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次の日、約束の時間になってもアイツは来なかった。
なんだ、せっかくアイツの喜びそうな本を持って来てやったのに。
僕は時間になっても一向にやって来ないアイツに、手に持っていた本をパラパラとめくった。それは、いつも僕が読んでいる勉強用の歴史本ではなく、物語の本だった。物語といっても、どちらかと言えば絵本に近い。
僕が小さい頃に字を覚える為に最初に与えられたもので、これなら字も大きいし何より綺麗な絵がたくさん載っているので、アイツも喜ぶかと思ったのだ。
【きみとぼくのぼうけん】
それは、好奇心旺盛な主人公が、夢の中で世界中の不思議な場所を、相棒のファーというフクロウと共に旅する話だ。なんとも幼稚で子供騙しな話だけど、僕は小さい頃、この本をとても気に入っていた。いろんな場所に自由に行ける主人公が羨ましくて、本を読みながら僕も世界を旅しているような気分になったものだ。
『仕事が忙しいのか』
こうして時間になっても来ないことは、実は初めてではない。むしろ、出会って2回目からこんなものだった。いくら時間を決めていたとして、用事というのは急に入るものもあるため、仕方のない事だ。特にアイツはレイゾン畑の農家の子なので、親から急に仕事を頼まれる事も多いようだ。
今日もきっとそうなのだろう。
こうして、急に来れなかった次の日。アイツはだいたい泣きそうな顔で『ごめん、ごめん』と謝ってくる。どうやら、最初に約束を破ってしまった時に、僕が冷たい態度をとってしまった事を引きずっているらしかった。
『……別に、もういいのに』
もうその位で怒ったりしないのに。
けれど、アイツが心の底から申し訳なさそうな顔で誤ってくる顔も、僕は嫌いではないため好きに謝らせている。
『今日は……もう来ないな』
僕は、あのアイツに渡した懐中時計とは別に、もう一つ予備で持っていた時計を片手に取り出すと時間を確認した。いつのまにか、だいぶ時間が過ぎていたようだ。
僕はその場から立ち上がると、残念な気持ちを隠せぬままその場を後にした。帰り際、幾度となく後ろを振り返ってアイツが駆けてきていないか確認した。
きっと、明日になればアイツは泣きそうな顔と声で僕に謝ってくるんだろうな。そう思うと、残念だった気持ちが少しだけ和らぐ。
——–明日もこの本を、持って行こう。そして、読んでやらなくちゃ。
しかし、そんな僕の内心とは裏腹に、アイツは次の日も、その次の日も約束の場所には来なかった。