15:最強福の神様の徳の高い母上!

 

 

 俺の親は、この世で一等「徳」の高いお方だ。

 

 

「……っはぁ、やっと誕生出来た」

 

 「福の神」の神力は、生まれた家に住まう者の「徳の高さ」で決まる。

 生まれた瞬間、俺はとても豊潤な力が自身に宿っているのが分かった。神は生まれた時から、全ての理をその身に宿し生まれてくる。人間や動物の赤子とは異なり、俺達神は生まれた瞬間から「神」なのだ。

 

 だから、初めて「鬼」を見た瞬間、俺はすぐに気付いた。

 

「あ、あ……あれ?」

「ほう」

 

 足元で腰を抜かすこの鬼こそ、俺の「生みの親」である、と。

 一歩近づくだけで、体内の神力が穏やかに波打ち、その波紋が体中を満ちて行く。それは、まるで母親の胎内に居るような酷く気持ちの良い感覚だった。

 

「俺は、なんともまぁ良い場所に生まれた……!」

「へ?」

 

 俺は目の前に「生みの親」が堪らなく愛おしくてたまらなかった。だとすれば、相手もきっとそうだろうと思った。親は子を愛す。子も親を愛す。それこそ、俺の中に最初に刻まれた世の「理」だったからである。

 

 それなのに、この親ときたら――!

 

「あ、あの!あの、福の神様っ!」

「なんだ、何でも遠慮せず言え。なにせ、お前は俺の――」

 

 親なのだから!

 

「俺を、この家に置いてくださいっ!」

「は?」

 

 どうやら、この鬼は自分が俺の〝親〟だと認識して居なかった。

 こんな悲劇があって良いのだろうか。「お前なんか我が子ではない!」と捨てられるならまだしも、そもそも我が子として認識すらされていないなんて。

 

「お前は、俺を見て……何も思わないのか?」

「ふ、福の神様は……と、とても!素晴らしい神様だと、お、お、思いますっ!」

 

 我が親は、俺の事を何か恐ろしいモノでも見るような目でそんな事を言う。俺は親に愛されないどころか、恐れられているなんて。それが悲しいやら、辛いやら。

 それなのに、理の中に生きる俺は目の前の鬼(親)を求めてしまう。それが悔しいやら、虚しいやら。

 

「そんなにこの家に住まわせて欲しいならっ、さっきお前が言ったように今後は俺の下僕となれっ!」

「はっ、はいぃっ!」

 

 気付けば俺は、親に対して下僕になるように口走り、癇癪玉の弾けるまま、これでもとかという程にまぐわってやった。神の世界では「まぐわい」は生殖行為ではない。遊びと甘えの戯れ合いの一つだ。

 生まれたばかりの俺は、本能の求めるままに親に甘えた。どうだ!子に甘えられて喜ばぬ親は居まい!

 

 そう、思ったのに。コレは一体どういうことだ!俺の甘えに対し、親はポロポロと涙を流し始めたではないか!

 

「っぁ、っひん、っひん!」

「底辺鬼の分際でっ!なんでっ!なんでこの俺がっ!」

 

 そこからは俺は毎日のように親を泣かせ続ける、とんだ狼藉不良息子となった。

 俺はただただ「良い子良い子、よう生まれてきたね」と言って構って欲しかった貰いたかっただけなのに。

 

「ぁぅ~~~っ」

「ま、まだ泣くか!なんでだ!?」

「っひく、っひく」

 

 俺が甘える度に、親は小さな体を震わせシクシクと泣き続ける。このままでは本当に俺は親に捨てられるかもしれない。

 焦った俺は、鬼から取り上げていた組立人形で遊ぶ事を許可した。

 でも余りにも声高に「許可」すると、鬼が調子に乗って、俺の事を放っておくかもしれないので「本当はダメなのだが、特別に許可する」といった旨の文言で許可を与えてやった。

 

 それなのに!それなのに――!

 

「まったく、お前は一体何をやっている!一度も玩具に触れようともせず、一日中水場のカビを無心で退治してからに!お前は本当にダメな底辺鬼だな!?」

「ひんっ!ご、ごめなっ、しゃ!」

 

 鬼ときたら、人形を組立てて遊ぼうともせず延々と家屋の掃除ばかりしていた。特に家主の手が届かぬであろうところを重点的に掃除する様子はとても健気で、その徳の高さに俺の親への愛しさは募るばかりであった。

 

 そんな徳の高い親の健気な姿に、俺は一つこれまでに無い親孝行を思い付いた。

 

「俺にも、その人形を組立させろ」

「え?」

 

 鬼と、一緒に人形遊びをする事にしたのだ。

 

◇◆◇

 

「おい。これはどこに付ければ良いんだ?どこにもハマらぬぞ」

「福の神様、これは此方です」

「こっちか……ほう、ぴったりだ!見ろ、ピタリとくっついた!」

 

 親との人形遊びはとても楽しかった。それは、イザナギとイザナミの国造りにとても似ていた。俺は母と、たくさんの子を成して国造りをしているのだ!

