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ループとの濃厚で熱い一戦を終え、皆の元に戻った頃には日も大分西の空に沈みかけていた。
「ちょっと、カミュ!?アンタ、ループと手合わせしてくるって言って、どんだけ待たせる気よ!?見なさいよ、もう夕方になっちゃったじゃない!」
「ああ、悪いな!セゾニア!」
まったくもって予想通りの展開だが、セゾニアはループと俺がセットで何かをやらかしても必ず俺だけを怒る。100回目(前回)までは、それが妙に気に食わなくもあったのだが、今はむしろ有難いと思う。
「カミュ、あんた本当に悪いと思ってんの?」
「ああ、もちろんだとも!心の底から申し訳なさでいっぱいだ!まったくもって満場一致で俺が悪い!セゾニア、ごめん!ほんっとうに、悪かった!」
セゾニアには、ともかく謝る機会が多ければ多いほどいい。俺は腹の底から声を出して謝罪を述べると、腰から直角に体を折り曲げ頭を下げた。
「ちょっ……!こんな往来で大声出すのやめてよ!なんか私が恫喝してるみたいじゃない!」
「いいや、俺が悪いっ!悪かった、セゾニア!許してくれっ」
「わかった、わかったから。もういいです、出発は明日にしますっ!」
「そうか、ありがとう!セゾニア、お前は本当に良いヤツだな!?」
セゾニアの焦った声を聞きながら、性格のひん曲がった俺ときたら「セゾニアはこう扱えば良いのか」などと頭の片隅で思ってしまう。
いやいや、真っすぐだった一回目の俺はどこへ行った。回数を重ねるというのは、人間から謙虚さを奪っていけない。
「ご、ごめん。セゾニア、ちょっと俺も夢中になっちゃってたから……」
俺の隣でループが心底申し訳なさそうにセゾニアに頭を下げる。その頭の上には、変わらず星マークと101という数字。
「……ふむ」
そういえば、ループは回数を重ねても一向に擦れる事なく真っすぐなままだ。となると、どうやら性格がひん曲がってしまったのは回数のせいではなく、俺自身の持って生まれた特性と考えた方が良いだろう。
「ループ、夢中になるのはいいけど、この体力バカに付き合ってたら体を壊すわよ。どこか痛い所とかあるなら遠慮なく言ってね」
「ありがとう、セゾニア!」
にしても、俺とループの扱いの差が凄すぎないか。いや、昔からそうだった気もするが……。
「ちょっと、カミュ。こっち来なさい」
「なんだ?」
すると、それまでループに優しい視線を向けていたセゾニアが俺を手招きしてきた。
「屈んで」
「一体なんなんだ」
「いいから、早く」
ループより小柄なセゾニアは、俺の胸あたりくらいまでしか身長がない。言われた通り屈むと、セゾニアが俺の耳にソッと口を寄せてきた。
「コレ、あげとく」
「ん?」
ループに見えないように差し出されたソレは小さな瓶に入った軟膏だった。
「コレは……」
「アンタ達が普段隠れてナニしてるか、私が知らないワケないでしょ。ループがアンタの無茶で傷ついても、きっと女の私に回復してなんて言えないだろうから。アンタがちゃんと見ておくのよ」
セゾニアの静かな瞳がジッと此方を見つめる。
そうだ。セゾニアは一回目から変わらない。パーティメンバーをよく見て、すぐにフォローに回る。なんだかんだ言いつつ、前線に立つ俺が死ぬ直前まで致命傷を負わずに済んできたのは、他でもないセゾニアのお陰った。
「……あぁ、セゾニア」
「なによ」
——一度も置いて行かれた事もないお前が、分かったような口をきくな……早々にループの回復を諦めたくせに。
俺は、本当に愚かだ。
回数を重ね過ぎて、何もかもを当たり前だと思っていた。この世界に、当たり前なんて存在しないのに。
「ありがとう、セゾニア。お前は本当に……昔から良いヤツだな」
「何よ急に。気持ち悪い」
「ははっ、そうかそうか」
本当に心底気持ち悪そうな目で俺を見てくるセゾニアに、俺は思わず笑いが込み上げてきた。あぁ、この世界は本当に不条理で最高だ。
「セゾニア、お前はそれでいい!どうか、これからも俺を罵り続けてくれ!」
「はぁ!?」
「好きだぞ、セゾニア!まぁ、仲間としてな!」
俺はセゾニアから貰った薬をポケットに仕舞うと、性懲りもなく下半身が疼くのを感じた。今日はループの最高の指導もあって最高に興奮してしまった。酷く無茶をさせてしまったかもしれない。今晩にでも傷付いていないか見てやった方が良いかも——なんて下世話な事を考えていた時だった。
「なぁ、カミュ」
「どうした、ルー……ンンンンンっ!?」
振り返った視線の先には、なにやら不機嫌そうな表情を浮かべたループの姿があった。ループのこんな顔はあまり見た事がない。一体どうしたと言うんだ。最高に可愛いじゃないか。
しかし、俺が驚いているのは表情が原因ではない。
「ひゃく、に……?」
ループの頭上にある数字が増えていた。101から102へと。もちろん星のマークは付いたまま。しかし、当たり前だがループは死んでいない。未だに不機嫌そうな顔で此方を見つめている。
「セゾニアと二人で何を話してたんだ?」
「え?」
「……俺には言えないような話か?」
その顔は明らかに拗ねていた。いや、拗ねるというより。
「ループ、お前まさかセゾニアに嫉妬してるのか?」
「っ!あ、え……?」
俺が問いかけた瞬間、ループの目が大きく見開かれる。直後、ジワジワとその顔を朱に染め始めた。
「嫉妬……あれ?そ、そうなのか。俺は、セゾニアに……!」
どうやら無自覚だったらしい。俺がこれまでどんな女と話していても、こんな顔をした事はなかったのに。ループは本当に今まで見た事のないほど顔を赤らめ狼狽すると、その場に座り込んでしまった。
そんなループを前に、セゾニアは「アンタが変な事言うからよ」と俺を肘で小突いてくる。しかし、その間も俺はループの頭上の数字から目を離せずにいた。
「……これは、やり直しの数じゃ」
いや、待て待て待て!だとすると変だ!
今更ながらに、俺は〝これまで〟の記憶の糸を辿り当たり前の事実に気付いてしまった。
「ずっと、数字は100だったじゃないか!」
そうだ。その通り!やり直しを始めた最初から、ループの頭上の数字はずっと「100」だった。もしこの数字がやり直しの回数なら、毎回更新して然りな筈だろうが!
「だとすると、これはやっぱりコレは——!」
「カミュ……ごめん!俺、ちょっと川で顔を洗って来るから」
「ループっ!」
「っへ!?」
俺は逃げるように俺に背を向けるループの腕を掴むと、そのまま腕の中に閉じ込めた。
「お前ときたら、本当に俺の事を愛してるようだな!?」
俺は街の往来にも関わらず、大声で叫んだ。これは叫ばずにはいられない。なにせ、ループの俺への愛が閾値を超える程に育っている事が証明されたのだから!
「俺への愛が天元突破するほどとは……」
「あっ、あっ。……うん。俺はカミュの事が大好きだ」
「俺もだよ、ループ。愛してる。お前は本当に最高だ」
真っ赤な顔で小さく微笑むループを前に「本当に俺は愛されているなぁ」などと、色ボケた事を思っている俺は気付かない。
19600104……
俺の頭上では、今日も今日とてループへの愛が日夜天元突破している事を。