俺が戸惑っていると、ソイツは自分の席から立ち上がって俺の席の前まで来て、ガシリと俺の手を両手で握りしめてきた。前髪からチラチラと覗いたその瞳は、そりゃあもうキラッキラに光輝いていた。
隠れる手が、熱い。あと、すっごい汗ばんでる。手、離したい。
「俺は木村 光(きむら ひかる)だ!よろしく頼む!」
「あ、あぁ。よろしく」
光という名前は、一見すると野暮ったい見た目に不釣り合いに思えたが、そのキラキラと輝く瞳のせいで妙に似合っていると感じてしまった。
それにしても、こいつほんっとに手が熱いな!?手汗も凄いし、そろそろ手を離してほし——。
「さぁ、空!今この瞬間より、我らは魂の盟友だ!」
「は?」
その宣言に、教室がざわりと揺れた。視線が一気にこっちへ集まる。え、というか「魂の盟友」って何!?
「え、なになに?どうしたの?」
「お前ら何の話してんの?アニメ?」
「なんか、面白そうなヤツいんだけど~」
さっきの大声のせいでクラスメイトのギャル男たちが面白がったように集まってくる。
「え、あ、いや、別に大したことじゃ……」
「そうだ、空!俺とお前で、この作品の素晴らしさを布教していこうじゃないか!なぁ!」
なんて言い訳も途中でかき消され、木村が当然のように話を広げていく。
……え、なんで!?俺、こんなに注目浴びたくないんだけど!?
「どうやら、このクラスの皆はあの素晴らしい作品を知らないようだからな!俺と空は宣教師と相成った!」
「あ、いや……ちょっ、待って。木村君!」
いや、布教って言われても、俺はそのアニメを見た事がない。どうすんだよこの状況!テキトーに話を合わせるこの秘技の副作用が、まさかこんなにも凄まじい勢いで出た事なんて今までなかった。
「木村君?何をそんな他人行儀に。我らは魂の盟友なんだ。ちゃんと〝光〟と、名前で呼ぶんだ」
「あっ、うん。はい……ひ、ひかる君?」
「ああ、それでいい!」
魂の盟友と言ってくる今日初めて会ったばかりのヤツを、突然名前の呼び捨てに出来ず、ひとまず「君付け」で呼んでおいた。
「それと……空の前の席の、この持ち主よ。どこに居る!」
「あ、その席?オレオレ~!」
俺の席の前を指さして教室中に響く大声で叫んだ光君の声に、ゆるく手を上げてきたのは、さっきの「彼女の家にも親が居たけど頑張ったヤツ」だった。
おぉ、俺の前の席はお前だったのか……。
「この席と俺の席を交換してくれ!俺は空と共にあらねばならん!」
「おっけー!お前の席って、その窓際の席だろ?むしろラッキーなんだけど!」
「よし、これで交渉成立だ。この席はもらった!」
そう言って、謎アニメのキーホルダーをじゃらじゃら付けた鞄をドスンと勢いよく俺の前の席に置いた光君は、まるで地味オタクとは思えない勢いでグイグイ自分のペースに周囲を巻き込んでいった。
「聞け、諸君!この作品はただのアニメではない!友情、努力、勝利、全てが詰まった魂の叙事詩だ!」
「え、マジ?バトル系?」
クラスメイトの一人の言葉に、俺も全くもって同じ反応をしてしまった。美少女モノじゃなかったのか。
「いや、それだけでは語れん!伏線が張り巡らされ、最終話で全てが繋がる……その瞬間、涙なくして見られない!なぁ、空!?」
「あ、あぁ。……そうだな!」
「うっわ、お前らめっちゃ熱く語るじゃん!」
いや、うん。俺も見た事ないから全然知らんけど!
「なぁ、ソレどこで見れんの?」
「思った、そこまで言われたら気になるわ!」
「ふふっ、気になったか?まずは第一話からだ!公式配信を活用するのが礼儀というものだ!なぁ、空!」
「……だな!」
もう、どうにでもなれ!
こうして、まさかの高校生活一日目。俺はお洒落なギャル男たちとともに、謎アニメの一話の鑑賞会をする事となった。皆、光君のペースにグイグイ引っ張られて、最後は「意外と面白くね?」なんて言いながら、自然と画面に見入っていた。マジか、俺にはよく分からん。
極力目立ちたくない俺は、ソッと脇に逃れようとしたが光君が俺の肩を抱き寄せ、絶対に離そうとしなかった。そして、やっぱり光君の手は制服の上からでも死ぬほど熱かった。
終いには、「空、一話の総括を頼む」という光君の一言で、全員の視線が俺に集中していた。……いや、俺、まだ内容わかんないんだけど!?そして!だから!俺は注目されるのが苦手なんだって!
「い、いやぁ。一話にして、こんな神回はなかなか無いからなぁ。いらんこと言ってネタバレになったらいけないからあんま何も言えないのが悔しいわ~!」
と、どうにかいらん事を言わずに済むように乗り切った。
伏線も神回もキャラもストーリーもよく分からない。分からないのだから、何も言わないのが一番被害が少ないのだ!俺は、それを中学時代に学んだ!ふんわりぼんやり流しスキルである。
「……そうだ。その通りだ、空」
「え?」
すると、俺の総括に光君は目を輝かせながら呟くように言った。俺の肩を組んできた光君の手が更に強まり、ボサボサの紙が頬にくっつくくらい抱き寄せられてしまった。
あ、熱い。
「そうだそうだ!空!やはりお前はよく分かっている!まさにその通り!俺なんかはすぐに魅力を伝えたくなって言葉多く語ってしまいがちだが、それだと未開の民衆への貴重な〝ハジメテ〟を奪う事になるからな!」
——やっぱりお前は俺の魂の盟友だ!
叫んだ光君に、クラスメイトも何かよく分からんテンションでウェイウェイし始めた。みんな楽しそうだ。
こうして、田中 空の高校生活一日目は、ボッチではないものの凄まじい暴走列車に乗り込んでしまったような、謎の疾走感を経て終わった。