4:姉のようなご近所さんからの提案
俺は人が苦手だ。特に女の人は一番苦手。
——–ねぇ、セイフ?ちょっとその鎧脱ぎなさいよ。私の前でだけでいいから。
——–セイフったら、せっかく綺麗な顔してるんだから。ほら、ね?
子供の頃は俺ん事ばバカにしとった癖に、大人になったら気持ち悪か声ばだして俺の鎧ば脱がせようとしてくる。やけん、女はあんまり好かんかった。
でも、女の人も嫌なヤツばっかりじゃなか事ば、最近知った。
「あら、セイフさんじゃない。こんにちは」
「……」
庭の花に水をやりながらにこやかに挨拶ばしてくるのは、ワーウルフの奥さんだ。こん人は、うちのご近所さん。
ここには、ワーウルフの獣人と人間の異種族の女の人同士の婦婦が住んでいる。
「こ、こん、にちは」
「お散歩?」
「か、か、かいもの、です」
彼女の顔は鋭い金色の目と尖った耳を持つ狼の容姿で、その毛並みは陽光に照らされて銀色に輝いている。ただ、体つきはしなやかな人間の女性で、筋肉の付いた腕と長い脚が美しく伸びている。とても綺麗な人だ。
「朝早くからエライわねぇ」
「い、いえ。あたりまえの、こと、なので」
「そんな事ない。セイフさんは、やさしわよ」
こうやって、俺の下手くそな返事など気にした様子もなく受け答えをしてくれるのは本当にありがたい。それに、顔が人間のソレじゃないので、安心して顔を見れるのがいい。
「それはそうと。セイフさん?」
「は、はい」
「あなた、また昨日の夜もたくさん子作りをしたでしょう?」
「は、はい」
ワーウルフの奥さんは、その長い鼻をこれみよがしにヒクつかせると「まったく、人間のオスったら万年発情期で凄いわね」とカラカラと笑ってみせた。ワーウルフの嗅覚は人間よりなん十倍も優れていると聞くが、確かにそうらしい。
「夫夫の仲が良いのは良い事ね。子作りは雄の甲斐性だから、誇っていいわ」
「はい」
最初にこんな話を振られた時は戸惑いもしたのだが、どうやらワーウルフの世界では「こんにちは、今日は良い天気ね」くらいの掛け合いの一つらしい。しかも、実際言葉にそんな軽さを帯びているせいか、今ではこうして気軽に性の話を振ってくるこの人とが、一番まともに話せる相手になっていた。
まぁ、テルが一番だけど。
「でもね、セイフさん?一つだけ良い事を教えてあげる」
「良い、こと?」
「種を出すばかりがセックスではないのよ?」
「どういう、こと?」
優しく諭すように口にされた言葉に、俺は思わず首をかしげる。なんだろう、この奥さんが何歳かは分からないが、俺はこの人に姉のような感覚で接してしまっていた。
「セックスはね、愛し合う二人に与えられた神様からのプレゼントなの。相手に愛している事を伝える事こそが、至上の交わりというモノよ」
難しい。俺はテルを愛しているし、可愛いと思う。だから、毎日眠るテルのナカにマラを突き立て腰を振っているのだが。
そんな俺の思考を見透かすように、ワーウルフの奥さんは肩をすくめた。
「まぁ、オスはそうよね。なんたって相手を孕ませるのが目的だもの」
「……テルは、孕まない、です」
「本能の話よ。まぁ、ピンとこないならマーキングって言った方が分かりやすいかもしれないわ。コレは俺のモノだぞっていう」
本能。マーキング。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。俺はどこかで可愛いテルに俺の精液を出す事で、俺のだと主張したいのかもしれない。
「そ、そうかも」
「でしょ?でも、目的達成(射精)の為のセックスばかりなんて飽きちゃうわ。もっと過程を楽しむべきよ」
「か、てい?」
「そう。セックスというのはね?」
そう言って奥さんの語るセックスは、俺が普段テルに欲望をぶつけるソレとはまるで違っていた。
「優しく触れること。キスすること。微笑むこと。真剣に相手を見つめること。抱き合うこと。たわいもない話をすること。指で交わすこと。愛撫すること。服を脱がせること。終わったあとに思い出すこと。時には優しく食み、時に一緒に泣いたり、溜息をつくこと」
「……お、おもいだす?なく?ため、いき?」
「そうよ、セックスとは互いの感情を極限まで高め合って一番高いところで共有し合う行為なんだから」
