「で?君の前世は何なんだい?」
そして、ここにきて冒頭のセリフだ。
他人の前世の話を聞くと必ず俺の話も聞かれる。こういう時の為に、幼い頃の俺は自分で自分の前世を手作りしたのだ。
現在では、他人の前世収集という趣味の為に、大いに活躍している。
「俺は特に面白い前世ではないですから」
「いや、面白さを求めているわけではないよ。こうして今日出会ったのも何かの縁だ。僕はキミの話が聞きたいのさ」
「貴方の話の後にとは、随分ちっぽけで話にくい」
「まぁ、そう言わずに。マスター。彼に僕のと同じ酒を」
どう断ってもこうなる。
俺のように本気で相手の話に耳を傾けてしまうと、相手も必ず俺の話に真剣に耳を傾けようとしてくる。
いつか誰かの前世の話で“人は合わせ鏡”という言葉を聞いた事がある。他人の在り方は自分の在り方がそのまま映る鏡のようなもだということらしい。
正にその通りだと思う。
真剣にされても語るべき前世は俺にはないというのに。
いつの間にか、俺の前には店主の用意した新しい朱色の酒があった。
店主は小さく俺にウインクをすると「ごゆっくり」と軽やかに言った。
この店は俺の渡り歩く店の一つなので、店主もこの話の流れは心得ているのだ。
酒まで奢られては話さないわけにはいかない。
こうして俺は自分の趣味のため、この世界でちゃんと生きていく為に作り上げた、前世の話をする。
画家の彼と違い5分もかからず終わるやつを。
「俺の家は農家でした。その世界でレイゾンと呼ばれる酒の原料となる果物を育てる農家で、俺は長男。妹が一人居ました。名前はニア。村で一番可愛い女の子で有名だったんです。兄の欲目なんて言わないで下さいね。本当にそう言われていたんですから。あ。そうそう、親友は二人居ました。名前はオブとフロム。オブはとても頭が良い子で、家も裕福。そう、領主の家の子でした。フロムはとても行動力のある子で、子供達のリーダーだった。俺達はとても仲がよく、大人になったら一緒に街へ出ようと約束していました」
俺の話に画家は「それは素敵だ」と優しげな笑みを浮かべ相槌を打つ。作り話なので非常に申し訳ない。
しかし大丈夫だ。この罪悪感ももうすぐ終わる。この話はラストが近いからだ。でなければ、普通、前世という人間一人の一生の話をするのに、子供の頃の話でこんなに尺を取ったりしない。
後々、その話が重要な伏線にでもならない限りは。
「けれど、俺達の夢は夢で終わってしまいました」
「………何かあったのかい?」
「いえ、大した事ではありません。俺が流行病で死んだだけです」
「………そんな」
はい、俺の作った前世話終わり。
画家の男は俺の話に、傷ましそうな表情を浮かべた。この人良い人過ぎる。
「……そんな」って。
この画家の男の『敵国の兵士に包囲されながらも、自分の手首を切って、その血で国王の絵画を描き続けたエピソード』の方が大分「……そんな」である。
しかも最終的には国王を庇い串刺しにされて死んだのだから更に「そんなぁ!」という感じだ。
「何歳の頃にキミは……」
「多分、15歳になるかならないか位だったかと」
「……そうだったのか」
まぁ。作り話ですけどね、この話。
作ったのは俺が10歳の頃だっただろうか。
前世を手作りする上で、若くして死ぬというのは俺の中で必須条件だった。
だって俺には前世から引き継げる特殊能力はないのだ。それが特に不自然じゃない年齢で死んでなきゃいけない。
「キミの二人の友人もさぞかし辛かったろうね」
「まぁ、俺の死んだ後の事は俺にもわかりませんからね」
「いや!辛かったに違いない!キミの妹もだ!突然兄を失って……ううっ」
この画家、マジで良い人だな。自分の人生の波乱万丈と比べて、コメントする事も特にない俺の作り話にここまで感情移入するとは。
それを言うなら、目の前で唯一心を許せる友であった画家を串刺しにされた国王様の方が、さぞや辛かったに違いない。
辛いというか、もうトラウマだろう。