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この村に連れて来られて、良いことなんか一つもなかった。
僕は、いつも一人だった。
———なのに。
『なぁ、なぁ』
『……うるさい。近寄るなよ。汚い。この貧乏人』
こちらに近付いてきた、薄汚れた服を着た村の子供に僕は気遣う事なく顔を顰めた。
どうして僕がこんな何もない汚い村に来なければならいのか。
僕の気持ちは村に来た時から変わらない。
『……あ!』
しかし、小汚いソイツは僕の態度に一瞬だけ傷ついたような顔したが、本当にそれは一瞬だけだった。
次の瞬間にはパッと表情をかえると、僕の腰に欠けてあった懐中時計を覗き込んできた。
ツンと、僕の鼻に不快な臭いが香る。
コイツは日常的に風呂に入っていないのだろう。かなり、くさい。
いや、こいつというより、この村の人間は皆同じようなものだ。くさい。
だから僕は必要以上に村人に近付きたくないのだ。
『近寄るなって言ってるだろ!クサいんだよ!お前!』
ドン!僕は思わず小汚いソイツの体を押した。まずい、触れてしまった。
僕はとっさに小汚いソイツに触れた自分の手を見て、嫌悪感を抱いた。そして、押された拍子に地面に尻もちをついた小汚いヤツは、ポカンとした表情のまま僕を見上げてくる。
僕は自分が村の子供達から裏で何といわれているか知っている。
この事で、きっと僕はこれからもっと色々言われるのだろうが、汚い貧乏人の子供から何を言われても気にならない。
早くどこかへ行ってほしい。本当に臭いんだ。
『なぁ、ソレなに?』
『うるさいなぁっ!あっち行けよ!』
小汚いヤツは未だに俺の腰にある懐中時計を見て、目をキラキラさせている。僕の言葉なんて一つも届いてないみたいな顔。
——なんなんだよ!こいつは!
『キラキラしてて丸いなんて、それもしかして月?』
『そんな訳ないだろ!バカか!』
『確かに、俺はバカだけど……なぁ、なぁ、ソレ何?キレーだなぁ!』
バカで貧乏人の癖に、こんな顔をするから。
あまりにも僕の言葉になど耳を貸さず、あまりにもキラキラした目をこちらに向けてくるものだから。
だから、僕も拍子抜けして答えてしまった。
『これは懐中時計だ』
『かいちゅうどけい……それって何に使うの?』
『時間を見るんだ。今が何時か知るために』
『へえ!時間て太陽見るんじゃダメなのか?時間を知ってどうするんだ?なんでそんなにキラキラしてるんだ?なんで丸いんだ?』
答えなきゃよかった。
僕は心底そう思った。これじゃあキリがないじゃないか。知識のない貧乏人を相手にするだけ、それこそ時間の無駄だ。
『なぁ、教えてくれよ!じゃなきゃ、気になって今日眠れなくなる!』
『へぇ』
『そう言えば、お前の名前なんていうの?』
『懐中時計はもういいのかよ。もうあっち行けよ』
『オレ、お前について知りたいことたくさんあって困ってるんだよ!』
あまりにも勝手な言い分過ぎて、僕は思わず笑ってしまった。笑って、しまったと思った。こんな事をしていると、この小汚いヤツが調子に乗ってしまう。
案の定、小汚いやつは僕にその後と質問ばかりぶつけてきた。
僕は、その殆どを無視した。無視したのに、ソイツは諦めずにずっと質問してきた。
その質問が、馬鹿なものばかりで僕も笑わないようにするのに苦労した。
ちょっとだけ。本当にほんのちょっとだけ、笑ってしまったけど。
『もう、時間だ。帰る』
『えーっ!まだ懐中時計の事しか聞いてないのに!?』
『っふ』
しまった、また笑ってしまった。
そんな俺に、ソイツは言った。
『また、明日ここに来てもいい?』
俺は何故だか、その瞬間。
その瞬間、とても心臓が嫌な音を立てた。だから、俺は何も返事をせず、その場から逃げた。走りながら、僕は思った。
そう言えば、この村に来て初めて笑った気がする。