 

「福の神様、とてもお上手です!」

「……ふうむ、俺はそんなに上手か?」

「ええ、さすが福の神様です!」

 

 しかし、人形遊びの中で俺を最も楽しませたのは、親の笑顔だった。親が楽しそうだと、俺(子)は尚のこと楽しい。それも、世の理の一つだ。

 

「俺は初めの頃は、こんなに綺麗に組み立てられませんでした」

「そうかそうか。俺はそれほどまでに上手か!」

 

 人形遊びをするようになって、じょじょに鬼から親の愛を感じられるようになった。毎度の如く、泣き喚いていたまぐわい遊びも、とても気持ち良さそうな顔で応じてくれる。

 

「っぁは、かわい。かわいらし……なんて、かわいい子ぉ」

「む、ぐ。……おい、おれは、かわいいか」

「っは、い。この世で、いっとう、かわい、い……れすぅ……んっ」

 

 愛しさも、際限なく募ってゆく。

 鬼の方も、俺を心底可愛がってくれるようになり、俺は鬼の徳と愛でどんどん力を付けていった。そのうち、俺は生まれて間もないにも関わらず、土地神をも超える神力を手にしていた。

 

 親の愛を手にした俺は、最早何の欠けたるところもない存在となったのだ!

 

「俺が土地神になれば、もちろんお前は誇らしかろうな?」

「ええ、ええ!」

「そうだろう、そうだろう。お前は俺が立派で可愛いので幸せだろう」

「とても!」

 

 きっと、俺が立派に大きくなればなるほど、親も誇らしがって更に俺を愛してくれるに違いない。

 

 そう信じて、俺は出雲へ発つ事にした。

 正直、一週間も親元を離れるなど、俺にとって地獄に行くような気持ちであったし、なんなら実際の出雲での日々も地獄のようであった。

 

 これは、帰ったらうんと甘えさせてもらわねば!

 その想いだけを胸に、俺は一週間の出雲での地獄のような日々を経て、冬将軍を乗りこなしようやく親の元へと帰った。

 

「おい、底辺鬼!どこに居る!?」

 

 一週間ぶりに出雲から帰った家は、とても静かで吹き抜けのお社の中のようにヒンヤリとしていた。

 出がけに「福の神様が居なくて寂しい」と、可愛らしく乳を差し出してくれた親の姿を思えば、俺が帰って来た途端、玄関に待ち構えて出迎えてくれると思っていたのに。

 

「あ、あれ……?どこだ、どこに居る?もしかして、隠れ鬼をしているのか?」

 

 狭い家だ。部屋数など数える程しかない。

 それなのに、どの部屋を探しても我が親の姿はどこにもなかった。親がいつも住処にしていた押し入れの中には、共に作った人形たちが乱雑にパタパタと倒れているばかり。

 

「……どこだ?どこへ行った?もしかして、い、居ないのか?」

 

 この時になって、俺はようやく気付いた。

 親の気配が、この家から一切消えて無くなっている事に。

 

「……ははうえ、どこぉ?」

 

 ここまで大きく立派に育てて貰った親に、唐突に捨てられてしまったのだ。

 

 

◇◆◇

 

「母上」

 

 聞いてください。

 出雲では、古い神達に虐められて散々だったのです。

 土地神になるような大神の多くは、長きにわたる多くの人間達の「信仰」により生まれます。

 

「母上、母上」

 

 そんな奴らです。ともかく派手でやかましく、母上の徳のみで生まれた俺を「信仰無し」とバカにしてきました。でも、力では俺に敵わないからと、大国主様のいらっしゃる前でわざと「乳吸い赤子神」などと嫌味を言う。

 

 俺には多くの人間からの「信仰」は無くとも、母上から頂いた「愛」と「徳」がある。だからこそ、こうして立派に出雲の地へと赴いたというのに!

 

「ははうえ、ははうえ」

 

 でも、嫌味を言われても俺は何も言い返せません。

 だって俺は母上が近くに居ないと何も出来ないのです。俺はずっと母上とだけ静かに暮らしてきました。力は強くとも、俺の天下は母上の庇護の元だけなのです。

 出雲では、「寂しいので早く帰って来て」と言ってくれた母上の顔を思い出しては、自分の指を吸って寂しさを紛らわしました。

 

 そして、その姿を他の神に見られ、またバカにされました。

 

「ぁぁうえ、ぁぁうえ」

 

 一週間、母上の乳を吸って甘える事も、まぐわって遊んでもらう事も出来なかった俺は、とてもとても心が疲れきっていました。

 だから帰ったらすぐにでも、乳を吸い、一緒に人形を作って、うんと遊んでもらおうと思っていたのに。

 

「まぁん、ま。まぁんま」

 

 母上様が居なくなってからというもの、あなたの「徳」から生まれ「愛」で育てられた俺は、どんどんどんどん力を失っていきました。

 よしよしと、愛してもらった分だけ大きくなった体は、次第に赤子のように小さくなり、終いには掌ほどの大きさになってしまいました。

 

 もう、力は殆ど残っていない。

 

「っふにゃあ、っふにゃあ」

 

 こんな事なら、出雲へなんて行かなければ良かった。俺はただ母上に「すごいね」と言って褒めてほらいたかっただけなのに。

 母上様、次にお会いするときは、母上様の望む良い子になりますので、どうか、どうかまた俺を愛してください。

 

 子は親に捨てられたら、生きてゆぬのです。