3:こちらも問題発生

太宰府 互譲(だざいふ ごじょう)。

彼は今しがた春日の乗ったエレベーターに駆け込んできた男であった。

 

太宰府の顔を見た春日が思ったように、太宰府の容姿は確かに整っていた。

目鼻立ちの通った彫りの深い顔筋と、張りのあるツヤのいい肌質。

彼の顔は春日の抱いた感想通り、誰にでイケメンだと言わせるだけのものを持っていた。

 

だが、春日の思った感想で当たったのはそこまでだった。

この、太宰府という男。

年は38歳。

春日とは一回り以上も年が離れている。

まぁ、春日の見た目年齢とは同じ位と言っても差し支えないのだが。

しかし、春日の感想通り太宰府は黙っていれば20代前半と言っても過言ではなかった。こうして、春日の隣でパリッとスーツを着こなしていなければ大学生と間違われてもおかしくはない程だろう。

 

太宰府はイケメンの上に未婚者であるが故、常に職場では女性陣の裏の話題の中心であった。しかし、太宰府の前では誰もが一切その口を閉じる。

太宰府はイケメンで、そして仕事もできる。

 

そして、誰よりも厳しく誰よりも仕事に忠実な、仕事の鬼と呼ばれていた。

彼の前ではミスなど許されない。

太宰府はそのスッと通った切れ長の目を常に仕事に向けていた。

太宰府に色めいた噂や軽口を叩けるような輩は、彼の会社には居なかった。

 

太宰府 互譲は仕事の鬼。

そんな仕事の鬼の前で、ミスは起きた。

 

そのミスはハッキリ言ってしまえば春日の会社で起きているミスと全く同じものだった。

同じミスが同じ会社相手に当時に発生。

この時点ではまだハッキリとはしていないが、この受注ミスはどちらも、現在二人が向かっている会社のシステムミスだったのだ。

まぁ、それを両者が知るのは大分後。

この件が落ち着いてからしばらくたった年明けの事なのだが。

 

どちらにせよ、原因のハッキリしない現状で原因不明のミスは起きたのだ。

太宰府の課に配属された新人の受け持った今回の仕事は、発注ミスということで年内の納期に間に合わないかとしれないという大きなミスに繋がっていた。

年末の忙しい時期に、このミス。もし、納期に間に合わなければ年始の仕事にも響き全ての予定が狂ってしまう。

 

太宰府は激怒した。

激怒したと言っても怒鳴り散らしたりはしない。

ただ、報告をしてきた新人に静かに「どうするつもりだ」と問うた。

太宰府のオーラと、起こってしまったミスに狼狽えた新人は、何も言えずに黙る事しかできなかった。

 

太宰府は黙りこくった新人に内心舌打ちをし、実際には大きな溜息をついた。

 

太宰府は今年から入って来た新人達をどうにも好きになれなかった。

「ゆとり、ゆとり」と世間が騒ぐからではないが、太宰府自身も今年から入って来た平成生まれ達の仕事に対する姿勢や一般常識には眉を顰めざるを得ない点が多々あった。

 

仕事を社会を、舐めているのかと問いたくなった事山の程。

新人が持ち合わさるべき気も利かず、教えた事のメモも取らない、休みの日程ばかり気にして、飲み会でも携帯ばかり見ている。

仕事でわからない事があれば聞きにくればいいのに、それもしない。

挙句ミスをして叱るとやる気を無くす。

 

太宰府は今年の新人達、つまりは「ゆとり世代」達にどう接すればいいのか、どう扱えばいいのか最早お手上げ状態だった。

常日頃からイライラを溜め込んでいた太宰府は、黙りこくる新人を前に素早く一本電話を済ませて立ち上がった。

 

要領の得ない新人の説明を受け、太宰府は発注元である会社に自ら出向く事を決めた。

黙る前に考えて動かなければ現状は変えられない。黙って困り果てて何になるというのだろうか。

 

「(まったく、今年の新人ときたら)」

 

見た目は新人達とそう変わらない容姿なのだが、彼の持つ異様な貫禄は確かに年相応だった。

 

彼は会社では仕事の鬼と呼ばれている。

そう、会社では、だ。

 

彼は職場では常に気を張っている分、プライベートではかなりそそっかしい男なのであった。

彼の学生時代の友人達は彼か会社で「仕事の鬼」などと呼ばれて敬遠されている事を聞いて大笑いする。

太宰府互譲は自宅ではミスの連続だ。

鍋は焦がすし、卵は落として割るし、風呂は沸かしていたのを忘れて流れっぱなしで、自宅用のメガネは寝起きに踏み割った。

 

仕事ではしっかりしなければ。

そう、新人時代から並々ならぬ気を張ってきた彼は、その分プライベートの気が全て仕事に持っていかれてしまだったようだった。

学生時代より悲惨な自宅でのミスの数々を、彼の会社の人間が知るはずもない。

 

常に気を張って意識を集中させているが故に、彼は新人達のどこか安穏とした仕事に対する危機感のなさが許せないのだ。

 

そんな太宰府が、職場を離れて春日と同じく急いでクリスマスで賑わう街中を駆け抜けてきた。

38歳。

仕事で動かないこともあってジム通いをしている彼だが、ここまでの全力疾走は体にこたえた。しかも、ここに来るまでに何人ものカップルにぶつかっては謝罪を繰り返してきた。

ぶつかる度に女は太宰府に見とれ、男は顔を引きつらせる。

そんなカップル達の様子など知らず、太宰府は会社から離れて緩み始めた己の気に、眉を寄せながらも煌びやかなイルミネーションに目を奪われ、またカップルにぶつかるのだった。

 

そしてやっと到着した目的地。

目の前には閉まりそうなエレベーターの扉。

太宰府は思わず叫んでいた。

 

「すみません!乗ります!」

 

そう勢いよく叫んでエレベーターに向かって走る太宰府に、先に乗っていた人物は笑顔でエレベーターの開くボタンを押して、太宰府が乗り込むのを待っていてくれた。

そして穏やかな声で太宰府に話しかける。

 

「どうぞ。何階ですか?」

「っはぁ、っはぁ。すっ、すみません!な、7階です」

「あ、一緒ですね。間に合ってよかったですね」

「っはぁ、よかった。ありがとうございます」

 

そう言って肩で息をしながら優しく声をかけていた相手に太宰府は思った。

 

「(凄く優しそうな人だな。俺と同い年くらいってところかな)」

 

その瞬間、狭いエレベーターに春日と太宰府を乗せたエレベーターの扉は閉まり、動き出した。

 

残念ながら太宰府の予想は春日同様大きく裏切られている事に気づかない。

そう、春日は太宰府よりも14歳も年下で、太宰府の苦手とする「ゆとり世代」そのものなのであった。