を使ってきたモンスターに、腰から剣を抜き取ろうとしているポーズで固まってしまっている。クソ、どんなポーズだよ。

 

「おはようございます、初代様」

(なにが、おはようだ。寝てねぇくせに)

 

 朝露に体を濡らす俺に、犬が律儀に頭を下げてきた。どうせ返事なんか出来ないと分かっている癖に、犬は何かある度に俺に声をかけ、許可を求めてくる。おかしなヤツだ。

 

「……くぁ」

 

 犬が見張りの為に一睡もしていない事は分かっている。犬は何も言わない俺の隣に腰かけ、ただただ一緒に夜を明かした。

 

(おい、気にせず寝ろ。どうせモンスターが襲ってきても、俺にダメージは入らねぇよ)

 

 そうだ。今の俺は石だ。だから、もし万が一何かあっても通常攻撃では一切ダメージは入らない。どうせ何も喋れないと分かっていながらも、こちらをジッと見つめてくる犬に語りかけてみる。

 

「初代様」

(ンだよ)

 

 何故だろう。犬の目を見ると、何も言わなくても俺の気持ちが伝わる気がするのだ。

 

——–初代様、タオルです。どうぞ。

——–初代様、鎧。お預かりします。

 

 犬は俺の事をよく見ている。最初こそ愚図でノロマな役立たずだったが、最近はそう思う事も減った。俺が手出しをされたくないところには絶対に踏み込んでこないが、必要と思った時には、いつも傍らに控えている。

 

「……」

(……なんだよ)

 

 あまりにもジッと此方を見つめてくる犬の姿に、俺はジワリと体が熱くなったような気がした。

 

「初代様、格好良いなぁ」

(はぁっ!?)

 

 真正面から、そして酷く至近距離から放たれた言葉に、思わず大声が上がる。いや、実際には声は出ていない。ただ、きっと石化していなければ大声を上げていただろう。

 

(おいっ、お前急に何言ってんだ!?このクソ犬がっ!)

 

 体が熱い。心なしか顔も火照ってきた気がする。今の俺は、一体どんな顔をしているだろう。

 

(いやいや、待て。落ち着け)

 

 俺は今石化しているのだ。表情も変わらなければ、顔色だって何も変わっていないはずである。だから、大丈夫だ。犬如きに、こんなに動揺する必要など欠片もない。

 

「……あれ?」

(なんだよっ!何か文句でもあんのかよ!?)

 

 それまでジッと俺の事を見つめていた犬が、ふと呟いた。その瞬間、俺は体の熱がバレたのかと思い、思わず心臓を跳ねさせた。

 

「初代様、体が濡れてる」

 

 犬は朝露に濡れた俺の体に気付くと、すぐに荷物の方のある方へ走ると、すぐに鞄からタオルを取り出し此方へと戻ってきた。

 

「初代様、失礼します」

(っ!)

 

 犬は律儀に俺に一礼すると、石相手にも関わらず酷く優しい手つきで俺の体に触れていった。いや、別に変な意味ではない。朝露を拭っているだけだ。なにせ、相手は犬だ。変な意味などあってたまるか!

 そうやって俺の体を拭っている最中、犬の口から再び「格好良いなぁ」と漏れる。

 

(クソッ、バカの一つ覚えみてぇに何回も言ってんじゃねぇよ!)

 

 そう、俺が犬に向かって声無き声を発した直後だった。

 

「エクスカリバー、格好いいなぁ」

(は?)

 

 犬の視線は、俺ではなく、俺の腰にあるエクスカリバーに向けられていた。

 それは、つい先日ヒュドラを倒して手に入れた伝説の剣だ。そういえば、犬はこの剣をいたく気に入っていた。まるで子供のような顔で、これで俺に技を出してくれと何度も何度もせがんできた程だ。

 

(……なんだよ、俺じゃねぇのかよ)

 

 つい先ほどまで、俺にだけ注がれていた視線が、今は腰のエクスカリバーに向けられている。そう思うと、なんだか面白くない気がした。むしろ、腹が立つ。

 

(いやいやいや、何考えてんだ!俺はっ!?)

 

 直後、自分の頭に過った考えに、俺はまたしても体が熱くなるのを止められなかった。

 いや、分かっている!実際には何も見た目に変化は起こっていない事は。なにせ、今の俺は石なのだから!

 

「よし、これでいい」

(っはぁ、っはぁ)

 

 俺の体を綺麗に拭い終わって、今度こそ俺の方へと目を向けてきた犬に目を逸らしたい衝動にかられた。しかし、悲しいかな。石化した俺には、体の自由どころか視線を動かす自由すら与えられていない。

 

「初代様、格好良いなぁ」

 

 コッチが石化しているせいか、いつもより緊張の解れた様子で穏やかに微笑む犬に、俺は思わず叫んだ。

 

(うるせぇっ!)

 

 もちろん、俺の声は犬には届かない。

 

 

◇◆◇

 

 石化して三日目の朝。俺の石化は未だに解けていない。

 

「初代様。おはよう、ございます」

 

 そう言って、俺の前で頭を下げる犬の顔には、微かに目の下にクマが出来ていた。無理もない。俺が石化してから、犬は一睡もしていないのだ。

 

「……初代様、体を、拭きますね」

 

 犬は掠れた声で、俺に声をかけるといつも通り丁寧に俺の体を拭い始めた。

 

(おい、まずお前の体を拭え。そして寝ろ)

「初代様、そろそろ……石化も、解ける頃だと……思いますよ」

(おい、ンな事はどうでもいい。俺の言う事が聞けねぇのか)

 

 もちろん、聞けるはずもない。なにせ、俺は一言も声を発していないのだから。

 

「……けほっ」

(おい、テメェ。風邪引いたら承知しねぇからな)

 

 昨日の夜は酷い嵐だった。

 その中、犬は自分のマントを脱ぐと、当たり前のようにソレを俺の体にかけてきた。そんな事をしても石である俺には何の意味もないというのに。

 本来なら、俺を置いて犬だけでも雨風のしのげる場所へと移動すべきなのだ。でも、犬ははなからそんな選択肢などないように、頑なに俺の傍から離れようとしなかった。

 

「っはぁ……っけほ、けほっ」

(おい、もしかして熱でもあるのか)

 

 犬は俺の体をタオルで拭いながら、微かに赤らむ顔で俺を見上げてくる。心なしかいつもより目も潤んでいる気がする。明らかに様子がおかしい。

 

(だから寝ろって言ったんだ!つーか、もう俺の事はいいから、お前一人で街に戻れ!俺もあとから合流する!)