なんだか壮大でとてつもなく異次元な事を言われている気がした。でも、そのせいだろう。なんだかとてもソレが素晴らしい事のように思えた。
「そ、それは……どげんやったらできると、ですか」
思わず方言が漏れる。しかし、ワーウルフの奥さんは気にした風でもなく俺に、そのセックスのやり方を教えてくれた。
「夜はダメ。いやらしい気分にはなるでしょうけどネガティブな感情も高ぶるから。やるなら、予定のない休日の朝……つまり、今とか」
「あ、朝?今?」
「そう、玄関の鍵は閉めて。誰にも邪魔させてはいけないわ。でも、寝室のカーテンは薄いモノだけかけて光を部屋に取り込むの。出来れば少しだけ窓を開けて、風を取り込むのもいいわ」
「ま、窓ば開けたら……こ、声が外に、聞こえるかも」
「大丈夫よ。この辺りは家同士の感覚が広いし、そう簡単には聞こえない。それに、聞こえてもいいじゃない。そんなのお互い様なんだから。ドワーフの鍛冶屋さんのところ、夜、家の前を通ると凄いわよ?」
そうか。みんなそうなんだ、お互い様なのか。でも、確かにそうかもしれない。この辺は二人暮らしの異種族同族夫婦も多く暮らしている。
みんな「お互い様」でいいらしい。
「して、みます」
「ええ、きっといつもと違った最高のセックスになるわ。いい?射精は目的じゃないからね?相手の……テルさんの顔を見て微笑んで、笑って。ちょっとくらい泣いたっていいわ。泣くとすっきりするしね」
「……わらう、なく」
「そう、頑張ってね。セイフさん」
「はい」
姉が居たら、こんな感じなのだろうか。こんな風に、尊重と無関心の合間の心地よい距離感で、俺に色々な事を教えてくれるのだろうか。
当たり前の事やけど、改めて気付いた。女の人は、悪い人ばかりじゃなかという事を。
俺は、買い物の途中である事も忘れてワーウルフの奥さんにお辞儀すると、急いでテルの待つ家へと戻った。今日は休日。まだ始まったばかり。教えてもらったセックスを、早くテルと試してみたかった。
昨日の夜もいっぱいシたけど、俺はバカやけん。硬い鎧の下で、セイフの顔を思い浮かべただけで勃起した。
「射精は、目的じゃない。射精は目的じゃない。射精は目的じゃ――」
ないっ!!!
「っおちんちんっ……、しぇいふの大きい勃起おちんちんで、俺のめしゅ穴っ、おくまで、にゅぷにゅぷしてぇぇっ!おまんこ、いっぱい突いてぇっ!」
「はは、はははっ!俺ん嫁さんな、いやらしかぁぁっ!」
あの日、俺はテルのナカで半日射精を我慢した。正直、地獄みたいに苦しくて途中の記憶も曖昧やけど、テルのいやらしくて可愛いところを見れたので、我慢して良かった。本当に、ワーウルフの奥さんの言う事を聞いて良かった!!
でも、なんでやろうか。
「テル。昨日のやけど、あれ好きなら、また、次の休みも――」
「昨日?普通にごはんを食べて、普通に洗濯をして、普通に買い物に行って、普通にいつも通りの変わらない休日を過ごしただけだったよな?好きって何が?あぁ、わかった。フレンチトーストだろ。昨日は一晩牛乳と卵に付け置きしたパンを使ったからな。美味しかっただろ。あ、もしかしてまた今週も食べたいって?うんうん、まかせろ。作ってやるよ。で、他に言いたいことはないか?うん、ないな?ほら、着替えて。今日もクエスト攻略に向かうぞー!目指せ、ローン完済!」
「……う、うん」
次の日の朝。
テルの笑顔は笑顔とけ、ちっとも笑っとらんやった。
おまけ
「ちょっと、朝からセイフさんに何て話をしてるのよ」
「だって、セイフさんったら精液の匂いが強すぎるんですもの。射精し過ぎよ。あれじゃ、テルさんの体が持たないわ。男の子ってコレだからねぇ。まったく、射精の事しか考えてないんだから」
「だからって、男の子に女の子同士のやり方を教えたって真似出来っこないわ。それに」
「それに?」
「テルさんだって男じゃない」
「……そうだったわね。あははは」
おわり
——–
あとがき
あははは!
そんなエグい会話が休日の朝に繰り広げられたとかないとか。
セイフは頭がパーン!となっていたので楽しい思い出として残ったようですが、テルはセイフから無自覚に与えられる拷問のような快楽地獄に、良い年(精神的に)して凄まじい黒歴史を刻んだのでした。
ポリネシアンセックスが書きたかったのですが、なんかコレじゃない感になったセイフ×テルでした。
もっと、精進します!!!