「……よし、きれいに、なった」

(おい!返事は何て教えたっ!?テメェ、言う事が聞けねぇようなら、置いていくぞ!)

 

 「俺を置いていかなければ、お前を置いて行くぞ」などという、自分でもワケの分からない言葉を、必死に犬へと投げかける。しかし、石化してからというモノ。あれだけ察しの良かった犬は、一切俺の気持ちを察してくれなくなった。

 なんだか、出会ったばかりの頃の、愚図でどうしようもない駄犬へと戻ってしまったようで腹が立つ。

 あぁ、クソッ!ムカつく!

 

「っはぁ……あつ」

(おい!犬っ!)

 

 それまで俺の体を拭っていた犬は、目を伏せると荒い呼吸のまま、少しだけ俺の体へと体重をかけてきた。こんな事は、俺が石化してから初めてだ。どうやら、相当具合が悪いらしい。

 

「っはぁ、っはぁ」

 

 そろそろ犬も限界だ。三日間も寝ていない中、昨日の雨風で体が冷えている。もし、俺が今日中に石化が解けなければ、きっと犬は今晩も寝ずの晩を過ごすのだろう。そうなれば、犬の具合は今よりももっと悪化するに違いない。

 

(おい、犬!もう街へ戻れっ!)

「……初代様」

 

 ぼんやりとした目で此方を見てくる犬が、力ない声で俺を呼ぶ。俺の声は一切届かない。

 あぁ、クソ!マジでムカつく!

 こんなにキレたのは久しぶりだ。これだから、他人と旅なんで御免なんだ。どいつもこいつも足手まといの癖に、ちっとも俺の言う事を聞きやしない。

 

(おい、犬!いい加減に……!)

 

 そう、俺が募る苛立ちを、必死に犬にぶつけようとした時だった。

 

「きもちい」

(っ!)

 

 犬はピタリと俺の体に頬を寄せてきた。

 

(お、おい)

「……つめたい」

 

 どうやら、石化した俺の体が、熱をもった犬の体には気持ち良く感じられたらしい。

 

「しょだい、様。すみ、ません。少しだけ……少し、だけ」

(……犬?)

 

 犬は自身の額を俺の胸元に押し付けると、そのままピクリとも動かなくなった。

 

「……」

(犬。寝たのか)

 

 犬は何も答えない。ただ、ピタリと押し付けられた犬の熱い体温を、今度こそ俺はハッキリと感じた。

 それと同時に、俺に体を預けていた犬の体がフラリと傾く。

 

「っと」

 

 傾いた犬の体を、俺はとっさに自身の腕で抱え込んだ。どうやら、やっと俺の石化は解けたらしい。

 

「……っはぁ、っはぁ」

「このクソ犬が。手間かけさせやがって」

 

 俺は腕の中で気を失う犬をジッと見つめる。顔は真っ赤なのに、唇は真っ青で、相当具合が悪そうだ。本当にギリギリの所だった。

 

「街に行くか」

 

 俺は犬を背負い、周囲の荷物を回収すると、その足で街へと向かう事にした。ひとまず、宿を取り、コイツを寝かせてやらないと。

 

「っはぁ、ぅ」

「クソが。熱いし重いんだよ。この駄犬が」

 

 その間も、犬の目覚める事なくぐったりと俺の体に全てを預けている。

 これだから、弱いヤツと一緒に旅をするのは嫌なんだ。旅のペースも弱いヤツに合わせなければならなくなるし、ともかく面倒事が増える。

 そうだ。こんなに言う事を聞かない駄犬など、ここに捨てて行った方が良いのではないだろうか。

 

 そう、思うのに。

 

——–初代様、おはようございます。

——–初代様、格好良いなぁ。

——–初代様、綺麗になりましたよ。

 

 石化した俺に、当たり前みたいに声をかけてきた犬の声が、耳の奥に響く。また、眠れない夜を一人で過ごすのかと思っていたが、隣では犬が当たり前のように、同じ闇夜の時を過ごしてくれた。

 

——–初代様、俺も起きてますよ。

 

 そう言われた時、改めて思った。コイツが一緒で良かった、と。

 

「……もっと、強くならねぇと」

 

 もう絶対に敵の攻撃を受けたりしない。こんなヘマは二度としてやるものか。

 そう、不思議な事に、一人で旅をしていた時より俺は強くそう思った。

 

 

 俺は背中からズリ落ちてくる犬を軽く背負い直すと、嫌味なくらい明るい太陽の下をゆっくりと歩いた。別に、背中の犬の事を気遣ってやったワケではない。俺も石化が解けたばかりで、体がなまっていただけだ。

 

「しょだい、さま」

「おう」

「しょ、だいさ、ま」

「おう」

 

 街に着くまでの間。俺は犬の意味のない寝言に、ひたすら静かに答え続けた。

 

 

おわり。


初代様、強くなる決意をする!
まだ体の関係もない、そういう時代のお話でした^^